1 はじめに
この度、相続法の大改正が行われ、平成31年1月から段階的に施行されています。
その改正の中で、遺留分制度についても改正が行われていますが、遺留分制度についての改正のポイントは、主に以下の3つになります。
①遺留分減殺請求権が改正により「遺留分侵害額請求権」となり、遺留分侵害額請求権から生じる権利が金銭債権化されました。
②受遺者等の請求により裁判所が金銭債務の支払いにつき相当の期限を許与する制度を新設しました。
③遺留分算定の基礎財産に加える相続人に対する生前贈与を10年以内にされたものに限定しました。
それでは、このような改正点に関して、以下で簡単に説明いたします。
2 遺留分侵害額請求権から生じる権利の金銭債権化について
改正前の遺留分減殺請求権を行使した場合、遺留分権者に所有権等を復帰させる効果がありました。そのため、相続財産について相続人と遺留分権者との共有関係となるとされていました。
これによって、例えば、被相続人Xが相続人Yに相続財産を承継させたいと思ってその相続財産を相続人Yに遺贈していたとしても、遺留分権者Zが遺留分減殺請求権を行使した場合、結局、相続財産はYとZとが共有することになり、相続人Yが相続財産を処分することが困難になってしまうという不都合が生じていました。ただし、この場合も、相続人Yは価額弁償金をZに支払うことによって、共有持分に基づく現物の引き渡し請求を免れることはできました。
このような遺留分の制度が、この度の改正によって、遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権となり、遺留分侵害額請求権から生じる権利が金銭債権化されました。
つまり、改正により、改正前の価額弁償の制度のみとなりました。
3 遺留分の行使を10年以内の生前贈与に制限
改正前の遺留分減殺請求については、遺留分の対象になる贈与は相続開始前の1年間にしたものに限るが、相続人に対してなされた贈与については、永久に遡及することができるとされていました。
【改正前】
相続人以外に対する生前贈与…相続開始前の1年間にされた生前贈与に限定
相続人に対する生前贈与…特別受益とされる場合には、全期間対象(最判平成10年3月24日)
改正後については、相続人に対する生前贈与についても、相続開始前の10年間にされた生前贈与に限定されることになりました。
【改正後】
相続人以外に対する生前贈与…相続開始前の1年間にされた生前贈与に限定
相続人に対する生前贈与…相続開始前の10年間にされた生前贈与に限定
もっとも、「遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは」その贈与には1年又は10年の期間の適用がなく、全期間が対象となります。
よって、事業承継税制を利用するような多額の贈与については、「遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与」したと考えうることから、10年が経過したとしても遺留分侵害額の請求を免れないことが予想されます。
この点、改正前において、なぜ、相続人に対する贈与については、永久に遡及するとされていたのか。
これについて、最判平成10年3月24日判決は、贈与財産の全てが遺留分算定の基礎に含まれることから、減殺請求の対象を1年に限定すると「遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却する」として、生前贈与が相続人に対してなされ、それが特別受益とされる場合は、903条の準用により、1年以上前の贈与であっても、特段の事情がない限り、遺留分減殺の対象となると判示しました。
にもかかわらず、改正により、相続人に対する生前贈与についても相続開始前の10年間にされた生前贈与に限定されることとなりました。
これについては、古い贈与の存在を知る者と知らない者との公平を図るためと説明されています。しかし、特別受益の計算においては、改正後も永久に遡及することからすれば、必ずしも、前記の公平性というのは、理由とならないとする考え方もあります。
4 贈与財産の評価額について
遺留分の計算の際の「贈与の価額」については、贈与時の価額ではなく、相続開始時の価額が採用されています(「相続開始の時においてなお現状のままであるものとみなしてこれを定める」とする民法904条が準用(民法1044条))。これは、特別受益の計算でも採用されています。
例えば、父Xから後継者である長男Yが生前贈与を受けていた場合。Xから相続税評価額2億円の同族会社の株式をYが生前贈与を受ける際、父Xに退職金を支払い、株価を1億円に減じて贈与を受けたとします。その後、後継者Yが事業に成功し、株式評価額を20億円に高めたとします。この場合、この20億円が生前贈与財産の価額になります。
このように相続開始時の価額で評価することには批判もあるようです。
上記の事例でも、後継者Yが事業に成功するか失敗するかは贈与時点では分からないことからすれば、Yが贈与により受けた利益は、あくまでも贈与時の時価にすぎないとも考えられます。
また、遺留分の対象は「遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた財産」に限ります。これについても、特別受益の場合と同様です。
これは、婚姻や養子縁組の際に、いわゆる持参金のような大きな資産が贈与されることを想定していると考えられています。
5 遺留分義務者の対応
この度の改正により、遺留分侵害額の請求が金銭に限定されたことから、遺留分義務者としては、資金を確保するために、資産を売却して資金を捻出するということが考えられます。
仮に、遺留分として10億円の金銭請求をされた場合に、資金を捻出するために、遺留分義務者が保有資産を売却したとします。とすると、資産を売却したことにより、遺留分義務者には譲渡所得による所得税の負担が生じますが、このような所得税の負担は遺留分の計算において配慮されません。
このような資産処分やその後の税負担も考えれば、遺留分を侵害するような遺言書の作成などは十分に検討が必要ということになります。
(提供:チェスターNEWS)