韓国における2018年の一人当たりの名目GDP(国内で1年間に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額を人口で割ったもの)は31,370ドルと、ようやく3万ドルの壁を超えた。朝鮮戦争が終わった時点の1953年の一人当たりGDPが66ドルであったことに比べると目覚ましい成長であり、2006年に一人当たりの名目GDPが2万ドルを超えてからわずか12年での成果である。一方、2018年の一人当たりの名目GNI(国民が国内外から1年間に得た所得の合計額を人口で割ったもの)も31,349ドルに達している(出所:韓国統計庁ホームページ「Main Annual Indications(Bank of Korea, National Accounts」)。一人当たりのGDPや一人当たりのGNI、3万ドルは一般的に先進国入りの基準として認識されてきたので、韓国はようやく先進国の仲間入りを果たしたといえるだろう。しかしながら、なぜか国民は所得増加をあまり実感していない。
その理由の一つとして国民所得の中には家計の所得だけではなく、企業や政府の所得も含まれている点が挙げられる。つまり、国民所得から政府や企業の所得を引いて、税金や社会保険料などの支出を除いた総所得を人口で割った1人当たりの家計総可処分所得(PGDI:Personal Gross Disposable Income、名目、ドル基準)の1人当たりのGNI(名目、ドル基準、以下、1人当たりの国民所得)に対する比率は2017年現在55.7%で、2016年の56.0%より低下している。また、1人当たりの国民所得の増加率が2000年から2017年の間に151%であったことに比べて、1人当たりの家計総可処分所得の増加率は122%で1人当たりの国民所得の増加率を下回っている。国民所得の中で家計の所得が占める割合が減少していることが1人当たりの国民所得が増加しても、国民が所得増加を実感しにくい一つの理由になっていると考えられる。
一方、韓国経済は貿易への依存度が高く、輸出額に占める大企業の割合が高いことも一般国民が所得の増加を実感できない一つの理由ではないかと思われる。例えば、2017年の対GDP比貿易依存度は68.8%で、日本の28.1%を大きく上回っている。さらに、企業数では0.9%に過ぎない大企業の輸出額が輸出総額に占める割合は66.3%(2017年)に達している。大企業で働いている労働者は輸出増加により企業の利益が増えると、成果給が支給されるので、景気回復を実感しやすいものの、輸出に占める割合が低い中小企業に従事している労働者は所得の増加を体験する可能性が低い。このような点を含めて、現在韓国社会は二極化が進んでいる。
文在寅政権は、2017年の大統領選挙時に雇用創出や格差是正などの解決を公約として掲げて、最低賃金の大幅引き上げや残業を含む労働時間の上限を週68時間から52時間に短縮するなどの改革を実施した。しかしながら、あまりに急な改革は社会にひずみを生み、非熟練労働者が多い卸・小売業、飲食業、宿泊業の雇用量が減っている。2019年第3四半期の全体失業率と若者の失業率はそれぞれ3.3%と8.1%で、前年同期の3.8%と9.5%と比べて、少し改善されているものの、雇用の質は改善されていない。つまり、最近の失業率の低下は、政府の財政投入による公共事業や福祉、サービス業における高齢者の短期雇用の増加が、影響を与えている可能性が高い。実際、製造業や働き盛りの30~40代の雇用者数は、継続して減少している。
さらに、韓国統計庁が2019年10月29日に発表した「2019年経済活動人口調査勤労形態別付加調査」によると、2019年8月時点の非正規労働者の割合は、2007年3月(36.6%)以来の高い水準である36.4%にまで上昇していることが明らかになった(2018年8月は33.0%)。
雇用が減少し非正規労働者が増加すると、今後所得格差が広がる恐れがある。韓国統計庁が11月21日に発表した「2019年第3四半期家計動向調査」によると、所得が最も低い所得下位20%世帯(第I階級)の「1カ月平均所得」は、政府等からの移転所得が増加(対前年同四半期比11.4%増)したことにより、対前年同四半期に比べて4.3%も増加した。しかしながら、所得下位20%世帯の「1か月平均勤労所得」は44.8万ウォンで、同期間に6.5%も減少している。一方、所得が最も高い所得上位20%世帯(第Ⅴ階級)の「1カ月平均勤労所得」は同期間に4.4%増加している。政府からの移転所得がなかったら所得格差はさらに広がっていたと考えられる。
また、2019年2月26日に経済正義実践市民連合(以下、経実連)が発表した調査結果によると、サムスン、現代自動車、SK、LG、ロッテという、いわゆる5大財閥グループ(以下、5大グループ)の土地の帳簿価格(会計上で記録された資産や負債の評価額)は2007年の23.9兆ウォンから2017年には67.5兆ウォンへ、43.6兆ウォンも増加していることが明らかになった。5大グループが保有している土地資産の帳簿価格は10年間に2.8倍も上昇し、同期間における売上高の増加倍数2.1倍を上回っている。物価上昇等を反映した公示地価と実際の取引価格が帳簿価格を大きく上回っていることを考慮すると、土地の取得により企業が得ている利益はさらに大きいと考えられる。
さらに、地域間の格差も広がっている。人口は首都圏に集中し、過疎化が進む一部の地域の高齢化率は40%近くまで上昇している。外国人の投資もソウルを中心とした首都圏や一部の地域に偏り、財政力指数も地域間で大きな差を見せている。持てる者と持たざる者の間の意識の差も広がっており、文在寅政権を支持する層と支持しない層もはっきり分かれている。つまり、現在、韓国社会は経済や地域や意識などの多様な分野で二極化が進んでいると言える。
韓国政府が、家計の可処分所得の増加と国民の所得増加に対する満足度を高めるためには、大企業や貿易に偏っている現在の経済システムを変え、中小企業を育成すると共に、内需を活性化する対策を行わなければならないだろう。また、韓国社会に広がっている様々な二極化を解決し、皆が望む公正な社会を実現するために、どのような政策を優先的に実施すべきなのか等、継続的に議論を行い実行していく必要がある1。
1 本稿は、ニューズウィーク日本版に掲載された 金 明中(2020)「韓国を読み解く:一人当たりGDPが増えても普通の韓国人が豊かになれない理由」2020年1月8日を修正・加筆したものである。https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/01/gdp.php
金 明中(きむ みょんじゅん)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
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