(本記事は、菅原洋平氏の著書『超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)
ワーキングメモリの3つのプロセス
職場のある一場面を想像してみてください。
その日は、午後に打ち合わせの予定があります。そこであなたは、朝一番にその資料を用意して、打ち合わせまでは別の作業をしていました。打ち合わせ時間になって向かおうとしたら、直前にしていた作業の中にも、打ち合わせに使えるデータが見つかりました。そこで打ち合わせ中にその話題も加えてみたら場はおおいに盛り上がり、予想以上に議論を進めることができました。
このような感じで、歯車がかみ合うように、別々の仕事内容がうまくつながって発展していった、という経験はありませんか?
ワーキングメモリが実力を発揮するのは、まさにこのようなシチュエーションです。
●ワーキングメモリの役割(1)情報をすぐ使える状態でストックする
打ち合わせまでに必要な資料を準備しておきつつ、今は目の前の別の作業をして、時間になったらその資料を持って臨んだ。
「覚えて→思い出す」という間に他の仕事を進行でき、しかも適宜、場面に合わせて必要なことを思い出せる。この「情報をすぐに使える状態でストックしておく」というのが、ワーキングメモリの1つめの能力です。
ただし「ストックする(貯める)」といっても、紙に文字を印刷するように、一度刷り込んだらおしまい、というわけではありません。脳の中では神経細胞による電気活動が保ち続けられ、それによって記憶が維持されるのです。
記憶も、車のバッテリーのように、放置しておくと活動が弱くなってしまうので、定期的にエンジンをかけて、充電する必要があります。
「打ち合わせに臨む」「作業を進める」「新企画を立てる」などの目的がいつも頭の片隅にあり、この記憶に定期的にアクセスして神経細胞を発火させることで(エンジンをかけてバッテリーを充電するように)、情報はアクティブに(すぐに使える状態で)保存することができます。
●ワーキングメモリの役割(2)ストックした情報を加工してつなげる
資料を用意した後、別の作業をしていたら、その作業の中にも打ち合わせに使えるデータを見つけられた。
このとき、あなたの脳内では、打ち合わせのことを軽く脳に留めておきつつ、新しい作業をしています。
このように、打ち合わせと新しい作業といった「異なる仕事を、互いに結びつけ、発展させられる形に加工する」というのが、ワーキングメモリの2つめの能力です。
情報は、脳の中でそのままの状態で貯蔵されているわけではありません。情報に操作や処理が加えられて、脳の中で新しい情報に置き換えられていくのです。
●ワーキングメモリの役割(3)必要な情報をつなぎ合わせて使う
作業の中から拾い上げたデータを、打ち合わせで効果的に使うことができた。
この「加工された情報を効果的に使う」というのが、ワーキングメモリの3つめの能力です。
ワーキングメモリの能力の高い人は、効果的な情報を説得力のある形で提示することができ、新しい価値を生み出していくことができます。
この3つの過程がうまくいくようにトレーニングできれば、情報をうまく扱うことができるわけです。
「ワーキングメモリ」と「普通の記憶」の違いとは?
このように、ワーキングメモリは、「貯める→つなぐ→使う」という3つの能力から成り立っています。
このような脳の働きは、前述のような「資料づくり」「作業」といった具体的な行動だけでなく、その人が日頃から持っている「意識(=こうしよう、と思う気持ち)」とも作用しあっています。
ここでは、先日ご依頼いただいた睡眠マネジメント研修の担当人事Aさんの例をご紹介します。
Aさんは、私への研修依頼について、次のようにお話しされました。
「これまで、社員の健康増進として食事や運動の研修やストレスコーピングの研修を企画してきました。ずいぶんいろいろな情報を調べて、睡眠についても調べました。ただ、よく眠ることが重要だということはわかるのですが、実際に研修を企画して社員が集まるのかは疑問でした」
これが「ストック」の段階です。Aさんは、睡眠の情報を健康増進に関することとして貯蔵していました。
「そんなとき、雑誌で『睡眠で生産性が上がる』みたいな記事を見て、ちょっと興味を持ちました。確かに、寝不足だと生産性は上がらないなと」
「生産性」という新しいキーワードを仕入れたことで、Aさんの脳内では、「眠れない人がぐっすり眠れるようになる→よく眠れると仕事がはかどる」という情報を加工してつなげるプロセスが生じました。
「最近、働き方改革として残業を減らす取り組みをしているのですが、若手の社員にもっと働きたいと言われました。仕事時間を減らす取り組みと、もっと働きたいという要望を両立させるのにはどうすればいいか、と考えていたら、効率よく働くことに睡眠が関係するのかも、と思い当たりました。
これまで残業時間を削ろうという声掛けだけで、仕事を充実させるための取り組みとは言えなかったので、睡眠が使えるかも、と思って。まず人事部の周囲の人間に話してみたら、睡眠に関する話はたくさん出てきたので、これはいけるかなと」
Aさんは、若手社員に「もっと働きたい」と言われたことで、「睡眠」「生産性」「残業削減」を結びつけ、
「働き方改革の研修として睡眠マネジメントを実施してみよう」
という考えに至りました。
Aさんは、日頃から人事研修の企画を立てようという思いが頭の片隅にあったのでしょう。そのため、それぞれ関係のないように見える情報同士を結びつけ、新しい研修企画を立てることができた、というわけです。
このような3つの過程が、学校教育で求められるような「記憶」──単語を覚えて思い出すようなテストとはまったく異なる脳の働きであることは、もうおわかりでしょう。
たくさんの単語を覚えれば、その単語自体を問われたときには正確に答えることができます。ですから、ペーパーテストでは好成績がとれるかもしれません。でも、いざ日常生活の場に出てみると、そのような「記憶力」が求められる場面はほとんどありません。
覚えた記憶を、どう加工し、何とつなげ、どう活用するか。来たるべきチャンスに向けて脳内の記憶をどう操作して、どう情報を活用するか。
私たちが前に進んでいくための記憶機能が、この一連のワーキングメモリなのです。
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