(本記事は、菅原洋平氏の著書『超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)

「重要なことなのに、気づかなかった」となるのは、いったいなぜか

わからなくなる
(画像=ra2 studio/Shutterstock.com)

「今まではこんなことはなかったので、注意していませんでした」

これは、ヒヤリハット事例(重大な事故には至らなかったものの、直結してもおかしくない、一歩手前の事例)が起こったときにその当事者がよくするコメントです。

業務中、重要なことを見落としてしまい、ヒヤリハット事例を起こしてしまうことは、誰しもあります。この見落としは、安全管理やリスクマネジメントの対象であり、要因分析をするなどして、とにかく未然に防がなければなりません。

さて、ヒヤリハットに対する要因分析の際、

「単なる不注意だった。これからは気をつける」

という対応をとろうとすることがあります。しかしこれでは、何の解決にもなりません。注意を促してもミスがなくならないので、社員総出で近くの神社に安全祈願をしに行った、という話も聞いたことがありますが、それもまた解決につながらないのは言うまでもありません。

もう少し根本的な解決をするために、脳がどのように見落とすのか、そのしくみを知り、実効的な対策を考えていきましょう。

ワーキングメモリが高い人は不注意になりにくい

不注意や見落としの原因の1つに、「他のことに目が行っていた」ということがあります。注意がそれてしまったがゆえの見落としです。

実は、ワーキングメモリ能力が高い人は、他の関係のない出来事があっても、注意がそれにくいことが明らかになっています。

何か目立つ刺激があるときに、注意がそちらに流れてしまうことを「感覚補足」といいますが、ワーキングメモリが高い人は、この感覚補足が起こりにくいのです。

たとえば、切符を手にして駅の自動改札機に向かっている最中に、救急車のサイレンの音が聞こえたとします。サイレンのような目立つ刺激が耳に飛び込んでくると、

「なんだろう?」

と注意がそらされてそちらを見ます。これが感覚補足という現象です。一瞬注意がそらされたので、自動改札機に切符を入れたものの、受け取らずに通り過ぎてしまい、乗り換えの改札口についたときに、

「あれ?切符がない」

と気づく。感覚補足によって、このようなトラブルが起こります。

注意力のトップダウンとボトムアップ

注意力には、トップダウン注意とボトムアップ注意があります。

トップダウン注意……自分の意図で注意を払うこと
ボトムアップ注意……目立つ刺激で注意を奪われること

2つの機能を並べてみると、集中力を高めて不注意を防ぐには、トップダウン注意を鍛えて、ボトムアップ注意を制御することが重要なことがわかります。

トップダウン注意は、「概念駆動型注意」です。知識やワーキングメモリに保持している情報に基づいて、自発的、意図的に注意を向けています。素早く注意を向けるのには適していませんが、目的を持って持続的な注意することができます。

一方、ボトムアップ注意は、「刺激駆動型注意」です。目立つ刺激に自動的に注意を向けます。ボトムアップ注意は、反射的であり素早さに優れています。より目立つほうに注意が流れるため、持続的に何かに注意を向け続ける機能は担っていません。

この2つの注意機能には優劣はなく、どちらも必要です。

トップダウン注意がうまく働かないと、先ほどのサイレンに注意が奪われて切符を取り忘れるようなことが起こります。

一方、ボトムアップ注意が働かない場合は、授業中に友人との話に夢中になっていて先生に注意されているのに気が付かない、という不具合が起こってしまいます。

トップダウン注意で目的をもって不要な情報を排除しつつ(サイレンを排除して切符を忘れない)、ボトムアップ注意で目的が誤っていないかをチェック(先生に注意されて授業を聞く目的を再設定)しているのです。「目的」が注意を制御し、「注意」が目的を問い直す関係です。

これらの2つの注意は、それぞれ、重要な役割を果たす脳の部分が異なります。トップダウン注意は頭頂間溝(IPS)、ボトムアップ注意は側頭頭頂接合部(TPJ)です。

トップダウン注意によって必要な情報をピックアップして注意を払うためには、そもそも不必要な情報も認識されていないといけません。IPSは、何に注意を向けるのかの前段階になる、「今触れている情報」を認識する役割を担っています。

様々な情報を把握したうえで、不必要な情報をブロックし、必要な情報に注意を向け続ける。それが、ワーキングメモリの「目的のために覚えておく力」「情報を生かしたまま泳がしておいて、監視する力」を支えていると考えられています。

専門的な研究では、トップダウン注意とワーキングメモリは、「注意」と「記憶」という別ジャンルに分けられるまったく別の機能のように扱われています。しかしIPSの働きから考えると、「トップダウン注意によってワーキングメモリが可能になっている」と考えることができます。

一方、TPJは、「注意を払っていない刺激」を検出する役割を担っています。

私たちが目指すべきことを言い換えると、「ボトムアップ注意を働かせて見落としをなくし、くまなく情報を把握したうえで、トップダウン注意によって必要な情報に注意を向け続ける」といえます。

超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法
菅原洋平(すがわら・ようへい)
作業療法士。ユークロニア株式会社代表。1978年、青森県生まれ。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事。その後、脳の機能を活かした人材開発を行なうビジネスプランをもとに、ユークロニア株式会社を設立。現在、ベスリクリニック(東京都千代田区)で外来を担当する傍ら、企業研修を全国で展開し、その活動はテレビや雑誌などでも注目を集める。著書には、本シリーズの第1巻で10万部を突破した『すぐやる! 「行動力」を高める"科学的な"方法』の他、『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社、13万部突破)など、多数がある。

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