自分のデータには価値がある?

情報銀行
(画像=PIXTA)

「データは20世紀の石油だという表現をよく目にする。」、「グーグル等の巨大IT企業は、データを活用して収益を上げていると聞く。」、「日本の企業もデータ活用を進めているようだ。」

近年、こうした情報に接する機会が増えていることもあって、データには価値がある、そして自分自身の個人情報等にも価値がある、といった考えが広まってきたように思われる。

公正取引委員会がデジタル・プラットフォームサービスの利用者(消費者)に対して実施したアンケート調査(図表1)によれば、6割超の人が「自分の個人情報や利用データは経済的な価値を持っていると思う」と回答している。また、多くの人がデジタル・プラットフォーマーの個人情報や利用データの収集、利用、管理等について何らかの懸念があると思っている一方、具体的な不利益を受けたと感じたことはない人が多い。「自分のデータには価値がある、活用されれば色々と便利になるかもしれないが、不安や抵抗がある。」という消費者の心理がうかがえる。

アンケート調査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

「情報銀行」でどれだけ稼げる?

「検索やSNSが無料で使えるのであれば、ある程度は個人のデータを提供しても構わない。」と思う人がいる一方、「価値ある個人のデータを使うのであれば、もっと対価を還元して欲しい。」と思う人もいる。

そうした中、「情報銀行」という仕組み、サービスが注目されている。情報銀行とは、個人が自分の個人情報等を委任し、本人が同意した一定の範囲内で第三者の企業等にその情報が提供され、その結果として何らかの便益を受け取れる仕組みのことである。対象となるデータは、職業や年齢等の基本的な情報から、趣味・嗜好や行動履歴に至るまで様々だ。アンケートのように自分で入力する場合もあれば、自分が使っているECサイトの購買履歴やスマホの健康管理アプリの歩数データ等を連携することも考えられる。情報銀行は、利用者の意思や事前に提示した条件等に沿って、データ利用を希望する第三者の企業等に提供する。消費者の意に沿わないデータ提供は行われず、どこにどのようなデータが提供されたのかも確認できる。利用者が得られる便益は、金銭やポイント、クーポンの他、個人に最適化された商品やサービスの提案・提供等が想定されている。既にスマートフォンのアプリとしてサービスを提供している企業もあるが、まだ市場としては黎明期であり、これから多種多様なサービスが新しく増えていくことが見込まれる。現在、大手の金融機関等が、新規参入を表明している状況だ。「自社では取れない個人のデータを入手して、マーケティングやプロモーション等に活用したい」、「自社で個人情報等を取得、管理する手間やコスト、リスクが増えている」といった企業のニーズや悩みに商機を見出している。

「自分の個人情報で稼げるのだろうか?」、「どれだけ対価がもらえるのだろうか?」と興味を持った方も多いと思う。既にリリースされている情報銀行アプリを使って、あれこれ自分のデータを入力してみると、対価としてポイントがもらえた。ポイントが貯まると商品と交換できるとのことだ。ただ、少しデータを入れたところで、直ちに商品と交換できるだけのポイントが貯まるわけではなく、短期間で数千円、数万円分の対価がもらえるような印象ではない。

「ショッピングセンターでアンケートに答えた謝礼がボールペン1本だった」ということはよくある。また、数年前に教育事業を展開する大手企業の顧客の個人情報(氏名、住所、電話番号、生年月日等)が漏洩した際、お詫びの品は500円分の金券だった。まだ情報銀行というサービスが黎明期であり、データの「値付け」も試行錯誤で変わっていく可能性はあるが、データを集める企業からすれば、一人ひとりのデータに対してやみくもに高値は付けられない。

なお、総務省と経済産業省の検討会の資料(1)には、「個人情報提供の対価設定に決まった方法はなく、個人情報の紐付く個人によって、或いは個人情報が提供される提供先によって、この個人情報提供の対価が異なるものになることもあり得る。」との記載がある。合理的な理由付けができる範囲であれば、同じAさんの情報でもX社よりもY社の方が高い評価で対価を設定する、同じX社でもAさんよりBさんの情報の方をより高く評価して対価を設定する、といったことが起こり得る。例えば、「あなたに最適な商品を提案します」という目的でデータを集めるのであれば、日用品や食品のメーカーよりマンションのデベロッパーの方が高い対価を付けるかも知れないし、そのデベロッパーは売りたい物件の近くに生活圏がある人のデータにより高い対価を付けるかも知れない。

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(1)総務省、経済産業省「情報信託機能の認定スキームの在り方に関する検討会 とりまとめ」
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000648745.pdf

まだ黎明期、課題も多いが進化に期待

「情報銀行」という呼称、「個人情報等には価値がある」との考え方等も相まって、「金銭やポイント等の直接的な対価」がどれだけもらえるのか、といった点に注目が集まりがちである。しかし、直接的な対価だけでなく、「自分のデータが活用されて、より便利、快適になる」、「自分のあらゆるデータを管理できる」といった点の実現にも期待したいところだ。

理想は、「自分のあらゆるデータを、安全な環境で、一元化して管理・閲覧できる」、「一元化されたデータが、自分の意に沿う形でスムーズに連携・活用され、自分にぴったりの商品・サービスが提供される等、生活がより便利で快適になる」、「データ活用を考える企業は、情報銀行経由で自社では取れないあらゆるデータを集めてビジネスに活用できる」という姿なのだろう。それこそ、消費者の生活や企業の事業活動になくてはならない「プラットフォーム」である。

しかしながら、その理想までの道のりはまだ遠いし、辿り着くまでの道筋も明確ではない。情報銀行の利用者とそのデータが集まらなければ、情報銀行からデータ提供を受けようとする企業は増えない。(既に他の事業で多くのデータを保有していたとしても、そのデータを情報銀行として扱うためには、改めて個人との間で情報銀行としての契約が必要となる。)一方、情報銀行からデータ提供を受けて活用しようとする企業が増えなければ、利用者が受け取る便益も増えず、利用者もデータも集まらない。そして、社会的に個人情報等の利用に根強い警戒感があり、実際に情報銀行をどう活用して良いのかイメージが湧かない、具体的なニーズを今のところ感じていない消費者も多い。顧客の対価を大盤振る舞いするキャンペーンで利用者を獲得する等、当面コストが先行することも考えられる。ビジネスとして軌道に乗せるのは簡単ではない。

グーグルの検索サービスの利用者は、何かを調べるために興味・関心のあることを入力するのであって、自分の興味・関心のあることをグーグルに教えるために入力しているのではない。何かの目的を達成しようとした結果として、興味・関心のあることに関する情報がグーグルに渡り、インターネット広告に活用されている。

一方、インターネットのアンケートや資料請求等で、途中で面倒になってやめてしまったという人も多いと思う。データを情報銀行に委任することに、過度の手間やストレスがかかると、利用者もデータも獲得できない。希望すれば、ECサイトの購入履歴やキャッシュレス決済等のデータを、自動で(もしくはボタン1つで)情報銀行に連携できるような提携先の輪を広げていく等、各社の創意工夫や試行錯誤が進んでいくものと見られる。

繰り返しになるが、情報銀行というビジネスはまだ黎明期にある。現在、示されているのはあくまでも1つの「基本モデル」でしかない。今後、便利な付加機能の追加、他のサービスとの融合等、色々なタイプの情報銀行が登場する可能性がある。将来的に、「これも情報銀行の仕組みを使っているのか」という革新的なサービスが出てくるかもしれない。逆に、消費者の心をつかむような魅力的な情報銀行サービスが出てこなければ、掛け声倒れに終わってしまう。今後の展開に期待したい。

中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

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