残高が伸びる変動金利型住宅ローン

住宅金融支援機構の「民間住宅ローン貸出動向調査」によると、2018年度の金融機関による住宅ローンの新規貸出額の7割が変動金利型であった。また、金融機関による住宅ローンの貸出残高を見ると64%が変動金利型になっている。2007年度の貸出残高における変動金利型の割合が34%であったことを考えると、この10年間にわたっていかに住宅ローン市場において変動金利型が選好されてきたかが分かる。

変動金利型住宅ローン
(画像=ニッセイ基礎研究所)

特に、低金利環境が継続している中で、インターネット専業銀行、信託銀行や地域金融機関で住宅ローン販売に力を入れているところがあり、変動金利型の適用金利の最低水準は0.4%前後になっている(2020年1月時点)。日本は長らく金利低下局面にあったことから、住宅ローン残高の伸びが継続している(図表2)。メガバンクの住宅ローン残高のシェアが縮小傾向にあるものの、住宅ローンなどの国内での貸付金の拡大に注力している金融機関も一定数存在しており、これらの金融機関による住宅ローンの獲得競争を背景に利ザヤの圧縮が加速したものと見られる。

変動金利型住宅ローン
(画像=ニッセイ基礎研究所)

金融機関サイドから見ると、固定金利型よりも低金利の変動金利型の住宅ローン販売を拡大することで、獲得できる利払い額は減るものの、販売手数料が得られるだけではなく、金利リスクの管理コストが小さくなるというメリットも享受できる。

一方で、最長で35年にもなる変動金利型の住宅ローンは、借り手から見ると将来の金利上昇によって利払い負担が増えてしまうリスクを長きにわたって抱えることになる。しかし、変動金利型を選択することで、借り手は当面の「利払いコストの低減」と「元本返済の早期化」のメリットを享受することができる。

低金利環境の長期化がメインシナリオだと仮定した場合、特に後者の「元本返済の早期化」の場合は元本返済による金利リスクの低減スピードを加速することができるため、将来の金利上昇への備えという意味で変動金利型の選択は合理的だと言うこともできる。また、2014年に導入された住宅ローン減税(控除)制度のような税制面のサポートも金利リスクを引き受けるリスクバッファの役割を果たしているといえるだろう。

金利上昇局面に転換した際に想定される家計への影響

日本銀行は「2%の物価安定の目標が実現し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続する」としている。2020年1月の展望レポートでは、2021年時点のコアCPIの見通しを+1.2%~+1.6%としており、2%の物価安定の目標は2021年までには達成されない見通しになっている。そのため、変動金利型が選好される状況は今後も継続していくものと予想される。

しかしながら、仮に急激な金利上昇というシナリオが発現した際に、変動金利型の借り手が増えることで家計支出に対してどの程度の影響が想定されるのかについて分析を行っておくことはリスク管理の観点で意味があると思われる。

住宅金融支援機構の集計によると、直近の住宅ローンの新規貸出は年間約21兆円である。簡易的に見積もると、変動金利型住宅ローンの新規貸出はその7割の14兆7,000億円程度ということになる。また、住宅ローン残高全体は2019年9月時点で約200兆円である。変動金利型の住宅ローン残高の簡易的な見積額はその64%の約128兆円ということになる。

この住宅ローン残高の中には残存年限の短い債務も長い債務も含まれる。先述の「民間住宅ローン貸出動向調査」によると、完済債権の平均経過期間は約16年である。そこで、すべての住宅ローンが16年で借り入れられているものと仮定する。これらの条件をもとに、各残存年限における変動金利型住宅ローン残高を推定した(図表3)。

この想定の下で全て元利均等返済するものと仮定し、適用金利を0.45%として簡易的なシナリオ計算を行うと、元利返済キャッシュフローの概算は年間15兆6,000億円程度になる(「シフトなし」シナリオ)。

変動金利型住宅ローン
(画像=ニッセイ基礎研究所)

このシナリオをベースに、4%の金利上昇まで概算した結果を図表4に示している。適用金利が短期間に1%上昇した場合について概算すると、年間の元利返済キャッシュフローは16兆3,000億円にまで増える。つまり、変動金利型住宅ローンの適用金利が1%上昇すると、家計の年間負担は7,000億円増えることになる。

変動金利型住宅ローン
(画像=ニッセイ基礎研究所)

本稿の分析から、民間最終消費支出が300兆円程度であることを考慮に入れると、4%程度の金利上昇(差異:3兆500億円)が短期間に生じたとしても、変動金利型のローン残高の割合が増えることによる家計支出への影響は民間最終消費支出の1%(=3兆円)程度ということになる(1)。低金利環境が長期化している中で元本返済が進められたこともあり、金利上昇の影響は限定的とみられる。一般的には、金利上昇局面への転換時にはマクロ経済や物価の安定が想定され、資産サイドの住宅価値や金融資産の価値も安定していると考えられる。

しかしながら、本稿で行った分析は簡易的なものであるため、いくつか追加的に考慮すべき部分はある。例えば、金利上昇局面に転換した場合、変動金利型から固定金利型への借り換えや、繰り上げ返済が促進される可能性が高い。そのため、変動金利型の適用金利が1%上昇した際の元利返済キャッシュフローへの影響は、上記で想定した推計結果よりも大きなものになる。借り換えや繰り上げ返済には一定の手数料がかかることや、変動金利型と固定金利型では少なくとも金利差が0.5%~1.0%あることも考慮に入れる必要がある。将来に金利上昇が期待される際には、イールドカーブもスティープ化するため、この金利差はさらに拡大していると予想される。

また、住宅ローン債務の残存年限が長くなる働き盛りの資産形成層を中心に金利上昇の悪影響が集中することになる。資産形成層は金融資産規模も小さく賃金からの収入が中心となるため、この世代が享受する資産効果は相対的に小さい。それゆえ、金融政策や財政政策による資産形成層に対する賃金増の効果が十分でない状況で、低金利政策が解除されるようなことになれば、資産形成層は消費を切り詰めるか、資産形成のための貯蓄や投資を減らすかの選択に迫られることになる。

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(1)変動金利型の場合、適用金利や返済額の変更までに一定のラグがあり、返済額の変更についても上限が定められている。そのため、元利返済キャッシュフローが短期間に増加することはない。

福本勇樹(ふくもと ゆうき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

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