(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
日本の人材育成と営業教育の位置付け
では、1つめの「日本の人材育成と営業教育の位置付け」から始めましょう。複数のデータから日本の人材育成の現状について整理します。
次の7つの観点から複数の調査結果をもとに俯瞰して見てみましょう。
細かいデータに着目するというよりも、「概観すると日本の人材育成の実態はどうなっているのか」という視点で見てください。
(1)育成内容(何を?) 企業が提供している育成内容は何か、どんな研修を提供しているのか、その力点はどこにあるのか。
(2)育成主体(誰が?) 育成は誰がやっているのか。
(3)育成方法(どのように?) どのような方法、手段を使って育成しているのか。
(4)育成投資(いくら?) 育成に従業員1人当たりいくらくらいかけているのか。
(5)学習時間(何時間?) 研修に年間どのくらいの時間をかけているのか。
(6)効果検証(指標は?) 育成を行った結果に対して、効果検証はどうしているのか。
(7)課題感(何に困っている?) 育成に関してどんな課題を感じているのか。
では、1つずつ見ていきましょう。
(1)育成プログラムで何を提供しているか
2つのデータを紹介します。ここで注目すべき点は以下です。
・企業が提供している研修内容は「新入社員研修」が最も多い
「日本の人事部人事白書2017」(株式会社アイ・キュー)によると、企業が研修の中で注力した研修としては「新入社員研修」がトップで53.2%。2番目の「ミドルマネージャー(課長クラス)研修」に10ポイント以上差をつけています。新卒社員や中途社員に対する研修にどの企業も力を入れているということがわかります。
もう1つは「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果2017年8月」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)で、平成27年において実施したOFF-JTの内容として一番多いのは、「仕事をするうえでの基本的な心構えやビジネスの基礎知識を習得する研修」が44.8%と最も高い数値となっています。これも要は新入社員に対する研修です。
新卒を中心に毎年新入社員を採用している企業にとっては想像できる結果だといえるでしょう。数十人、数百人単位で採用する場合は相当の育成リソースを割くことになりますので、育成プログラムのトップにくるのは当然かもしれません。
(2)育成主体は誰か
次は、「誰が育成をしているのか」についてです。こちらに関しては1つのデータを示します。ここで注目すべき点は以下です。
・育成主体は、外部に委託するよりも内部で賄っている企業が多い
これは「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果2017年8月」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)のデータで、教育訓練の実施主体について企業側と労働者側に聞いたものです。
調査では、教育訓練の実施主体について「外部委託・アウトソーシング」か「社内」のどちらが多いかを聞いています。
企業側の回答として多かったものは、59.8%で「社内」での実施でした。労働者側の回答として多かったものも、57.9%で「社内」での実施でした。この数値は「親会社やグループ会社」による実施を入れると合計で「72.7%」になります。
育成主体を外部にアウトソースするのではなく、自社で実施している企業が多いことがわかります。
(3)どんな育成方法をとっているのか
次に育成方法についてです。こちらも2つのデータを見ます。ここで注目すべき点は以下です。
・実践させ、経験させること、つまりOJTがほとんどである
「日本の人事部人事白書2018」(株式会社アイ・キュー)には、「人材育成に必要な施策」についての調査結果がまとめられています。ここで断トツのトップは「OJT」で81.6%です。2番目が「社内/社外講師による研修」69.1%で10ポイント以上の差をつけています。
もう1つ「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果2017年8月」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)によると、「仕事を覚えてもらうための取組み」の調査で一番多かったものは「とにかく実践させ、経験させる」59.5%でした。ちなみに2番目は「仕事のやり方を実際に見せている」55.2%で、より現場での経験を重視した取り組みになっています。
この結果も、トレーニングで学んだだけで身になるわけではなく、実践を通じて学習していくという、日頃多くのビジネスパーソンが実感していることと違和感のない結果だといえるでしょう。
(4)育成にいくら投資しているのか
それでは、次に日本の企業は育成にどれだけのお金を投資しているのかについて見てみましょう。こちらも2つのデータを示します。
ここで注目すべき点は以下です。
・年間育成投資額は1人当たり3万~5万円程度
「2018年度教育研修費用の実態調査」(産労総合研究所)によると、従業員1人当たりの教育研修費用は、2017年度実績が3万8752円、2018年度予算額が4万7138円となっています。
「Works人材マネジメント調査2017基本報告書」(リクルートワークス研究所)では、年間教育投資額が1人当たり3万円以下の会社が全体の25%、3万~6万円が17%、両者を合わせると43%になります。
無回答(おそらく金額を集計していない企業)が34%ですので、投資範囲としては6万円以内がマジョリティでしょう。
上記のデータから見ると、従業員1人当たりの年間の育成投資金額は3万~5万円前後といえそうです。
これらの調査対象には大手から中小まで幅広く含まれますが、この金額感を見て、「意外と多いな」もしくは「少ないな」と感じた方もいるでしょう。
企業としては「少ない投資コストで最大のビジネス成果」を出す必要がありますので、金額が多ければいいというわけでもありません。「成果を出すにあたり、必要十分な育成投資がされているか」という観点での検証が必要です。
(5)年間の学習時間は何時間か
次に年間の学習時間について見てみます。こちらは1つのデータを紹介します。ここで注目すべき点は以下です。
・学習時間は、年間10時間未満が過半数
「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果2017年8月」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)によると、平成27年度のOFF-JTの受講時間は「5時間未満」が26.5%、「5時間以上10時間未満」が25.7%で両者を合わせると5割を超えます。
これはOFF-JT、つまり業務外のトレーニングに関するデータですので、OJTを教育機会とすると本来的な学習時間は増えますが、10時間未満ということは、例えば1日の業務時間に加えて半日研修が年1回ある程度、ということになります。
(6)効果検証はできているか
次に、育成の効果検証の現状について見てみましょう。ここでは1つのデータを紹介します。ここで注目すべき点は以下です。
・効果検証を行っている企業は3割以下
「日本の人事部人事白書2018」(株式会社アイ・キュー)によると、人材育成の効果検証を「行っている」と答えた企業は27.5%で3割にも至りません。「行っていない」と答えた企業が62.7%にのぼり6割以上の企業が効果検証できていないのが実情です。
これまで多くの企業と意見交換してきましたが、育成の効果検証の多くはトレーニング後の「アンケート結果」です。アンケート結果の良し悪しを効果検証と位置付けています。他にはテスト結果などの確認です。
しかし、本当にこれが効果検証なのでしょうか。
アンケート結果を効果検証とすると、「トレーニングが良かったかどうか」が目的化してしまいます。
そして、多くの育成担当者が経営層から次のような質問を投げかけられて悩みます。
・トレーニングが良かったのはわかった。で、これがビジネスにどう効果があったかを教えてほしい
・営業の貴重な時間を費やしてトレーニングをしたわけだから、その効果がどの程度であったかを示してほしい
すると、育成担当者は回答を持ち合わせていないため愕然とします。回答できたとしても営業現場からの定性的な評価になります。
この事象が多くの企業で起こっています。
(7)人材育成プログラムを実施するうえでの課題
企業側の視点に立った場合に育成施策を実施する際の課題感はどこにあるのでしょうか。ここでは2つのデータを紹介します。
ここで注目すべき点は以下です。
・人材育成をしたいと思ってはいるが、それを担える人材が少ない
「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果2017年8月」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)によると、「人材育成・能力開発における現在の課題」に対して最も多かった回答は「指導する人材が不足している」の33.2%でした。
「中小企業の『生産性向上』の要素とその『課題』について2016年11月28日」(経済産業省中小企業庁)を見ると、「人材育成の現状」について「中核人材の指導・育成を行う能力のある社員がいない、もしくは不足している」と回答した企業が最も多く42%でした。
育成の重要性は理解しつつも、それを実行できる人材自体が不足しているという実態が見えてきます。
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