(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

欧米で注目されるイネーブルメントの動向

人材育成
(画像=Rawpixel.com/Shutterstock.com)

ここからは欧米における営業人材育成、つまりイネーブルメントの取り組み、特に発祥の地であるアメリカでどのように発展し、現在どうなっているのかを紹介します。その後、従来の人事が行う育成とイネーブルメントによる育成の違いについて説明していきます。

イネーブルメントの言葉の定義

イネーブルメントを平易な日本語で表現すると「成果を出す営業社員を輩出し続ける人材育成の仕組み」となります。この本ではそのような意味合いでイネーブルメントという言葉を使っています。

一方、アメリカのいろいろな調査会社がイネーブルメントを定義しています。代表的なForrester(フォレスター)社、IDC社、ミラーハイマン・グループ社のCSO Insightsのレポートにある定義を見てみると、言わんとしていることが少しずつ違っています。

イネーブルメントの目的として、フォレスター社は「顧客担当社員が一貫して価値ある会話ができるようにして、結果的に営業の投資対効果をあげること」だと説明しています。

一方、IDC社は「特定の商談を前に進めるための準備」、CSO Insightsは「営業の成果と生産性を上げるための仕組み」だと定義しています。

最終的に営業の売り上げ、投資対効果を上げる仕組みであるということは共通しており、大きな方向性は一緒なのですが、微妙にその領域、範囲が異なります。

その理由は、営業の売り上げや生産性を上げることは、さまざまな要素が絡んでいて複雑で、単純化しにくいからです。

また、イネーブルメントの対象範囲をどこまでと考えているのかが、各社で異なっていることが影響しているかもしれません。

現在のところ、イネーブルメントについて確固たる定義があるわけではないという状況です。

20年の歴史を持つイネーブルメント

アメリカではいつからイネーブルメントが注目され始めたのでしょうか。業界では、イネーブルメントのオフィシャルな起源は2010年だといわれています。先ほどのフォレスター社がレポートでイネーブルメントの定義を公にしたのがこの年だからです。

ただ、企業の間では実はもう少し前からキーワードとして使われていました。2004~2007年に、IBMやノーテルといったいわゆるグローバル企業のセールスに関わるエグゼクティブの社内文書の中で使われるようになったといわれています。さらにもう少し前の1998年、「salesenablement.com」というドメインが登録され、いろいろな情報発信がされ始めます。このWebページには、今でもさまざまなオピニオンリーダーの記事が投稿されています。

欧米企業におけるイネーブルメントの現状

では、イネーブルメントの欧米企業での広がりについて、次の6つの観点からいくつかのデータを使って紹介します。

(1)イネーブルメント導入企業数推移:イネーブルメントを取り入れる企業割合の推移
(2)人材マーケット推移:イネーブルメントに関わるプロフェッショナル人材数の推移
(3)営業成果への貢献:イネーブルメントの導入が営業達成率に与える影響力
(4)提供プログラム:イネーブルメントで会社は何を提供しているのか。
(5)イネーブルメントのKPI:イネーブルメントの効果検証にどんな指標を使っているのか
(6)育成投資金額:営業のトレーニングに年間いくらかけているのか

先ほどの日本の人材育成の現状整理と同様、「概観すると欧米のイネーブルメントの現状はどうなっているのか?」という視点で見てください。

(1)イネーブルメント導入企業数推移

まず、どのくらいの企業がイネーブルメントに取り組んでいるのかについて見てみます。1つのデータを紹介します。

ここで注目すべき点は以下です。

・イネーブルメント取り組み企業の割合は6割以上

「CSO Insights:The 2018 Sales Enablement Report」では、企業がイネーブルメント専門組織や専門プログラムを提供している割合を調査しています。これによると、2018年時点で調査対象企業のうち61%がイネーブルメント専門組織またはプログラムを設けていると回答しています。2016年時点で32.7%だったことを考えると、その比率は毎年増加傾向にあります。

企業規模別に見ると、年商5100万ドル以上の企業規模になるとイネーブルメントの導入率が71.6%と高くなります。ただし、それ以下の中堅規模でも30%前後で導入しており、企業規模に関わらずイネーブルメントに取り組む企業が増えているようです。

(2)人材マーケット推移

次に、イネーブルメントの人材マーケットについてです。

ここで注目すべき点は以下です。

・2016~2019年の3年余りの間にイネーブルメントに関わるグローバルでの人材の数が3倍、1万人規模に

ビジネスに特化したSNSのLinkedInで職業をイネーブルメントというタイトルにしている人数をカウントしているサイトがあります。

https://salesenablement.wordpress.com/

これによると、「2016年1月時点3516人→2019年10月時点1万10人」と右肩上がりで増えており、イネーブルメントを専門に仕事をしている人の数が急激に増加していることがわかります。

近年、日本でもイネーブルメントに取り組む企業が増えているため、合わせて人材マーケットも拡大していくと予想されます。

(3)営業成果への貢献

イネーブルメントの営業成果への貢献に関して見てみましょう。

ここで注目すべき点は以下です。

・イネーブルメント専門組織を持つ企業は、営業予算達成率、成約率ともに高い

「CSO Insights:The 2018 SalesEnablement Report」によると、営業予算達成率と営業成約率について、イネーブルメント専門組織のある会社とない会社の数値を比べています。

営業予算達成率については、イネーブルメント専門組織がない会社の数値が46.7%なのに対して、イネーブルメント専門組織がある会社は57.3%と大幅に上回っています。 営業成約率についても、45.5%に対して52.1%とイネーブルメント専門組織がある会社の数値のほうが明らかに高くなっています。

イネーブルメント専門組織を持って取り組むことが営業成果に結びついていることがわかります。

(4)提供プログラム

イネーブルメントで会社はどんなプログラムを提供しているのかを見てみましょう。ここで注目すべき点は以下です。

・営業現場向けには、トレーニング、ツール、コンテンツ、コーチングを主に提供 ・営業マネージャー向けには、データ分析やマネージャーコーチングスキルアップを提供

「CSO Insights:The 2018 Sales Enablement Report」によると、営業の現場向けでは、提供プログラムの50%以上がトレーニング、あるいは営業のツール、コンテンツ、そしてコーチングで占められます。

一方で、マネージャー向けに関していうと、提供プログラムの50%以上なぜ営業組織にを占めるものは、営業の成果や育成に関わるデータの分析とマネージャー自身のコーチングスキルを上げるためのサポートです。

トレーニング、コーチング、ツール、システムの4つがイネーブルメントで提供するプログラムの柱であることがわかります。

(5)イネーブルメントのKPI

では、次にイネーブルメントのKPIは何か、効果検証にどんな指標をモニタリングしているのかを見てみます。ここで注目すべき点は以下です。

・イネーブルメントの評価指標は営業成果

「CSO Insights:The 2018 Sales Enablement Report」によると、一番多いのは、売上予測として見込んでいる商談の成約率(44.6%)で、創出した商談をちゃんと取れているかどうかを見ているというもの。2番目が、新しいお客様の獲得(42%)、3番目が、既存のお客様への浸透(35.2%)となっています。

要は「新しいビジネスの獲得につながっているのか」という観点で評価しているということです。いわゆる営業の成果に関わる指標をイネーブルメントのKPIに置いている企業が多いことがわかります。

強調したいのは、トレーニングの満足度や回数といった人材開発起点の指標ではなく、営業のビジネスゴールと一緒であるということです。ここがキーポイントです。

(6)育成投資金額

営業の育成に対して年間いくらの金額をかけているのかを見てみましょう。ここでは、2つのデータを紹介します。

ここで注目すべき点は以下です。

・営業育成投資は、営業1人当たり年間約1500ドル

グローバル最大の人材開発協会であるATD(Association for Talent Development)の調査レポート「2016 ATD State of Sales Training」によると、営業1人当たりのトレーニング費用は年間1459ドルと書かれています。

また、「CSO Insights:The 2018 Sales Enablement Report」によると、営業及び営業マネージャー向けの1人当たり年間育成投資金額は、半数以上の企業が年間1500ドルと回答しています。

調査方法が日本と同一ではないため単純比較はできませんが、絶対額だけを日本と欧米とで開きがあるようです。

欧米企業におけるイネーブルメントの現状(まとめ)

ここまで6つの観点で欧米におけるイネーブルメントの動向を見てきました。整理すると次のようになります。

・イネーブルメントを導入する企業数は毎年増えていて、調査結果ではすでに6割以上の企業が導入している

・イネーブルメントを専門に仕事をしている人の数も増え、この3年余りで3倍近くになっている

・イネーブルメント組織を持つ企業と持たない企業を比べると、持つ企業のほうが営業の成果が高くなっている

・商談成約率など営業の成果に関わる指標をKPIとしてイネーブルメントの効果検証をしている

・営業1人当たり年間15万円程度の育成投資をしており、組織・人材両面から投資が進んでいる

ここまでの比較をまとめましょう。

欧米のイネーブルメントの動向(まとめ)

1 導入企業数推移
・毎年増加傾向
・調査データでは、6割の企業が導入

2 人材マーケット推移
・3年間で3倍以上に急拡大

3 育成成果への貢献
・イネーブルメントを持つ企業の営業成果が持たない企業よりも高い

4 提供プログラム
・幅広い営業人材開発サービスを社内で提供

5 イネーブルメントのKPI
・売り上げに関わる営業指標をモニタリングする企業が多い

6 育成投資金額
・1人当たりの営業育成投資金額は、年間1500ドル

セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方
山下貴宏(やました・たかひろ)
株式会社R-Square & Company代表取締役社長/共同創業者。法政大学卒業、米国Baylor University奨学金派遣留学。大学卒業後、日本ヒューレット・パッカードに入社し法人営業を担当。その後、船井総合研究所を経て、外資系人事コンサルティングファームであるマーサージャパンで人事制度設計、組織人材開発のコンサルティングに従事。その後、セールスフォース・ドットコム入社。セールス・イネーブルメント本部長として、日本及び韓国の営業部門全体の人材開発施策、グローバルトレーニングプログラムなどの企画・実行を統括。イネーブルメント部門の規模を4倍に拡張し、グローバルトップの営業生産性を実現。2019年同社を退社し、セールス・イネーブルメントに特化したスタートアップ、R-Square & Companyを立ち上げる。以来、大手企業から中堅企業まで数々の企業のイネーブルメント組織の構築に尽力している。セールス・イネーブルメントをテーマとした講演実績多数。イネーブルメント分野の日本での第一人者。

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