(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
イネーブルメントプログラムの4つの柱
イネーブルメントではこの3ステップを大前提とし、それを促すためのプログラムを提供していきます。
1の「学習する」では、「プログラム1:トレーニング」を提供します。クラスルーム形式のトレーニングやE-Learning、外部のトレーニングプログラムなどが該当します。
2の「実践・適用する」では、「プログラム2:コーチング」を提供します。学習して実践してみたことが本当に機能しているのかをマネージャーなどが第三者的に見て改善を促していくという位置付けです。
3の「効率的に動く」では、1と2の実現に必要な営業の「プログラム3:ツール/ナレッジ」を提供します。パフォーマンスを出している営業の資料などを標準化/テンプレート化してすぐ使える武器として提供します。
こういった各ステップのプログラムと合わせてもう1つ、各ステップでの実施状況を記録したり可視化したりする「柱4:システム」が加わります。これらがイネーブルメントの構成要素となります。
育成をスケールさせる3要素
これら4つのプログラムの柱には、育成をスケールさせる要素が反映されています。
会社の規模が小さいときは、マネージャーによる個別指導や対面形式のトレーニングが効果的な育成方法かもしれません。個別性、実用性が高ければ高いほど有効です。
しかし会社が大きくなり、拠点も増えて地理的に距離が広がってくると、そればかりでは育成しきれなくなってきます。
トレーニングを中心とした人材育成から、少し視野を広げて、どうすれば効果的な育成ができるのかという観点でイネーブルメントの仕組みを見直す必要があります。
「育成をいかにスケールさせるか」というのは、私が前職セールスフォースで最も考えたことの1つです。
スケールさせるとは、「可能な限り質を維持しつつも、投入リソースを最小限に抑えながら効果を広げていく」という意味です。
急激に会社が成長し、毎月のように新しい社員が入社し、取り扱う製品も買収などで増える中、イネーブルメントメンバーをプロフィットセンターである営業社員の増加と同じ割合で増やすわけにはいきません。
育成を効果的に進め、広げるためには、ポイントとなる「3要素」(下図の右側)があります。
縦軸に「育成プログラムの実用性」、横軸に「共有のしやすさ、広がりやすさ」をとります。
左上から見ていきましょう。「実用性は高いが他組織に広がりにくいもの」は、マネージャーを通じたアドバイスです。マネージャーのアドバイスは実経験が伴いとても実用的ですが、すぐに他部門に展開しようと思っても難しいでしょう。アドバイスを聞いた営業本人には一番伝わりますが、共有されなければ効果はありません。
次に右下を見てください。「それ自体の実用性は低いが、広がりやすい」という点で優れているのはシステムの活用です。そこに乗せるコンテンツ次第では、国をまたいでどんどん広げることができます。E-Learningがこの代表例です。国土の広い海外では、Face to Faceの講義形式のトレーニングは移動コストが高いため、テレビ会議形式やE-Learning形式で学習が進められることがほとんどです。
次は右上です。「実用的な中身もあってシステムなどを使って流用しやすいもの」という点で優れているのは、コンテンツです。
例えば、提案書のテンプレートや競合対策資料などです。成功した営業のノウハウを体系化して、いつでも見られる状態にしておくことで、実用性と広がりやすさを兼ね備えたものを提供できます。
最近は、「資料をつくってシステムに保存し、都度営業がダウンロードして客先に持っていく」という形態ではなく、「モバイルデバイスを使って最新の電子カタログを顧客に提案し、閲覧時間やクリック数を分析することで、顧客がどこに興味を持ったかを直接把握できる」といったソリューションも出てきています。
最後は、左下です。実用性も広がりやすさも低いものは、実務に即していない個別指導です。あまりないとは思いますが、例えば、「業務を理解していない上司が個別指導形式で時間をかけて部下をトレーニングする」というのは効果もなければ広がりもないということになります。
少し細かく見てきましたが、「コンテンツを使って広める」「マネージャーを使って広める」「システムを使って広める」の3要素を掛け算することによって、会社の規模が大きくなり人が増えたとしても、効率的に育成をスケールさせていくことが可能になります。
イネーブルメントは、まさにこれらの要素を散りばめて、効率的に成長を促す育成プログラムを提供します。
1の「学習する」でいうと、ハイパフォーマーが実践しているノウハウをトレーニング「コンテンツ」として体系化してスケールさせていきます(スケール要素の「コンテンツ」をトレーニングで活用)。
2の「実践・適用する」では、マネージャーが「コーチングプログラム」で現場を指導していきます(スケール要素の「マネージャー」をコーチングで活用)。
3の「効率的に動く」では、できる営業が使っているツールやナレッジを「コンテンツ」として体系化して提供していきます(スケール要素の「コンテンツ」をツール/ナレッジで活用)。
そして、システムにコンテンツを乗せ、システムで進捗状況を記録し、管理するといった形で育成をスケールさせていきます。
複数の要素をうまく散りばめ、何か特定のトレーニングに依存するとか、特定のマネージャーがいなくなったら困ってしまうというリスクを排除できる仕組みになっています。
イネーブルメントで使うコンテンツのつくり方
イネーブルメントの育成プログラムで使うコンテンツは、日々の現場の営業活動から抽出しましょう。可能な限り、高い成果をあげている営業を情報の仕入れ先にします。
外部のコンテンツを使う選択肢もありますが、自社のカルチャーに最も合うものは自社内にあるので、自社のデータを分析して、それを体系化して、展開するというアプローチをとります。例えば、以下のようなものです。
・新製品を初めて売った際の営業資料や打ち合わせ資料 ・勝率の低い競合企業を打ち負かした際の営業の進め方 ・商談化率80%の初回訪問資料
作成の流れは、下図のようになります。
最初に、営業コンテンツのテーマが何かを決めます。ここでは、SFAのデータ分析や営業マネージャーとの議論を通じて育成テーマの優先順位を決めます。例えば、営業全体で見込み客に比例して案件数が増えていないのであれば、営業の初期フェーズでの案件化がテーマとなります。また、新製品を発表したのに製品の案件数が期待ほど伸びていないのであれば、新製品の案件化がテーマとなります。このように極力、データに基づいてテーマを設定していきます。
次に、そのテーマに関するベストプラクティスの情報収集です。SFAやCRMデータを分析し、うまくいっている人、指標が良い人たちを特定します。データがない場合は、営業マネージャーやマネジメント層に確認します。極力、データに基づいて対象者を決めるのが望ましいです。そのコンテンツを展開する際にその有効性を数値で示すことができるからです。
情報収集をした後は、実際に他の営業も使えるコンテンツやツールに仕上げます。トレーニングの場合は、トレーニングコンテンツとして整理します。
その後、実際にコンテンツを提供し、営業現場からの評価をもとにクオリティをブラッシュアップしていくというサイクルを回していきます。
イネーブルメントの循環サイクル
コンテンツのつくり方の概要をお伝えしましたが、何度か述べたとおり、コンテンツの仕入れ先は社内です。イネーブルメントが回り始めると、下図のイメージになります。
起点は、やはり営業です。日々たくさんの営業チームがお客様にさまざまな提案をしています。営業チームにいるハイパフォーマーがやっていることは何なのかという観点で分析・集約・体系化してプログラムにします。
そのプログラムは、場合によってはトレーニングやツールなどのコンテンツかもしれませんが、それらを他の人が使えるかたちにして、また現場に戻すというサイクルを回すというのがイネーブルメントのプログラムの運用のイメージです。
続いてデータ分析、抽出からプログラムをつくるまでの流れを少し詳しくお話ししましょう。
例えば、特定の競合に負け続けている、成約率が落ちているといったケースがあったとしたら、SFAのデータから成約率の高い人を見つけます。うまくいっている人は誰なのか、どの案件なのかが特定できます。
強化したいポイントのハイパフォーマーがわかったら、その人に直接話を聞きに行きます。「なぜ勝てたのか」「そのときに使っていた資料は何か」「どういうトークをしたのか」などインタビューで得た情報をまとめ、他の人も活用できる成約に至るまでのノウハウとして形にしていきます。
このような仕組みがあれば、特定のトレーニングだけに頼るのではなく、実務ベースで複数の営業強化のプログラムを回していくことが可能になってきます。「実際の営業成果を起点に育成施策を体系化し、それらを現場に循環させて効果を検証していく」というのがイネーブルメントのコンセプトになってきます。
ハイパフォーマーはイネーブルメントに協力するのか?
多くの企業と議論をする際に必ずといっていいほど出てくるテーマがこれです。
「ハイパフォーマーは自分のノウハウを出したがらない。彼らが協力する理由は何か?」
「ハイパフォーマーが協力するよう、人事評価に反映しているのか?」
「トレーニングを受ける側のメリットはわかるが、ハイパフォーマーのメリットはどこにあるのか?」
「これは企業文化の違いですね。うちの会社には合わないです」
どれも非常に理解できるものです。
しかし、実は、ハイパフォーマーにとって大きなメリットが2つあります。
メリット(1)自分のノウハウが体系化・言語化される
イネーブルメントは、現場に眠っているノウハウを体系化・コンテンツ化して現場に提供します。体系化・言語化のプロセスの中で、「なぜ自分は売ることに成功しているのか」が整理されてきます。無意識にやっていたことの理由や因果関係が整理されてくるのです。
「これまで人には説明できませんでしたが、イネーブルメントチームのインタビューを通じて自分の営業活動が整理できて“スッキリしました”」
このようなフィードバックは私も何度も耳にしています。自分の経験が体系化・言語化され自己認識できるようになるため、本人にとっての学習効果は極めて高いのでしょう。
メリット(2)他の営業チームからも声をかけられ、情報が集まるようになる
イネーブルメントではできる限り社内のハイパフォーマーのノウハウを体系化してトレーニングを提供します。提供する際、コンテンツのもととなった「ハイパフォーマーが誰か」を紹介します。例えば、以下のような流れです。 「今日のヒアリング研修は、第一営業本部の田中さんをはじめ、5名の皆様のノウハウを体系化しました」
「今日の提案書研修は、製造営業部の佐藤さんの提案書のフレームを参考にしています」
受講者は、ここで初めて田中さんや佐藤さんのノウハウに触れます。そしてこのコンテンツが受講後、田中さん、佐藤さんとの会話の接点になります。
「先日、田中さんのノウハウをトレーニングで学ばせていただきました。日頃意識しない視点が盛り込まれていて勉強になりました。ありがとうございました。ちょうど佳境を迎えている提案があるので、うまくいったら情報共有させてください」
「先日学んだ佐藤さんの提案書フレームを使ってお客様に提案したら受注できました。今度共有させてください」
このような会話が実際に生まれます。第4章で紹介するNTTコミュニケーションズは、まさにハイパフォーマーのノウハウを共有するプログラムを最初に展開し、その後イネーブルメントが立ち上がった最高の事例です。何もしなければ情報が流れない状況において、イネーブルメントは「情報流通のハブ」となってベストプラクティスを循環させる役割を担います。
求めるハイパフォーマーが社内にいない場合
イネーブルメントは社内のハイパフォーマーをモデルにプログラムを開発していきますが、そのモデルが社内にいない場合、以下の観点から「自社が目指す仮のモデル」を設定してプログラム開発していきます。
・経営マネジメント層が求める方向性 ・類似業界/ベストプラクティス企業の取り組み ・期待行動に比較的近い社内営業パーソンの行動
この場合は「仮のあるべきモデルを設定」→「イネーブルメントプログラムを開発して現場に提供」→「営業活動での実践」→「仮のモデルの検証と修正」→「自社にフィットするプログラムにチューンアップ」……というサイクルを回していくことなります。
自社にハイパフォーマーモデルがないわけですので、「意図して作り上げていく」というプロセスが必要です。
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