(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
企業規模別の進め方
企業規模別の進め方についてお話ししましょう。
ベンチャー、中堅、大手、グローバルの4つのタイプで見ていきます。これまでイネーブルメント立ち上げの支援をしてきた経験を踏まえ、想定される状況と典型的な進め方を紹介します。先ほどお話しした5つのフェーズともある程度重なる部分もあります。
●ベンチャー企業
まず、ベンチャー企業です。
下図の右上に想定される状況が書いてあります。ベンチャー企業は人的にも資金的にも資源が足りていないと思います。営業活動のやり方も人によってバラバラで、システムも入っていないので営業結果をエクセルで管理しているケースも多いでしょう。
人材育成プログラムなどなく、見よう見まねで行動し、習うより慣れろの世界。一方で、中途採用の人がどんどん入ってくるという状況だと思います。
このような状況でまずやっていただきたいのは、営業のやり方をそろえて、その状況を可視化できるようにすることです。
おすすめは、「顧客視点での営業プロセス」を定義して、SFAなどを導入して営業活動データを収集し、それらのデータを使って活動管理することです。会社としてやってほしいことを標準化し、その結果を見られるようにします。これだけでも営業の成果はまったく違ってきます。
そして、データが溜まってきたら、ハイパフォーマーの動きを分析して他の社員に共有していきます。ベンチャーの規模感だったらこれで手一杯かもしれません。
また、定期的な営業会議や、半年・1年を振り返るオフサイトミーティングなどで、営業フェーズや営業管理項目を顧客視点で見直すといった議論もとても効果的です(これだけでナレッジ共有になります)。システムを使ってマネジメントしていくのが最初の取り組みとして有効です。
●中堅企業
次に中堅企業です。
ベンチャーから次第に規模が大きくなり、中堅クラスになると下図のような状況ではないでしょうか。
SFAを活用して営業活動データが溜まってきてはいるが、育成施策として展開できているわけではない。営業人材育成専任の担当者を置くほどには人的資源が豊富なわけではない。営業マネージャーのコーチングも、自分の経験をベースにしたコーチングをしているので、マネージャーによって成果が出るチームと出ないチームとのバラつきが大きい。このままビジネスが成長していくと間違いなく育成が大きな課題になるが目先の業務に追われて着手できていない。
このような状況であれば、せっかくデータが溜まってきているので、経営補佐的な人が軸となって、ハイパフォーマーのやっていることをうまく抽出して、そのノウハウをマネージャーを伝えたり、部分的にトレーニングで展開したりするなど、イネーブルメントの原型のようなものがつくれるといいと思います。
兼務でもいいので、イネーブルメントの役割に人的リソースをアサインするという経営層の意思決定が必要です。
「データからイネーブルメントプログラムの形になった育成プログラムが展開され始めた」という実感を営業現場が得ることが当面のゴールになります。
●大手企業
大手になると、人材育成リソースは確保されていて、営業データも溜まっています。トレーニングも外部のものを含めてかなりの数を実施していることでしょう。
ただし、各部署バラバラにやっていて、日々変わるビジネスの状況に合わせて、こういう育成プログラムが必要だと示せていない、すでに組み込まれている人事のプログラムを定期的にやっているという状況だと思います。
このような状況でやっていただきたいのは3つ。
1つめは、イネーブルメントの専任チームをつくること。大手の規模感ではイネーブルメントを片手間でやるには組織が大きすぎます。兼任ではカバーしきれないので、専任チームもしくは専任の担当者をつけましょう。
2つめは、溜まってきている営業データに基づいて的確な育成プログラムを展開していくことです。いきなり全部やろうとせず、まずはトレーニング、あるいはコーチングで効果が高そうなものからで結構です。営業活動データに基づいてイネーブルメントプログラムを開発し、展開していきます。
3つめは、営業活動データだけでなく、イネーブルメントのデータを意識して溜めることです。効果検証をするという視点から、学習履歴などのデータを蓄積していきます。トレーニング履歴があるといっても、スプレッドシートでバラバラに管理しているとか、コーチングに関しては「やってください」と言っているものの履歴を管理していないというようなことが意外とあります。施策に連動するデータ、効果検証ができるデータを収集する必要があります。
●グローバルカンパニー
グローバルカンパニーになると、各国リージョンを含めリソースは豊富にあります。営業のデータも、グローバルSFAが入っているケースが多く、統一のプラットフォームでデータを収集しています。イネーブルメントを統括するようなチームがヘッドクォーターにあり、リージョンごとにイネーブルメントのチームや担当者が置かれている状況です。
ただし、イネーブルメントデータのプラットフォームが、例えばアメリカはマイクロソフト、ヨーロッパはセールスフォースを使っているなどバラバラで、データ分析の観点も統一されていないケースがあります。
このような状況でやっていただきたいのは3つ。個々のプログラムがどうということよりも、グローバル全体でどうシナジーを出していくのかという観点で見ていきます。
1つめは、グローバルのイネーブルメントでは何を実施するのか、リージョンでは何を実施するのかを決め、それぞれ役割分担を決めること。全体ではどんなKPIで見るのか、共通で展開していくプログラムは何か、どこからリージョンで実施するのかということを明確にしておきましょう。
2つめは、グローバル全体でイネーブルメントの効果検証ができるように、管理するイネーブルメントデータを統一しておくこと。効果検証には、データ分析の観点、どんな情報があればその効果が示せるのかといったところを統一しておく必要がありますが、アジアではそのデータが取れているけれど、アメリカでは取れてないとなると、全体ではよくわからないという話になってしまいます。統一の管理データがあることで、そのあとのPDCAが回しやすくなります。
3つめは、グローバル全体にベストプラクティスを共有する場を定期的に設定すること。グローバルカンパニーの場合、地理的に離れているため、各リージョンでのベストプラクティスの共有、グローバル全体での情報共有がイネーブルメント施策の中でどれだけできるのかが問われてきます。イネーブルメント担当のチームが意識的に共有する場をつくり、グローバル全体でベストプラクティスが循環するサイクルを確立する必要があります。この規模になると、まったく違う観点での運営が必要になってきます。
イネーブルメントに当てる人的リソースと組織の配置場所
前項ではベンチャー、中堅、大手、グローバルカンパニーと、企業規模別のイネーブルメントの進め方を見てきました。
では、イネーブルメントを進めるにあたって、イネーブルメントの担当者は何人くらいが妥当なのでしょうか。
理論的な裏付けがあるわけではありませんが、さまざまな企業のケースを見てきた経験からいうと、支援対象の営業人員の1~3%といったところが目安の数値となります。
例えば100人程度の営業を支援するのであれば、専任者が1人といった規模感です。1人専任を配置できれば、100人であれば営業の顔が見えますし、コンテンツ開発やツール整備にも手が回ります。
これが、1人で200人前後を見るようになると、提供プログラムを絞らざるを得ない状況になるでしょう。これはあくまでも業務負荷の経験からくる実感値です。
上図について少し解説を加えましょう。
図の左上、営業の人数が多くないのにイネーブルメントを多く配置するケースです。
これは例えば、向こう1~2年で営業人員を急拡大するようなベンチャー企業、自社に営業は少ないがパートナービジネスでパートナー企業の営業を支援するパートナーイネーブルメントが該当します。
一方、図の右下、営業の人数が多い割にイネーブルメントが少ないというのは、これまでの人事部門による育成支援が該当します。
もう1つ説明しておきたいのが、図の線が曲線を描いており、なだらかに平らになっていっているということです。
イネーブルメントはプロフィットセンターではなく、コストセンターです。営業組織が大きくなるにつれてイネーブルメントも永遠に増やすということはできません。
どこかで「スケール」させる必要があります。曲線になっているのは、初期段階ではマンパワーを投じてイネーブルメントを立ち上げ、そのあとはスケールさせる要素を織り交ぜながら人を増やさず営業組織をカバーしていくという意味です。
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