(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

マーケティングと営業の溝

マーケティング
(画像=mrmohock/Shutterstock.com)

ここでは、少し視野を広げて「マーケティングと営業との連携」について考えましょう。

このテーマを取り上げる理由は、多くの場合、営業成果の前提となる案件の創出元の1つがマーケティングであり、マーケティングと営業との連携が営業成果を最大化するうえで必要不可欠であることです。

マーケティングから営業への流れは、以下のように整理できます。

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(画像=『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』より)

マーケティング部門は、イベントやセミナー、Web広告などさまざまな手段を通じて見込み客を創出します。

これらの見込み客は、営業に引き継がれます。営業は見込み客にアプローチして案件化し、受注活動を行います。

しかし旧来だと、このように案件創出から受注まで、全て営業が行うというのが営業の美徳といいますか、「それこそが営業だ」といった考えがありました。

見込み客がマーケティングと営業の間でこぼれ落ちる

「せっかく創出した見込み客なのに、営業が十分フォローせずにこぼれ落ちてしまう」という悩みを多くの企業が抱えています。下の図の四角の部分です。

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(画像=『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』より)

なぜ十分フォローされないのでしょうか。

それは営業が案件創出も受注もやっていると、クロージングに注力してしまい、案件化がおろそかになってしまうからです。受注間近の案件が目の前にあると、誰しもそちらに注力します。

これだと、クロージングしている間、他の見込み客の案件化が進まず、時間のムダが生じて効率的ではありません。マーケティング部門も多大なコストをかけて見込み客を獲得しているわけで、組織全体で見ると大きな機会ロスを生んでいることになります。

マーケティングと営業の間の溝を埋める方法

そこで企業は、この溝を埋めるために2つの取り組みをしています。

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(画像=『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』より)

解決策(1)インサイドセールスで溝を埋める

1つは、電話やWebを使って見込み客のニーズを掘り起こして顕在化させるインサイドセールス部門をつくり、組織的に常に案件をつくり続けることによって、営業成果の最大化を図るというものです。

インサイドセールス部門の役割は「案件の発掘」です。

マーケティング部門から渡される見込み客が、必ずしも案件につながるとは限りません。中には情報収集のためにイベントに参加したり、Webの資料をダウンロードしたりして終わり、という顧客も当然います。

インサイドセールス部門は見込み客が営業に渡される前にスクリーニングをします。自社と接点があった数日以内(大抵は当日)に見込み客に電話でコンタクトします。

そこで情報収集する内容は、従来の営業が行っていた初回訪問と変わりません。電話をする前に、見込み客のホームページや公開情報を調べてヒアリングの仮説を立てます。

例えば、次のような質問を投げかけます。

「お客様のニーズに合った情報提供をするために、今回イベントに参加された理由を可能な範囲で教えていただけますでしょうか?」

「ご覧いただいた情報以外に、関連業界ではXXの事例がございますが、御社のご検討テーマに合致していますでしょうか?」

「今お話しいただいた検討テーマはいつまでに解決する必要がありますか?」

優秀なインサイドセールスは、会社として追うべき案件かどうかを見極めて営業に見込み客情報を渡します。

全ての営業組織にインサイドセールスが合致するとは限りませんが、インサイドセールス機能は非常に合理的な役割分担の仕組みです。

インサイドセールスは、1人の営業が行っていた「案件発掘機能」を担い、営業機能の一部として活動します。

これにより、旧来の営業にありがちな「案件発掘vs受注活動」の活動の偏りが、組織全体で「案件発掘&受注活動」として担保できるのです。

受注案件の分母は発掘した案件数にあるわけで、営業全体で常に「案件発掘活動」が行われているというのはとても理にかなっているといえます。

このような形で、マーケティングと営業の溝を埋める解決策の1つとしてインサイドセールスを導入する企業が増えています。

解決策(2)システムを使って溝を埋める

もう1つが、システムを使ってマーケティング部門と営業部門の橋渡しを自動化すること(マーケティング・オートメーション、以下MA)です。

MAを活用することで

・自社に興味があるお客様は誰なのか
・そのお客様は自社の何に興味があるのか
・そのお客様は過去どのくらい自社のホームページを訪れているのか
・そのお客様の温度感はホットなのかコールドなのか

といった顧客の「見込み度合い」を可視化し営業にバトンタッチできるようになります。

これにSFA(営業支援システム)、CRM(顧客管理システム)を組み合わせることで、 ・誰が/いつ/どんなメールをお客様に送ったのか ・誰が商談を持って行って、どんな活動をしているのか ・最終的に受注に至ったのか失注になったのか

という自社とコンタクトが始まってから受注に至るまでの流れが記録され、部門横断的に社内で情報が共有されます。

かつては営業がお客様を訪問して案件の温度感を確認する必要があったことを、システムを使って自動化し、フォローの抜け漏れ防ぐ取り組みにするわけです。

「インサイドセールス&システム」の組み合わせ

今見てきた2つの解決策(インサイドセールス、システム)は、組み合わせて取り組むことが可能です。

インサイドセールス部門がマーケティングと営業の「案件発掘」の橋渡し役となり、MAのテクノロジーを使って見込み度合いを自動的に分析し、インサイドセールスによるスクリーニングも組み合わせて案件化を行います。

案件化しなかった見込み客も、そこで終わらせるのではなく「ナーチャリング(案件化に向けた育成)」活動を行い、潜在顧客として育てていきます。

ナーチャリングもシステムを使ってコンテンツを自動配信したり、フォローのタイミングを通知機能を使って適切な時期にコンタクトしたりするなどして、案件機会を創出していきます。

案件創出の別アプローチ:新規ビジネス開発チーム

マーケティングと営業の溝を埋めるという目的から少し話が逸れますが、インサイドセールスが自社にフィットしない場合の案件創出について少し触れておきましょう。

インサイドセールスは、売る製品がシンプルで、営業活動のサイクルが短く、新規顧客開拓をどんどん行っていくようなビジネスモデルに最もフィットします。

一方、大手企業向けのB2B営業で、複数の製品を扱い、複雑な営業プロセスがあり、巻き込むべき社内関係者も多く、これまでのお客様との人間関係が重視され、顧客内シェアを維持しつつ新規領域の提案を求められるような業態では、インサイドセールスには限界があるでしょう。

では、このような場合、「案件創出という役割」を組織上どのように持たせればいいのでしょうか。

1つ紹介したいのは、「新規ビジネス開発チーム」をつくって案件創出を進める方法です。

これは特に製品のラインナップが多岐にわたり、既存顧客からの売上比率が大きいエンタープライズ企業で効果的なアプローチといえます。

売上の大部分が既存顧客からの引き合いで構成される、という場合は営業担当が新規ビジネスを推進することが難しいことがあります。

その理由は2つあります。

(1)既存顧客からの引き合い対応で忙しい(新規をやれと言われてもそもそもその時間がない。既存のビジネスの死守で精一杯)

(2)新しい領域の知識スキル習得に相当の時間を要する

「新しい領域の提案を強化したいにもかかわらず進まない」というのが典型的な状況です。

このような場合は、「新規ビジネス開発チーム」をつくり、従来の「引き合い対応型営業チーム(案件クローズがメイン)」と分けて営業プロセス全体を設計します。

・引き合い対応型営業チームは、安定して見込める既存ビジネスを死守拡大

・新規ビジネス開発チームは、新しいソリューションを既存顧客または新規顧客に提案して新たなビジネスの柱を確立する

分ける理由のポイントは、先ほども述べたとおり、「新規案件創出」と「受注クロージング」で、「使う営業の筋肉」と「営業活動の優先順位」が異なるということです。ここに「複数の製品」の軸や「業界」の軸が加わると、もはや1人の営業で全てをカバーすることは難しくなります。

地理的にカバーすべき営業領域が広い場合は、インサイドセールスと組み合わせて「インサイドセールス+新規ビジネス開発チーム」という体制も考えられるでしょう。

新規ビジネス開発チームというコンセプト自体に目新しさはありませんが、営業プロセス全体を視野にイネーブルメントを検討するということになると、インサイドセールスと同じ位置付けで新規ビジネス開発チームが重要な機能になってきます。

場合によっては、「新規ビジネス開発チームのイネーブルメント」が自社にとって最もインパクトのある取り組みテーマになるかもしれません。

マーケティングと営業の溝を埋める、という直接の目的とは少し異なりますが、多くの企業と議論する際に出てくるテーマでしたので、簡単に取り上げさせていだきました。

イネーブルメントにとっての「マーケティングと営業の連携」の意味

さて、マーケティングと営業の溝を埋める解決策について見てきましたが、これはイネーブルメントの観点ではどのような意味があるのでしょうか。

イネーブルメントは育成を中心に営業成果を最大化することを目的にしています。営業活動の前提となる顧客情報(見込み顧客)が営業プロセスの途中でこぼれ落ちてしまうと提案活動まで行き着かないので、営業パーソンの何を改善すればいいかがわかりません。ともすれば、「見込み顧客を取りこぼさないよう営業とマーケティングの連携を強化しましょう」というコインの表と裏をひっくり返したような議論になりかねません。

全社的に見れば、マーケティングに費やしたコストが最終的にどの程度受注につながったのか、というマーケティングROI(投資利益率)も見えません。

したがって、営業成果を最大化するうえでは、マーケティングと営業をスムーズに連携させることが必須となってきます。

「見込み客獲得→顧客理解→提案活動→受注」という一連のプロセスでマーケティングは営業活動の重要な役割を担っており、ゆえにマーケティングと営業の連携はイネーブルメントに取り組むうえでも重要なテーマになってきます。

先ほど、営業プロセスの「分業化」と述べましたが、イネーブルメントは「インサイドセールス」「新規ビジネス開発」「引き合い対応営業」それぞれを適切に「分けたり」「つないだり」という役割を担うこともあれば、それぞれに足りない「知識/スキルを埋める」という活動もスコープとして捉えていきます。 イネーブルメントは営業成果を最大化することが目的ですので、マーケティングから営業まで幅広く最適化することが求められます。

「顧客視点の営業プロセス」まとめ

ここまで、営業成果を最大化させるためには、「顧客視点の営業プロセス」の見直しが必要であるということを見てきました。これらが営業育成プログラムの大前提であるということをご理解いただけたでしょうか。

整理すると、以下2点がポイントです。

・営業プロセスを顧客の意思決定プロセスに「アライン(整合)」させて定義する

・インサイドセールスやMAを活用して顧客情報が「流れる」状態をつくり、マーケティングと営業の部門間連携を加速させる

セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方
山下貴宏(やました・たかひろ)
株式会社R-Square & Company代表取締役社長/共同創業者。法政大学卒業、米国Baylor University奨学金派遣留学。大学卒業後、日本ヒューレット・パッカードに入社し法人営業を担当。その後、船井総合研究所を経て、外資系人事コンサルティングファームであるマーサージャパンで人事制度設計、組織人材開発のコンサルティングに従事。その後、セールスフォース・ドットコム入社。セールス・イネーブルメント本部長として、日本及び韓国の営業部門全体の人材開発施策、グローバルトレーニングプログラムなどの企画・実行を統括。イネーブルメント部門の規模を4倍に拡張し、グローバルトップの営業生産性を実現。2019年同社を退社し、セールス・イネーブルメントに特化したスタートアップ、R-Square & Companyを立ち上げる。以来、大手企業から中堅企業まで数々の企業のイネーブルメント組織の構築に尽力している。セールス・イネーブルメントをテーマとした講演実績多数。イネーブルメント分野の日本での第一人者。

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