(本記事は、山下貴宏氏の著書『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
営業成果に必要なもう1つの重要テーマ
営業成果は何も人材育成だけやれば達成できるわけではありません。育成は成果達成のための一要素に過ぎないのです。
イネーブルメントの取り組み、さらには営業成果を最大化していくうえで取り組まなければならない重要テーマがあります。
それが、「営業プロセスの見直し」です。
イネーブルメントは、営業組織に対して育成を中心に実務的な支援を提供する機能です。ただ、支援対象である営業組織の営業プロセスや、営業に関連する組織との連携がうまく設計されていない場合、いくら良いトレーニングを提供しても効果がありません。
顧客視点での営業プロセス設計
●自社視点vs顧客視点
「営業成果」という言葉をこの本では何度も使っていますが、「営業成果」はどこからくるのでしょうか。答えは、簡単。「お客様からの発注」です。
お客様が自社の製品やサービスを購入いただく意思決定をしてくださったからこそ、対価として「受注」がもらえ、それが「営業成果」になります。
この受注に至るプロセスを管理するのが「営業プロセス管理」です。
しかし多くの場合、「自社の営業がどのような活動をしたか」を管理することに焦点を当てすぎて、「お客様の意思決定が前に進んでいるか」という視点が抜けがちになります。
イネーブルメントを効果的に推進していくためには、営業プロセスの定義を自社視点から顧客視点に変える必要があります。B2Bのソリューション型の営業や受注までの案件プロセスが長い営業は特にそうです。そのことにより、営業成果の予測精度が格段に上がります。
どういうことか詳しく見てみましょう。下記はよくある営業プロセス管理の流れです。
会社によってプロセスの名称は、フェーズ1、2、3……と数字で呼んだり、フェーズA、B、Cとアルファベットで呼んだりしますが、いずれにしても以下のように段階管理をしているケースが多いと思います。
「問い合わせ」フェーズでは、顧客からの問い合わせに1日以内に対応したか?
「初回ヒアリング」で、お客様は何に興味があるかを聞けたか?
「ソリューション提案」で、売るべき商品を提案したか?
「見積もり」は、大きな値引きをせずにちゃんと出したか?
「受注」では、注文書の受領はいつの予定か?
さて、この営業プロセスの定義は、自社視点でしょうか、それとも顧客視点でしょうか。さまざまな意見があることを前提としたうえで、ここでは「自社視点」に限りなく近いと考えます。
もう1つ見てみましょう。次は、顧客視点を意識した営業プロセスです。
こちらはどうでしょうか。先ほどの自社視点と何が違うのでしょうか。
(3)の「ソリューション提案」や最後の「受注」というプロセスはともに同じです。答えは、「顧客の意思決定プロセスを意識した定義」であるかどうかの違いです。
顧客の意思決定プロセスとは何でしょう。例えば、以下のようなものです。
多くの場合、ベンチャー企業や社長決裁で意思決定が早い企業を除き、一定金額の投資を伴う製品・サービスの購買には、顧客社内に意思決定のための検討プロセスがあります。一部門の担当者の一存で、例えば1000万円を超えるシステム投資は普通は決定できません。
営業活動の前提には、複数の関連部門や経営層を含めた顧客の意思決定プロセスが存在するということをまず押さえておく必要があります。
B2B営業の場合、このプロセスの中でさまざまなステークホルダーが関わってきます。
導入予定のソリューションを技術的な観点から検証するエンジニア部門、ソリューションを実際に使うユーザー部門、同業他社とのサービス比較を行う購買部門など、1つのステップを前進させるだけでも多大な労力を必要とします。
それでは、「顧客の意思決定プロセス」の上下に先ほどの「自社視点の営業プロセス」と「顧客視点の営業プロセス」を置いて比較してみましょう。
下の図を見てください。
ここから何がわかるでしょうか。
見ていただきたいのは、「営業プロセスと顧客の意思決定プロセスとの整合」です。
「自社視点の営業プロセス」は、“営業パーソンが何をしたか”に焦点を当ててプロセスが定義されます。
例えば、「ヒアリングをしたか」「提案を出したか」「見積もりを出したか」などです。
ここで注意しなければならないのは、「見積もりを出した」からといって必ずしも「顧客の意思決定プロセスが前進した」とは限らないということです。
自社が管理したい営業プロセスが、顧客の意思決定を前進させる活動につながっていなければ、自社の状況認識と顧客の意思決定ステータスの間に「ズレ」が発生します。
そしてこの「ズレ」が売上予測のギャップにつながり、営業全体の予算計画が狂ってきます。
「先日見積もりを出してお客様の反応は良かったのですが、今月受注は難しそうです」
「提案内容は良かったと思うのですが、取り組み自体が来期に延期されました」
「先週まで電話をかけてもつながりませんでしたが、今日いきなり受注がもらえました」
上記のように、悪いケースもあれば結果的に良いケースもありますが、要はいずれも顧客の意思決定プロセスが見えておらず営業活動をコントロールできていないということです。
これが営業組織全体で起こると、営業予測精度が極端に低くなります。
一方で、「顧客視点の営業プロセス」はどうでしょう。
こちらは、顧客の意思決定プロセスを前提にプロセスが定義されます。
「顧客が検討している背景にあるビジネス課題は何か」
「ソリューション導入後のあるべき姿は何か」
「関連部門のキーパーソンの意思決定ポイントは何か」
「顧客はいつまでにこの取り組みを完了しなければ、事業場にどのような影響が出るのか」などです。
営業活動管理の背景にある主語は「顧客」です。顧客の意思決定を前進させるために必要な活動を管理します。顧客の意思決定に即しているので、自社の状況認識と顧客の意思決定ステータスの間のギャップを最小化できます。
「今、担当者レベルで提案内容を検討してもらっています。見積もりも出しましたが、まだ営業プロセス上は初期フェーズです」
「直接、お客様の部門長と打ち合わせをしています。再来週、経営会議が予定されており、次回の提案で予算と導入スケジュールの合意が取れれば営業プロセス上は最終フェーズに前進します」
「ユーザー部門は提案内容に好意的ですが、技術部門が難色を示しています。ゆえに、営業プロセス上は初期フェーズに置いておきます」などです。
このように顧客の意思決定状況を根拠にした会話ができれば、営業プロセスが十分見えていると判断できますし、営業予測精度の向上も期待できるでしょう。
●イネーブルメントにとっての「営業プロセス管理」の意味
ここまで営業プロセスを顧客視点で変える必要性について見てきましたが、イネーブルメントの視点で考えると、どのような意味があるのでしょうか。
実は、この「営業プロセスを顧客視点で整備すること」がイネーブルメントの最初のステップになります。イネーブルメントに取り組む以前に、当面は顧客視点で営業プロセス管理にフォーカスするだけでも十分なほど、とても重要なステップになります。
イネーブルメントは、成果起点の育成であることを述べてきましたが、その育成テーマはどこからくるかというと、「営業プロセス」のデータです。例えば以下のようなものです。
・営業初期フェーズで案件をつくれていないのであれば、案件創出のプログラムをつくる
・営業の中盤で競合に対する勝率が低いのであれば、競合対策のプログラムをつくる
・営業の終盤で受注率が低いのであれば、クロージングのためのネゴシエーショントレーニングを開発する
営業プロセスごとに見る指標は、例えば以下のようなものです。
〈営業初期フェーズ〉 ・保有している案件金額、件数 ・新規に創出した案件金額、件数
〈営業中盤フェーズ〉 ・案件停滞日数(活動がない案件の日数) ・各フェーズのConversionRate(次のフェーズに進んだ件数と金額) ・競合に対する勝率
〈営業終盤フェーズ〉 ・受注件数、金額 ・平均案件金額、件数 ・受注までの日数
このように、営業プロセスに即してデータを分析し、必要な対策を打っていくのがイネーブルメントの基本的な動きとなります。
この営業プロセスが「自社視点」で定義されていたらどうなるでしょうか。想像のとおり、顧客のニーズにそぐわない営業育成を推進することになります。
イネーブルメントは、営業だけでなく、その先の顧客にも目を向けて営業成果を支援していく必要があります。
「顧客の意思決定プロセスに即した営業プロセス」を可能にする育成施策を展開することが、イネーブルメントの価値発揮の大前提となるのです。
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