コロナショックによる世界経済の混乱が長引いている。リーマンショック級、あるいはリーマンショックを上回る危機、との声も聞こえてくるようになってきた。

国内スタートアップの資金調達市場は年々拡大し、日本経済の停滞を打破する期待が寄せられていたかのように思われた。エンジェル投資の草分け的存在・有安伸宏氏は「日本のスタートアップ・エコシステムを盛り上げたい」という思いを胸に活動を続けてきたというが、この状況をどのように受け止めているだろうか。

「エンジェル投資家」の実態に迫るエンジェル投資家インタビュー。前編では有安氏が思うエンジェル投資家の役割や成功の秘訣、失敗談を、後編ではコロナショックがスタートアップに与える影響を伺った。(聞き手・師田賢人/写真・森口新太郎)

有安伸宏(ありやす・のぶひろ)氏
慶應義塾大SFC卒業後、ユニリーバ・ジャパンを経て、2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に同社の全株式をクックパッドへ売却。その後、エンジェル投資家として活動を始める。2015年にTokyo Founders Fund、2018年にJapan Angel Fundを設立。マネーフォワード(東証マザーズ上場)、キャディ、レンティオをはじめ、約90社に投資。

エンジェル投資は、趣味であり、ライフワーク

エンジェル投資家特集#1
(画像=森口新太郎撮影、ZUU online編集部)

ーー有安さんの現在の活動内容と経歴を教えてください。

2013年ごろからエンジェル投資家をしています。月30〜40社くらいのスタートアップからコンタクトがあり、チャットでやりとりをし、そのうち10社ほどと面談して1〜2社程度に投資をしている状況です。

僕がエンジェル投資を始めたころ、スタートアップ創業期のリスクを個人でとって投資する人は少なかったですが、現在、国内には数千人程度のエンジェル投資家がいるのではないでしょうか。

ーー具体的にいくらから投資するケースが多いですか?

僕の場合は500万円〜5000万円。一般的には、100万円から投資する人もいますし、金額は本当にバラバラです。ただ、中央値をとるならおそらく300〜400万円くらいだと思います。

ーーエンジェル投資家の定義は何だと思いますか?

「これ」という定義は特にありません。ただ、なぜ「エンジェル(天使)」と呼ばれているかというと、VC(ベンチャー・キャピタル)の経済原理とは違って、利益の追求だけではなく、なかば趣味のようなモチベーションでお金を出してくれるから。メンターの役割も担いつつ、大きなリスクをとってくれる。つまりある意味「善良」だからです。

前提として「0」から「1」を生み出して事業を創るのはものすごく大変です。ロジックだけではなく、ひらめきも必要で、アートに近いものがある。イグジットまでたどり着くスタートアップは全体の数パーセントともいわれます。

エンジェル投資家に向いているのは「創業の大変さを理解し、事業の成長をじっくり待てる人」です。「なぜ、まだ撤退しないの?」「3ヵ月も数字が伸びていないじゃん」「打ち手、どうするの?」とついつい詰めたくなっちゃうんですが、そこをぐっとこらえて、事業が育つのを待つことが大切だと感じます。

ただ、起業家や経営者はせっかちな人が多いです。エンジェル投資をやってみたけれど続かなかった、自分には向いてなかったという人が8割以上なのではないかと思います。

ーー頭では理解できても、実践するのはなかなか難しいですよね。

そうですね。ちなみに僕は、前の会社も「コーチ・ユナイテッド」という社名にしちゃうくらい、「コーチング」という考えが好きなんです。では「教師」と「コーチ」は、何が違うか?

教師は、知識を教えた後に「こうしろ」「ああしろ」「これが課題だ」とティーチングします。これに対して、コーチは「何がしたいの?」「これってどう思う?」と投げかけをし、理解を引き出して、言語化を促します。起業家かいわいでは、コーチングは「壁打ち」と呼ばれたりもします。

僕は、特に創業初期は「ティーチング」ではなく、「コーチング」を重視します。少しずつ事業が伸びてきて、具体的なゴールが分かってくると、次は「how(どうやって)」が必要になりますよね。例えば「新人をどうやって採用するか?」「組織をどうやって作るか?」「広告をどうやって打つか?」など。これはただの「Tips(コツ)」でしかないので、「ティーチング」の出番です。

伸びるスタートアップが備えている「素直さ」と「柔軟さ」

エンジェル投資家
(写真=森口新太郎撮影)

ーーこれから伸びる投資先を見極める秘訣はありますか?

事業には「①Why(なぜやるか)」「②What(どんな事業をやるか)」「③How(どうやっていくか)」の3つの要素があります。

まず、大切なことは「①Why」がしっかりしていること。「なぜ、この事業をやるのかというビジョン」が決まっていて、ブレないことです。創業者の人生観、価値観と事業のフィッティングが大事です。

一方、「②What」や「③How」に関しては、「柔軟であること」がとても大事です。僕もそうだったんですけど、みんな頑固になってしまうんですよ。

ーーサンクコスト効果ですね。

一度始めた事業をやめるのってすごく大変です。だから、その場合は「べき論」で動く必要があります。「利益が出ることをきちんとやるべき」ということ。利益が出るというのは、ユーザーが求めていることを適切なコスト構造で提供可能だということ。市場の顕在化されたニーズと、企業の存在意義やミッションが、ちょうど重なる部分を見つける作業になるはずです。そのプロセスで、当初の思い込みや過信を排除できる「素直さ」や「柔軟さ」はとても大切ですね。

初めのころは「やることを次々と変えてもいい」というくらいのスタンスでちょうどいいと思います。

——マネーフォワードさんに出資したときも、何か予兆はありましたか?

当時、COOだった瀧くんとは、大学の同級生でした。僕は、マーケティングが得意だったので、彼に「Webマーケティングを見てよ」と言われたことをきっかけに、かかわるようになりました。

瀧くんは、スタンフォード大学のMBAに行っていて、そのころは彼のようにキャリアのある人がスタートアップに来ることは珍しかったので、「気合い入ってるな」と思った記憶があります。

彼らがターゲットとする「金融×IT」(FinTech)の領域も、参入タイミングとして極めて正しかったし、純粋に友人として応援したかったので、出資を決めました。その後、マネーフォワードのプロダクトは何度もピボットをしましたが、FinTech領域という軸足やビジョンは確固たるものがあり、安定感があるものでした。

エンジェル投資家としての失敗は「石橋を叩きすぎたこと」

ーーご自身の経験を振り返って、失敗したなということはありますか?

僕の最大の失敗は「打率が高すぎる」ことです。もっとたくさんの企業に出資するべきだったんです。これで恐らく、数十億円は機会損失が生まれていると思います。

例えば、労務管理SaaSで知られるSmart HRさんから出資の打診をいただいたとき、バリュエーションは一桁億円でした。でも、月次の売上高は非常に小さくてトラクションがあるとは言えない。客観的に見たら明らかに割高な企業価値だったので、出資しませんでした。

でも、Smart HRがターゲットとする市場の潜在的なDX余地、競合度合いの低さ、創業者の宮田さんのマチュアリティなど、より長期的な視点に立つのであれば、出資するべきでした。成長速度が速いスタートアップにとって、出資時のバリュエーションの高低は、重要度が相対的に小さくなります。

打率を高く保とうとすると、リスクを取らずに見逃す球が必然的に大きくなる。それらの中に、優れた企業がいっぱいあったと思います。過去5年くらいの日本のシード投資環境に限って言えば、どんどん出資していく姿勢のほうが、シード投資家としては正しかったと考えています。

エンジェル投資の第一歩は、投資先を好きになること

エンジェル投資家
(写真=森口新太郎撮影)

——エンジェル投資を個人が始めるのは難しいでしょうか。

スタートアップ起業家へのツテがないとなかなか投資できないということが日本のエンジェル投資の現状だと思います。だからまずは、自分が応援したいと思った友人や知人に出資するのがいいと思います。

そうやってコツコツと実績を作って、エンジェルとしての役割への理解が深まってきたら、エンジェル投資家のつながりに入って、お互いに情報交換しながら、エンジェル投資家として成長していくというような流れでしょうか。

最近、アートの勉強をしているのですが、アート投資の世界にも似たものを感じています。僕のような新参者はいきなり世界的に有名な作品を買うことは難しいですよね。でも、本当に「アートが好き」だったら、学ぶじゃないですか。場合によっては、大学に行って美術史を学んだり、いろいろなギャラリーやイベントに足を運んだりする。何年か努力を積み上あげていくうちに知識も深まり、少しずつ人脈が広がり、目利きができるようになる。

一流の不動産投資家は、不動産が好きだし、めっちゃ詳しいですよね。「あそこの地権はね」とか「渋谷区の再開発は」とか、語り出すと1時間くらい教えてくれたりする。

僕は、もちろん投資先のニーズにもよりますが、エンジェル投資をしたら、特段会う必要がなくても定期的に起業家と会うようにしています。理由は、スタートアップが好きだから。起業家も大好きです。常に未来を向いて覚悟を決めている起業家とのミーティングは楽しい。

好きじゃないものに投資をしても、学習が進まないんです。だから、エンジェル投資家の第一歩は「スタートアップを好きになる」ことだと思いますよ。

後編へ続く】

--インタビューここまで--

個人でも未上場企業にエンジェル投資ができる制度とは

unicorn
(画像=unicorn)

2014年に金融商品取引法が改正され、「未公開株」を購入できる株式投資型クラウドファンディングが登場しました。 インターネットを通じて多くの人が少額の資金を出して、未上場の新規・成長企業の株式に投資することのできる仕組みで、未上場株式を購入することで当該企業の株主になることが実際にできます。

応援したい会社へ株式投資という形で応援でき、株主優待や、将来的にはIPOやM&A(企業の合併・買収)で将来的にリターンを得られる可能性もあります。