(本記事は、遠藤 誉・田原 総一朗の著書『激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)

ペンス副大統領演説で中国が「攻撃的、攪乱的」と非難

田原: では、ペンス演説の「4」に関しては、どうお考えですか?

遠藤: はい、これは明らかに2019年4月3日にアメリカ国防総省の諮問委員会(国防イノベーション委員会)が出した報告書「5Gエコシステム:国防総省に対するリスクとチャンス」に大きな影響を受けていると思います。なんと驚くべきことに、国防総省はこの報告書でスマホなどの移動通信に使われる第5世代移動通信システム5Gにおいて「アメリカは中国に負けている」と認めてしまったのです。

2020年から5Gの時代に突入し、世界のデジタル界は5G一色に染まっていくことでしょう。ですから5Gを制する者が、世界を制することになるのです。

この5G問題は大変重要ですので、この対談でも、後半改めてさらに議論をしたいのですが、そこでアメリカは、中国の通信技術の脅威に対して、ファーウェイを商務省産業安全保障局の制裁対象リスト(エンティティ・リスト)に入れるなど一連の激しい行動をとり始めました。

アメリカ政府の許可なく、アメリカ企業から部品などを購入することを禁止するものです。

田原: 5月15日にエンティティ・リストに入れていますから、たしかに4月3日の報告書の影響が大きかったのかもしれません。

遠藤: はい、この報告書が与えた衝撃は、計り知れなく大きいです。ペンス演説の前半の激しい対中強硬姿勢は、ここにも原因があると言っていいでしょうね。

ペンス演説後半は、なぜ腰砕けになったのか

田原: ペンス演説の「5」と「6」に関しては、類似のことを既に第二章で述べていますので、最後の「7」に関して掘り下げたいと思います。

2020年11月の大統領選再選を意識してか、香港法案に署名するまでのトランプ発言は、中国への輸入品高関税制裁の緩和や、追加関税を先延ばしするなど、ちょっとこれまでの強気一辺倒と違って、なにやらおかしい。このペンス演説からそれを読み解きたいと思うのですが、これはどう思われますか。

遠藤: そうですね、ペンス演説の後半、つまりご指摘の「7」ですが、突如おかしいですね。せっかく期待していたのに、腰砕けになっていて残念です。

田原: トランプが弱腰になったと思ったら、ペンスは今度の演説で、こう言っている。

「米中の経済関係で長年の懸案であった構造改革実現のために、中国と誠意を持って交渉を続ける。トランプ大統領は引き続き米中合意に楽観的だ。さらに習近平国家主席と強い個人的関係を築いてきた。それを基盤に我々は両国の国民に恩恵を与える関係強化の道を追及する」と。

遠藤: それはまさに中国が言っているウィン・ウィンの政策で、それにアメリカが乗っかってしまった。

田原: それでいいのですか。

遠藤: いいわけがありません。

田原: ペンスはこうも言っている。

「我々は米国と中国が繁栄の未来を共有するために、協力しなければならないと熱烈に信じている」

遠藤: そうですよ。前半の4分の3ぐらいは、ひたすら攻撃的で、「いいぞ、いいぞ」と思ったのですが、最後の部分を読んで「えっ、どうしたの?」と。

田原: 何のためにこんな演説をしたのですか。

遠藤: そうですね。そこに米中攻防に対するトランプさんの多くが詰まっているので、それを解明しなければなりません。

実は、2018年の「新冷戦」演説から続いて、2回目の演説を2019年6月4日にすると前から決まっていました。しかしトランプと金正恩北朝鮮最高指導者(朝鮮労働党委員長)とのハノイ会談、さらに6月29日、大阪サミットで米中首脳会談があり、トランプからは「あまり刺激的なことを言うな」と言われていたものと思います。だからペンスは演説を延ばしてきた。だけど、やらないと、世界から「なんだ、やらないのか」と言われると困るので、前回の演説からちょうど1年後のこの時期を選んだのだと思います。

田原: 確かに「新冷戦」を打ち出した前回と、内容が全然違う。

遠藤: どうして、そんなことになったのか。一番大きい原因は「7」にもストレートに書いてある「チリで開催されることになっていたAPEC」にあると思います。そこで米中首脳会談が行われる予定でした。この会談で、トランプは習近平にアメリカの大豆や畜産など農畜産物を「買ってくれ」と持ち掛け、習近平は「買います」と応える手はずだったのです。中国では豚コレラが流行っていて、本当は豚肉や飼料が不足して困っていますから、トランプの希望通り、習近平は、「大豆も、豚肉も大量に買います」と言う手はずになっていた。そうすればあたかもトランプに「負けました」「屈服しました」と見せかけることができる。

トランプとしては、アメリカ国内向けに米中貿易戦争で成果を誇れるような仕掛けを、習近平に作って欲しかった。だから、この点だけは「譲歩してくれ」というメッセージを中国に送りたかったために、突然ペンス演説は「7」のようなことになってしまったものと考えます。

田原: その後、チリでは社会情勢が不穏であることからAPEC開催が見送られてしまい、その後は香港法案にトランプがサインしてしまいましたから、今となってはペンス演説の「7」の部分は無駄になりました。

しかしそういう理由から硬軟取り混ぜてのペンス演説が出て来たのですね。

遠藤: そう分析する以外にないですね。

激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓
遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。
著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)など多数。
田原 総一朗(たはら・そういちろう)

ジャーナリスト
1934(昭和9)年、滋賀県生まれ。1960年、早稲田大学を卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年、フリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、「大隈塾」塾頭を務めながら、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日) など、テレビ・ラジオの出演多数。
著書、共著多数あり、最新刊に『令和の日本革命 2030年の日本はこうなる』(講談社)がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)