(本記事は、遠藤 誉・田原 総一朗の著書『激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)
香港区議選で民主派が8割超を獲得し、圧勝
田原: 抗議デモが続く香港で、2019年11月24日にあった区議会選挙で民主派が全452議席のうち、8割を越える388議席を獲得しました。親中派が59議席、その他が5議席です。改選前は民主派が3割でした。
投票率が前回4年前を24ポイントも上回り、71・23%(登録有権者413万人)。投票前の予測を大きく上回り、民主派の大幅躍進です。
遠藤: はい、圧勝ですね。それにしても、サイレント・マジョリティが、こんなにまで民主派を応援していたというのは拍手喝采したいほど、誠に嬉しいことです。田原さんも仰っていたように、デモの後半ではデモ参加者の中に火炎瓶を投げたり交通を遮断させたり、あるいは店舗を破壊するなど、市民生活を妨害するような行動が目立ちましたから、ひょっとしたら一般市民は安定を望んで政府側に付くかと懸念される面もありましたが、そうではなかった。反中、反政府が圧倒的多数だったというのは、凄いことです。
この区議会選挙は直接投票で、最も民意を反映しますから、ある意味、半年間ほど続いたデモに対する市民の審判が下ったことになり、北京の惨敗とも言えると思います。
田原: 遠藤さんは民主派が勝つと予想していましたか?
遠藤: 一定程度票を獲得するだろうとは思っていましたが、しかしここまでとは思いませんでしたね。
田原: ほう、なぜ民主派が票を獲得するだろうと思ったのですか?デモ隊は市民の日常生活を乱したので、安心して暮らせるよう、香港政府側を支援する人が多いだろうとは思いませんでしたか?
遠藤: 思いませんでした。というのは先ほど(第1章で)も申しましたように、香港の貧富の格差は凄まじくて、ジニ係数は世界最高レベルの範疇に入るほどです。したがって香港の一般庶民の香港政府と北京政府に対する不満と嫌悪感は非常に強いんです。
私も何度か香港に行っており、香港中文大学の関係者や天安門事件に対する抗議活動を粘り強く続けている人たちなどと接触をしてきました。そういったさまざまなルートから多くの巷のナマの声を得る機会もあります。それらによれば、デモ陣営の中には薄給の職場を捨ててデモに命を懸けている若者もおり、親から反対されているために寝泊まりする場所がないという人もいます。そういう若者に声を掛け、狭い「鳩の籠」のような自宅に招き入れて寝る場所を確保してあげている庶民もいた。また籠城した大学キャンパスから抜け出すために若者をこっそり助けてあげた大学関係者もいれば、その若者を警察の追跡から逃してあげるために「俺の車に乗れ!」と無料で若者を運んであげたタクシーの運転手もいたようです。こういった巷の情報から、相当数の隠れ民主派がいるなと思っていました。
田原: ただ、この選挙は一人一票であるものの、小選挙区制なので、総得票数の比率は民主派3対親中派2になっているため、議席数と民意に多少のずれはあります。
遠藤: たしかに、それもまたもう一つの客観的事実ですね。正確な数字で言いますと、獲得議席数の増減とパーセンテージは、
民主派:388議席(263議席増)85・8%
親中派:59議席(240議席減)13・0%
であるのに対して、各陣営の獲得した投票数とパーセンテージは、
民主派:167万3,834票(57%)
親中派:120万6,645票(41%)
となっています。その差は46万7,189票でしかない。したがって、なかなか手放しで喜ぶわけにはいかないところもあります。
それでも勝利の原因として、多くの若者が投票に行ったことがありますので、それは注目しなければなりません。2014年の雨傘運動の失敗により、若者には諦め気分が漂っていて、前回の選挙では若者層の投票率が低かった。ところが今回は違う。若者層の投票率が飛躍的に高くなっているのです。その原因は今般のデモの途中で逃亡犯条例改正案を撤廃に追い込んだという「成功感」があり、「闘えば勝利するかもしれない」という高揚感が若者の間に溢れて、それが区議会選挙を勝利に導いたのだと思います。これは今般のデモの大きな成果で、その意味でもデモ側が勝利した。香港の未来を担う若者が、北京を惨敗に追い込んだという事実は大きいです。
区議選の結果で流れが変わるか?
田原: 区議会とは、地域の身近な問題、課題を、日本の国会に相当する立法会や行政長官に意見具申する機能で、立法権などはありませんが、2020年の行政長官選挙で投票資格のある選挙委員(1200人)のうち117人は区議の互選で選ばれます。このままだと117人全員が民主派で占め、既存の民主派選挙委員を合わせると442人に増え、過半数には達しないものの、隠れ民主派を含めると、微妙な数になる。
遠藤: はい、その通りですね。北京政府はこれまで香港のデモ参加者を「暴徒」という言葉で表現し、ときには「テロリスト」という言葉を使って報道してきました。香港市民がどれだけこれらの「暴徒」を嫌悪しているかを証明し印象づけるために、数多くの「親中派庶民」にマイクを向けて声を拾い、これでもか、これでもかと、などで放映してきたのです。
それが区議会選で民主派が圧勝し、仰るとおり、北京が仕組んだ「選挙委員制度」を脅かすかもしれないので、北京は恐れをなしていますね。
田原: そうでしょうねぇ。大勢に影響ないのでは、と見ていた北京政府や親中派の危機感は高まっているだろうと思います。
遠藤: その通りですね。1200人の選挙委員によって行政長官が選ばれるという仕組みを作ったのが2014年の雨傘運動の結末でした。北京としてはこの「1200人」を「親中派」で固めておけば行政長官は「選挙委員の中における民主的な選挙という手段で親中派が選ばれる」という仕組みを作ったつもりでした。この親中派を北京は「愛国愛港」という言葉で表現しました。「国を愛し香港を愛する」という意味ですが、「国」はもちろん「中華人民共和国」で、「香港」は「香港政府」のことです。ですから、ここに区議会議員の互選によって民主派が入ってくると、これまでの北京の意図が崩れていく可能性がなくはない。
田原: 北京の反応はどうでしたか?
遠藤: 鳴りを潜めてしまったと言っていいでしょう。6月以来、デモ参加者を「暴徒」、ときには「テロ分子」とさえ位置づけて、選挙前日まで「香港市民はみな、これら暴徒に激しい怒りを覚えている」と叫び続けていた中央テレビ局は、選挙結果が出た瞬間から、このテーマに関して突然ピタッと取り上げなくなりました。
また中国共産党機関紙「人民日報」傘下の「環球時報」の報道では11月26日に、「香港特区第6回区議会選挙終わる」というタイトルで報道していますが、選挙結果に関しては触れていません。中国語で「終わる」ということを「結束」と表現しますが、この「結束」という文字を用いているだけでして、つまりは「終わった」という事実しか報道していないんです。
それ以外の特徴的な内容としては、5ヵ月にわたって、「暴徒」が外部勢力(=アメリカ)の扇動により香港社会の分裂を図ったため経済や民生が著しく阻害され、選挙当日においても「暴徒」が「国を愛し香港を愛する」選挙候補者に暴力的行為を加えて選挙を妨害したということを強調していますが、これは1000人以上の候補者の中で、一件だけあった小さな騒動を、選挙の総括にしているという有り様で、ほぼ「敗北宣言」に等しいですね。
譲らぬ北京、民主化の声が高まる香港
田原: 北京は今後、干渉、介入を強めてきませんか?
遠藤: そうしたいところでしょうが、香港市民の審判が出た以上、強硬策は取りにくいのではないでしょうか。もっとも、先ほどの「環球時報」や「人民日報」あるいは「新華社通信」の報道などでは、一致して「目下の任務は暴力を制止して秩序を取り戻すことにある」という言葉で結んでいますから、少なくとも譲歩はしないという姿勢であることは確かです。
それと歩調を合わすように、林鄭月娥行政長官も「選挙の結果を重く受け止めている」としたものの、デモ隊側が要求している5つの要求の内一つに関してはすでに受け入れているので(逃亡犯条例改正案を撤廃している)、残りの4つの要求に関しては「これまで説明してきたとおりである」と言っています。つまり、雨傘運動のときに若者が要求した行政長官に関する香港市民による一人一票という直接選挙の実施や、抗議活動に対する警察の対応が適切か否かを調べる「独立調査委員会」の設置などについては、従来通り応じないということを言っているわけです。
田原: となると、今後の民主化運動の展望としては、どのようなことが考えられるでしょうか。
遠藤: 米中を含めて、次の瞬間に何が起きるか分からない情勢が次から次へと湧き出ておりますので、確定的な未来予測をするのは困難ですが、しばらくは我慢比べといったところでしょうか。但し2020年9月には行政長官の選挙がありますから、それが近づけば、かなり本格的に反政府の機運がまた高まるでしょう。それに対して香港警察がこれまでと同じように暴力的で残酷な方法でデモ隊を抑えつけるようなことがあれば、香港市民はもっと強く政府に反感を持ち民主派を支持するようになるだろうことも、容易に想像がつきます。したがってこれまでのように、非人道的なまでに凶暴な暴力を用いて警察側がデモ隊を抑えこむことができなくなる。
習近平は米中の力関係でさじ加減をしていくでしょうが、何しろ日本が習近平政権を応援する形を取っていますので、中国はその分だけ強気に出る可能性は否めません。
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。
著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)など多数。
ジャーナリスト
1934(昭和9)年、滋賀県生まれ。1960年、早稲田大学を卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年、フリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、「大隈塾」塾頭を務めながら、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日) など、テレビ・ラジオの出演多数。
著書、共著多数あり、最新刊に『令和の日本革命 2030年の日本はこうなる』(講談社)がある。
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