(本記事は、遠藤 誉・田原 総一朗の著書『激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)

香港四大財閥に富が集中

田原: 香港デモの背景に、司法の構造があるのがよく見えてきました。しかし一方では、一般庶民の不満というものもあるはずで、その辺はもう少し掘り下げていただきたいと思います。

遠藤: はい、わかりました。香港は貧富の格差が激しくて、現状への不満が長年にわたって鬱積しています。現在でも香港のジニ係数(注)は0・53と、世界でもトップレベルの数値ですから。

田原: 香港の貧富の格差はそんなに激しいのですか。

遠藤: 絶望的なほど激しいですね。イギリス統治時代からものすごい富裕層がいて、その人たちが中国政府と結びついている。中国政府はその人たちを保護する方向にしか動いていない。貧しい人たちがリッチになれるチャンスが、もう何もないのです。

田原: イギリス統治時代からなんですか?

遠藤: はい、そうです。香港の経済はほぼ四大家族(財閥)によって独占されていると言われています。もともとは李嘉誠、郭得勝、李兆基、鄭裕彤の四大家族で、その後は孫などに受け継がれ変遷がありますが、彼らはみな最初、不動産業からスタートしており、今は香港の経済の様々な分野を網羅しています。なんと言っても香港は土地が狭いですから、不動産を誰が先に掌握したかによって誰が大財閥にのし上がっていくかが決まります。

田原: たしかに香港は土地が狭いですからねぇ。私も何度か香港に足を運び取材をしてきましたが、狭い路地で高いビルとビルの間の上を見上げると、窓から物干しざおを突き出して隣りのビルの窓に渡して、そこに洗濯物を干している光景をよく見ましたよ。

遠藤: まさにその光景が象徴しているように、ともかく土地が狭く家賃が高い。この四大家族の歴史を調べるとすぐにわかりますが、彼らはイギリスの統治時代から既に財閥として確固たる地位を築いてきました。もちろん香港を大陸に返還した後は、大陸が、香港を代表する彼らと仲良く手を結ぶため、その独占度を更に膨らませました。

ここに「Forbes」が発表した2017年の香港の富豪ランキングがあります。2017年のトップを示したものです。

図1
(画像=Forbes Japan)

これが発表される前にも、香港の富豪トップ10人の財産は香港全体のGDPの35%に相当するという恐ろしいデータが出ておりまして、2017年のデータによると42・5%を独占しているとのことで、この独占化はますます激しくなっていると思います

田原: 四大家族で香港特別行政区の財産の4割を独占しているということですか?

遠藤: はい、そういうことになりますね。香港政府が2018年11月に発表したところによると、香港720万の人口のうち、貧困層は101万人もいます。2016年データでは、貧困層と富裕層の収入の違いは44倍。貧困層の平均月収は4000香港ドル(5・5万円)以下という基準で分類されています。上流階級、富裕層は既得権益を独占しているため、若者は財閥系列の企業で働き、財閥に搾取されながら生活するしかありません。もちろん就職できた人は非常に幸運なわけですが、その中でも家を買うことができるほど出世する人は、従業員の0・01%しかいないのです。残りの99・99%の人たちは、不動産価格と物価が高いため、生活するだけで精いっぱいなので、這い上がる余力も時間も資金もない。たとえば、30平米の住宅の家賃は月8000〜9000香港ドルであるのに対して、大卒の平均月収は1万2000香港ドル程度でしかありません。

(注)【ジニ係数】所得などの分布の均等度合を示す指標で、国民経済計算等に用いられる。ジニ係数の値は0から1の間をとり、係数が0に近づくほど所得格差が小さく、1に近づくほど所得格差が拡大していることを示す。一般に0.5を超えると所得格差がかなり高い状態となり是正が必要となると言われている。

中国返還後に格差が拡大

貧富
(画像=Philip Steury Photography/Shutterstock.com)

田原: どんどんひどくなっているということだとすると、中国返還以前はどういう状態だったのか、もう少し具体的に説明して下さいますか?

遠藤: はい。香港不動産価格は60年代から上がり続けて、2016年までに約200倍まで上がっています。香港が中国に返還されると決まったあとの1991年から1997年の間は、年間25%というスピードで不動産価格が高騰し、約4倍に膨れ上がりました。特に返還2年前の1995年になりますと、イギリス人が香港の不動産を大量に売り出すという現象が現れて、四大家族が競ってそれらをすべて購入し、1995〜1997年の間に、不動産価格が暴騰しています。大陸には31の省がありますが、各省の幹部がそれぞれ十数人ほど香港に来て不動産を買うので、当時香港の市場では、不動産価格が上がり続けるという噂が巷ではありました。
例の、最後は重慶書記をしていた薄熙来やその妻・谷開来などもその中の一人ですね。結果、香港の不動産価格は当時、世界一に跳ね上がったほどです。

田原: 次期リーダーの一人に目されていたが、汚職スキャンダルの摘発により終身刑を受けた薄熙来や、金銭トラブルで、イギリス人のヘイウッド殺しの妻・谷開来が、ここに登場するとは。

遠藤: 歴史は現在に息づいていますが、「高すぎる不動産価格は香港の競争力を損なう」という判断をした香港の最初の行政長官・董建華が「八万五建屋計画」を提出し、低収入層に格安住宅を提供しようとしました。しかし不動産バブルは、アジア通貨危機も手伝って、崩壊し、不動産価格が暴落しました。不動産価格は2003年でどん底になり、60%減となりましたが、その1年前の2002年11月に香港政府が新たな不動産政策を打ち出します。土地供給を制限し、格安住宅を中止して、不動産価格を高騰させるように仕組んだのです。その結果、不動産価格は再び高騰し、2011年末には1997年のバブル最高峰の価格を超えてしまい、それが現在のさまざまな社会問題につながっていきます。

田原: 私の記憶では、香港が中国に返還した後の最初の行政長官が、何か住宅に関して改正案を出したように思うのですが......。

遠藤: その通りです。先ほど申した最初の行政長官・董建華が「八万五建屋計画」という10ヵ年計画を出すのですが、これは毎年8万5000棟の住宅ユニットを建てる計画で、10年間の間に香港市民の70%の家庭が自分の家を持つことができることを目標としたものです。

田原: そうそう、それですよ。あれは、なかなかに画期的で民生を重視した計画だと思って見ていましたが、成功しなかったのですか?

遠藤: ええ、成功しませんでした。つまり、もしこの計画を実施し始めたら、当然既得権益者にとっての不動産価格に悪影響を与えます。ちょうどこのときアジア通貨危機の影響もあり、不動産価格が暴落したため、不動産業を独占している四大家族が、彼ら自身が持っている不動産と、それをローンなどで所有している中産階級の利益を害するとして、猛反対をしたんです。 高価な住宅など不動産をたくさん所有している人たちは、不動産を一種の株のようにして扱っていますので、投機的に取り引きされます。この大財閥たちの香港政府に与える影響力はすごいですから、結局、猛反対されて、香港政府は仕方なく計画を中止しました。その結果、今でも香港の大富豪たちは豪邸に住んでいて、一般人は高い賃金を払って「鳩の籠」に住んでいると揶揄されるような、ひどい状況にあります。

激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓
遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。
著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)など多数。
田原 総一朗(たはら・そういちろう)

ジャーナリスト
1934(昭和9)年、滋賀県生まれ。1960年、早稲田大学を卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年、フリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、「大隈塾」塾頭を務めながら、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日) など、テレビ・ラジオの出演多数。
著書、共著多数あり、最新刊に『令和の日本革命 2030年の日本はこうなる』(講談社)がある。

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