(本記事は、鳥飼重和氏の著書『慌てない・もめない・負けない経営』日本経営合理化協会出版局の中から一部を抜粋・編集しています)
離婚交渉は当事者同士で話さない
夫婦間で離婚の話をしたけれど離婚条件が合わずに話がこじれて、調停などの法的手続きが視野に入った段階での相談です。
この段階になると、無理に話し続けても、さらに嫌な思いをするだけで、よい結果が出ることはまずありません。さらに、親や親族まで出てきて「一族」対「一族」の争いになってしまうこともあります。このようになってしまったら、お互い早急に弁護士をつけて、弁護士を通しての交渉に切り替えてください。
両者に弁護士がついている場合、各々の弁護士が直接相手方と話をするのはルール違反になるため、話し合いは、弁護士同士か、そこに依頼者に同席してもらうことになります。
ただし、話し合いの場に双方の依頼者が同席するのはあまりおすすめしません。いがみ合い、ののしり合うだけになったり、沈黙してしまうなど、何ひとつ決まらないことも多いからです。さらに、関係がますます悪化し、解決が遠ざかる結果となってしまいます。
もともと、お互いの考え方や価値観が合わないから紛争が生じているのですから、最悪の場合になっても困惑しないように、あらかじめ「お互いの条件が完全に一致することはない」と思って対応してください。それを出発点とすれば、あとは最悪にならないように、知恵を出して、望ましい決着点に近づけることができます。
もっとも望ましいのは、コミュニケーション能力の高い弁護士同士だけで話し合い、決着させるやり方です。
コミュニケーション能力が高い弁護士は、自分の依頼者の気持ちも、相手方の気持ちも理解できます。また、緩衝装置の役割も果たし、感情的になりがちな両者の精神的ダメージも減らしてくれます。
弁護士同士だけで何回か話し合いをもてば、お互いの依頼者が納得できる落とし所を見つけることができるので、そのあとで、自分の依頼者を説得し、比較的早い段階で決着をつけることができます。(図表12)
これが離婚交渉を綺麗にまとめることができる弁護士です。つまり、離婚問題に適した弁護士とは、相手をやり込める弁護士ではないのです。
結婚前の「夫婦財産契約」がもめない秘訣
実は、離婚条件については、結婚前に先手を打てば、離婚の時にもめないようにすることができます。日本ではまだあまり使われていませんが、婚前契約ともいわれる「夫婦財産契約」です。離婚の多い米国の富裕層の間では一般的なものになっています。
米国の例だと、高齢の実業家が若い女性と結婚する時などに、「離婚の際に、これこれの財産を渡す」という趣旨の契約をしてから結婚します。たとえば、5年以内に離婚した時は1000万ドルを渡す、15年以上続いた場合には財産の3分の1を渡す、というような契約内容です。
この契約のメリットは、離婚の際の財産分与のいざこざを防ぎ、離婚後も恨みが残らないことです。事前の契約で、金額や割合を決めてあるのでスムーズに離婚できます。
今後は日本でも、社長をはじめとした富裕層の離婚は、経営権の問題や事業承継にも影響を及ぼしてくるので、結婚前に「夫婦財産契約」を交わすことをおすすめします。結婚前に契約を結ぶだけでも、円満な形で離婚問題を解決できるようになります。
通常は年を取ったり、死を意識した時に、ようやく相続や遺言で財産の配分などを考えますが、ここでも先手必勝が重要です。
さらに「夫婦財産契約」は、お互いに十分な話し合いをして、未来に起こるかもしれないリスクを考慮しているので、かえって円満な夫婦・家族関係が続く効用もあります。
夫婦仲の悪化も経営リスク
社長夫婦の場合、仲が悪くなるだけでも経営のリスクになる場合があるので、気をつけなければなりません。
中小企業では、社長の妻が役員として、少なからず株をもっている場合が多いです。通常は何の問題もありません。しかし、夫婦の仲が悪くなった場合、妻が役員であったり、それなりの比率の株をもっていることで、経営問題に発展する場合があります。妻にM&Aを反対され、話が頓挫したのもその一つです。
また、社長とその妻が、後継者の人選でもめている時に、社長の急死で想定外の相続が起こり、後継者だった長男が経営権を失った会社もあります。
株は社長が60%、後継者の長男が30%、社長の妻が10%もっており、次男には相続でもめないようにと、株を渡していませんでした。(図表13)
後々、長男が社長から株を譲り受け、経営権を掌握することになっていました。しかし、社長の妻は長男の嫁が嫌いで次男に会社を継がせたいと思っていたので、次男に株を渡さないのも、会社に入れないのも不満で、社長と常々争っていました。
そんな中、社長が遺言書を残さず急死したので、法定相続となりました。
つまり社長の妻が30%、後継者の長男が15%、次男が15%の株を相続しました。そして社長の妻が次男側についたので、株式の比率は、後継者の長男が30%+15%=45%、次男側が40%+15%=55%となり、次男側が過半数の株を支配し、経営権を獲得しました。これは意外に多いパターンです。
もう一つは、家族間における人間関係をしっかり掌握しておらず、株や役員構成を軽視していたため、奥さんの一族に会社を追い出された社長の例です。
高橋社長(仮名)とその妻の久美子(仮名)は、50%ずつの出資で会社を創業しました。規模は大きくはありませんが、妻の久美子に特殊な技能があるため、収益率が高く、毎年、かなりの純利益が出ていました。事業が軌道に乗ってくると、高橋社長は高額な報酬を取るようになり、さらに派手な夜遊びをするようになりました。女性関係のトラブルも一度や二度ではありません。
創業当時は高橋が社長で、取締役は久美子と高橋の父親の正三(仮名)、監査役は久美子の父親の茂(仮名)と顧問税理士でした。
この会社では、創業当時からお互いの家族の平等を図る目的で、正三と茂は2年ごとに取締役と監査役を交代していました。この経営体制で10年が経過し、正三が監査役になり、茂が取締役になりました。(図表14)
その直後に経営体制に大きな変化が起きました。
久美子は、高橋社長の夜遊びや女性関係を腹に据すえかねていたのでしょう。父親の茂と組み、取締役会で夫の社長解職を決議し、非常勤の取締役にして報酬を大幅に減額しました。そして、新しい代表取締役社長には久美子自身が就任しました。
もし高橋が51%以上の株をもっていたのなら、株主総会で解職に対する報復措置として久美子と茂を取締役に選任せず、社長に復帰することも可能でしたが、株は50%ずつなので、それもできません。「お互い平等に」というのがここにきて裏目に出ました。
さらに久美子は高橋に、離婚と、高橋が保有している株式の買い取りを申し出ました。お客様や取引先は、久美子の技能があれば高橋がいなくても会社として問題がないと判断したのか、誰も異議を唱える人はいません。
結果、報酬を大幅に減額され、信頼も失い、交友関係にも支障が生じていた高橋は、最後には根負けして離婚と株の売却を承諾しました。仲が良い時に決めたことは、仲が悪くなった時にトラブルになることがあります。ですから社長は冷静になって、相手を見てのことですが、「仲が悪くなった時」のことも必ず考えて、意思決定をしておく必要があります。
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