(本記事は、鳥飼重和氏の著書『慌てない・もめない・負けない経営』日本経営合理化協会出版局の中から一部を抜粋・編集しています)

管理の甘さが社内に犯罪者を生む

慌てない・もめない・負けない経営
(画像=Webサイトより※クリックすると日本経営合理化協会の商品ページに飛びます)

労務のリスクを考える上で忘れてはならないものに「内部の犯罪」があります。

自社の従業員を疑うのは心苦しくはありますが、着服や横領、窃盗などはどれだけ対策をほどこしても、なかなかなくなるものではありません。特に金銭管理の甘い職場は、不正を誘発し、社内に犯罪者を生むことを助長してしまいます。

東京で福祉施設を4ヵ所経営しているH社でのことです。

その施設の職員中野氏(仮名)が、入居者のキャッシュカードを盗んで金を引き出していました。目立たないよう、一度に数千円ずつ、それを2年間続けていました。

H社では入居者のキャッシュカードは安全のため、事務所の金庫にまとめて保管してあったのですが、中野氏は自由に金庫を開けることができました。通常、入居者がお金を引き出す時には、施設長が金庫を開け、キャッシュカードを入居者に渡し、銀行に職員が付き添ってお金を下ろしていたのですが、その時に暗証番号を盗み見ていたようです。

さらに毎月記帳するような収支の管理の仕組みもなく、身元引受人への残高の報告なども特におこなわれていなかったので、チェック機能がまったくありませんでした。不正が発覚したのは、中野氏が退職してからのことでした。

このようなこともありました。税理士の中島氏(仮名)が代表を務める千葉の税理士法人でのことです。

そこに勤める税理士の坂本氏(仮名)は、税理士になってから5年目です。いずれは開業しようと思っていたようで、顧客名簿をコピーするようになりました。自分で担当している企業だけでなく、残業で夜遅くまで残っている時に、他の税理士が担当している顧問先の名簿もコピーしていました。もちろん税理士法人では顧客をもって独立することは禁止しています。

数百社の名簿を手に入れた坂本氏は、税理士法人の中島代表にバレないように注意しながら、顧問先の企業に「私が独立したら、そっちに移ってほしい。顧問料は安くするから。知り合いの社長を連れてきてくれたら、お礼もする」と声をかけはじめました。

ある顧問先の社長が、中島代表にこのことを話し、名簿を盗んでいたことが発覚しました。

中島代表が問いただすと、坂本氏は盗んだことを認めたため、即日解雇されました。

また、よくある例では、レジのお金の着服です。コンビニや飲食店などでは日常茶飯事とまでいわれています。着服しようと思ったら簡単にできて、数万円程度ならしばらくは気づかれることがありません。

たとえ不正を防ごうとPOSレジを導入し、営業終了時に現金合わせをやっていたとしても、一日の売上が数十万円あり、アルバイトやパートなど何人もがレジを打つような場合、隙だらけ穴だらけです。お客さんが置いていったレシートを取り消し扱いにして差額を着服したり、飲食店などではウソの会計伝票を見せ差額を横領したり、そもそもレジに打ち込まず手書きで金額だけをお客さんに提示し全額横領するなど、手口はいくらでもあります。

さらに悪いことに、最初は「ちょっとミスが多いな」ぐらいにしか思わず、着服がすぐには発覚しないので常習化してしまうのです。気がついた時には数十万円、数百万円の損害になっていたりします。

そこで、すぐにやらなければならないことがあります。それは、従業員による不正が発覚した場合、会社としては懲戒解雇や損害賠償請求など厳しい処分を実施しなければならないことです。それがたとえ勤続20年のベテランであっても、幹部社員であっても、もちろん社長の身内であってもです。なぜなら不正を曖昧にしてしまうと、他の従業員から「不正をしてもこれぐらいで済まされるのか」と思われ、さらなる不正を招くことになるからです。

ただ、怪しいというだけで持ち物検査や身体検査をしたり、十分な証拠がないのに、手順を踏まずにいきなり懲戒解雇をすると、逆に従業員から訴えられ、多額の損害賠償を命じられるケースもあるので、「現行犯」以外の場合は、対応に注意が必要です。警察に届け出るのかどうかについても、よくよく検討が必要になってきます。

実際に社内に不正があると思った時は、社内の不正対策や刑事事件に詳しい弁護士に相談してから適切な手を打つべきです。

事故の責任は契約次第で変わる

埼玉のある建設現場で死亡事故が起こって、元請けである上場企業V社の法務担当者の丸山氏(仮名)が私の事務所に相談に来ました。

「実は下請けの従業員が事故にあいました」と言うので、「偽装請負じゃないだろうね、指示命令の実態は下請けにあるんだろうね?」と下請けの独立性が担保されているか確認しました。すると丸山氏は「いやあ、大丈夫だと聞いています」と曖昧な言い方をしてくるのです。しかし、この建設現場で下請けの人たちの労働に対して、偽装請負になっているのか否かは、現場を実際に見なければわかりません。

そこで私が「ではV社は、長時間労働の問題はないよね?」と聞くと、丸山氏は「はい、大丈夫だと思います」と答えましたが、この返事は危険な兆候の典型です。実態を正しく把握していないために、その場しのぎで返事をしているだけなのです。そういう会社は対応が後手後手に回ってしまいます。

事故は起こさないのが一番大事ですが、もし仮に事故が起こったとしても、この事故は、元請けの問題として責任を問われるのか、それとも下請けの問題になるのか、それはすべて最初の契約やルールと現場の実態次第で責任の範囲が決まります。

ですから自社が元請けだとするなら、下請けが事故を起こした時に自社まで労働問題として広がってこないようにしておく必要があります。それには、元請けが全権を握っているような偽装請負的なことをやめて、下請けが自分たちのことは自分たちでおこなっているような体制をつくっておくのです。

逆に、自社が下請けの立場なら、その時に気をつけなければならないことは、元請けのほうが力が強いので、責任を押しつけられないようにするということです。

特に土木や建設などではそういう傾向が強くあります。先ほどの下請けが起こした事故で元請け会社が責任を問われない方法というのは、下請けの立場になる中小企業にとっては自分たちに責任を押しつけられる方法でもあります

ですから元請けの要望に従いすぎると、こちらが違法なことをすることになり、何かあった場合、全部しわ寄せがきます。そのようなことを含めて、労働問題を考えなければなりません。特に元請けの現場のリーダーは実績を上げたり、工期を守ったりしなければならないので、下請けや弱い取引先を痛めつけてでも結果を出さなければという意識が強くあります。その時に労働問題や安全問題でしわ寄せがきて、そういう時に限って事故が起こってしまうのです。

下請けはそのような弱く危険な立場だと認識した上で、自社をどのように守っていくのか、社長として対策を練っておかないと、今後、つらい思いをすることになります。

もし今、自社が元請けの都合のいいように使われている状況になっているとするならば、やはり、そういう立場から抜けだし、独立性の高い企業をつくるという意識をもって、事業の再構築や新事業への進出なども視野に入れ取り組んでいかなければなりません。現状をもっと良くするにはどうすればいいかを考えなければなりません。現状だけでどのようにこなすか、ということだけでは弱いのです。

本来、経営というのは今日よりは明日、明日よりは来週、来年、再来年のようなかたちで、徐々にでも良くしていくという発想が必要です。そういう意味では、今よりもどうすれば良くなるか、労働問題も今よりもどうしたら会社にとってプラスになるのか、従業員に納得してもらうにはどうしたらよいかを考えなければなりません。「もういいや、このままで。何かあったらごまかそう」という発想では企業は長くもたないでしょう。

慌てない・もめない・負けない経営
鳥飼重和(とりかい・しげかず)
日本経済新聞社が調査した「企業が選ぶ弁護士ランキング=税務部門」。第1回(2013年)及び第2回(2016年)いずれも総合1位。2017年「金融・ファイナンス部門」5位。世界の法曹界や企業が注目する評価機構チェンバース「2018年弁護士ランキング=税務部門」筆頭に選出。勝訴が困難と言われている税務訴訟で、2008年から10年の3年間で、35事件中25件を勝訴。輝かしい実績をもつ税務訴訟の開拓者。現在、「社長と会社を守るには、想定外の事態への事前対応・準備が必要」と、従来からの訴訟中心の紛争解決型ではなく、経営と法務を統合したリスク回避型の戦略提案を活動の中心に据える。

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