(本記事は、鳥飼重和氏の著書『慌てない・もめない・負けない経営』日本経営合理化協会出版局の中から一部を抜粋・編集しています)

国や行政官もネット掲示板やSNSを監視

ネット被害
(画像=fizkes/Shutterstock.com)

顧問先の企業で、社内通報の仕組みを通して、取締役の片岡氏(仮名)がパワハラを繰り返しやっているという告発がありました。暴力こそなかったようですが、聞くに耐えない言葉での誹謗中傷などが繰り返しあったという内容です。

会社の要請で、当事務所の弁護士が片岡取締役と被害者、さらに周囲の従業員たちの聞き取りをすると、通報された内容は正しいことがわかりました。その結果、会社としては、被害者の従業員に対しては深く謝罪するとともに、慰謝料を支払うことで納得してもらいました。その際、覚書を取り交わし、後日、問題を蒸し返さないような対処もしました。

他方で、片岡取締役にも被害者の従業員に対し直接謝罪してもらい、同時に、常勤の取締役を解職し非常勤としました。その上で、営業能力が高く会社の成長に大きな功績があったため、あらためて子会社の取締役として活躍してもらうことにしました。

それぐらい厳しい処分をしないと、被害者の従業員の納得が得られなかった場合、匿名掲示板やSNSで拡散されたり、労働基準監督署にかけ込まれ、マスコミに知られるなど、問題がさらに大きくなる恐れがあります。この企業は、社会的に知名度が高いので、被害者の従業員が怒りを爆発させると困るというレピュテーションリスクがあると判断したための措置でもあります。

現在の社会はインターネット社会となったために、ある人物が企業に反発し怒りを爆発させると、インターネットを活用して、企業を追い込むような情報を流すことがあります。

たとえば、「5ちゃんねる」などの匿名掲示板、「ウィキリークス」などの内部告発サイト、TwitterなどSNSの書き込みで、その企業の社内の不正を告発したり、企業の内部者しか知りえない内部事情などを流します。匿名なのでかなり本音で書かれていることも多いのです。

このような情報は、マスコミはもちろん、警察、税務署、労働基準監督署、医療関係の行政庁なども見ています。その情報が内部者しか知りえないものである場合には、その信ぴょう性は高いものになります。このような情報を基にして、行政官が動くこともあります。つまり、様々な組織が、情報収集の一つとしてインターネットを活用していることを忘れてはなりません。

さらに行政は、職員を増やせない財政状況のため、積極的にAIを使って個人や企業などに関する膨大なデータを集積・分析して、調査対象を絞り、的を射た調査を展開してくる可能性があります。

たとえば税務調査などでは、膨大なデータ間における矛盾点を探り出し、仮装隠蔽を探り当てたり、隠し財産の所在までつかむようになっていくでしょう。そして、脱税の疑いのある個所を指摘し、優先順位を決めて税務調査の指示を出す時代が到来します。

これは、「隠し事は必ず発覚する!」という社会が到来する可能性があることを示しています。

ですから社長としては、情報漏洩の脅威が、一〇年前、二〇年前どころか数年前とまったく違う状況にあることを知らなければなりません。不正や問題をごまかそうとしてウソをついたとしても、調査官はすでに様々なところから情報を得ていて、裏を取っていると思ったほうがいいかもしれません。

また、行政側はインターネットによる情報発信も積極的に活用しています。

その一つが、通称「ブラック企業リスト」と呼ばれるものです。「長時間労働」「低賃金」「安全対策不備」など労働問題で書類送検されると、厚生労働省のホームページに「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、企業名や所在地、事案の概要などを、社会的制裁として公開するので、大変不名誉なことです。

毎月更新されており、一度公表されると最低一年間は消滅しません。改善すれば一年で消えますが、改善できていなければ次の年も、さらにその次の年も開示され続けます。

インターネット上に公表されているので、誰でも見ることができます。検索サイトなどで検索すると出てきてしまいます。そのため、就職活動中の学生が調べたら、怖くて応募してこないでしょう。優秀な人材が採用できなくなってしまいます。また、問題がある企業として、取引が不利になる場合も出てくるかもしれません。

今は情報時代、インターネット時代だということを忘れないようにしてください。会社にしても社長個人にしても、掲示板やSNSに書き込まれて困るようなマイナスのネタをつくらないようにするのが、先手必勝の一番の防御策になるのです。

ネット被害を抑える6つの対策

ネット上に誹謗中傷や暴露等を書き込まれてしまった場合、適切に対応するにはどのようにすればよいでしょうか。次の6つが考えられます。

(1)無視(何もしないで放っておく)

(2)反論

(3)削除請求

(4)発信者情報開示請求

(5)損害賠償請求

(6)刑事事件としての対応

法的な手続きとしては(3)から(6)までですが、はじめから法的手続きが適切とは限りません。(1)から(6)までの内、どの対応がもっとも適切かは、具体的内容や会社の事情などを考慮して決めます。通常は、すべての手段を事案に応じて組み合わせて活用します。以下に、各々の手段について説明します。

(1)無視(何もしないで放っておく)

もっとも多く使われる対応です。この道のプロの弁護士ほど、無視から入ります。

無視とは、ただ何もしないのではなく、誹謗中傷の書き込みが、勝手に拡散していくかどうか様子を見るということです。これはインターネットの特性を理解した上での対応です。

たとえば、書き込みが単発の場合は、削除などの対応をとることにより書き込んだ者を刺激し、再度の書き込みを誘発してしまいます。その結果、逆に情報が拡散し、最悪、炎上という事態になる可能性が高まります。それを避けるためには、無視するのが一番です。

ただ、新たな書き込みが続々と投稿された場合や、実害が生じているような場合は、ある程度の期間、様子を見てから、次の対応に入ります。

(2)反論

誹謗中傷を書き込まれた側の立場からすれば、自身の正当性を主張するために反論したいと考えるのは当然です。しかし反論は、ほとんどの場合、適切な対応とはいえません。下手に反論すると、むしろ相手を刺激することになり、被害が拡大することが多いからです。

ただ、「商品に有害物質が入っている」といったような顧客の生命身体の安全に関わるような虚偽の情報が拡散している時には、自社のウェブサイトや新聞などの媒体を利用して、正しい情報を出していかなければなりません。

(3)削除請求

削除の方法は、次の二つです。

一つは、掲示板等の運営会社に直接依頼する方法です。早ければ数日で削除することが可能ですが、ほとんどの場合、応じてくれる会社はありません。

そのため、現実的にはもう一つの方法、裁判所に投稿記事削除の仮処分命令(通常の裁判より迅速な法的手続き)を申し立てます。書き込みによる権利侵害が認められれば、強制的に削除させることが可能になり、数週間から二ヵ月前後で削除されます。しかし、運営会社やサーバーが海外の場合は、半年から一年と、かなり長期間を要する場合もあります。

ただ、書き込みを削除してしまうと、管理者のログ(書き込みの記録)も削除されてしまい、書き込んだ者を特定する「発信者情報開示請求」ができなくなってしまう可能性がありますので注意が必要です。

(4)発信者情報開示請求

匿名の書き込みについて誰が書き込んだか特定したい場合に、掲示板の運営会社に対して情報の開示を求める制度です。

書き込んだ者に対して差止請求や損害賠償請求をおこなったり、刑事上の責任を問う時に捜査機関に対して告訴・告発をおこなったりするためには、書き込んだ本人を特定しなければならないので、それを可能にする手段です。

発信者情報開示請求も、掲示板の運営会社等に直接おこなうこともできますが、一般的にその会社が応じてくれることはありません。そこで通常は法的手続きをとることになります。

開示請求の一般的な流れとしては、まず、運営会社(ブログ、掲示板、SNSの運営者など)を相手に仮処分の申し立てをしてIPアドレス(ネットワーク上の住所や電話番号のようなもの)を開示してもらい、その情報をもとにプロバイダ(インターネット接続事業者)に対して書き込んだ者の氏名・住所等の情報開示を請求する訴訟を提起することになります。通常、最初の手続きから九ヵ月から一〇ヵ月くらいの期間が必要となります。

(5)損害賠償請求

誹謗中傷の書き込みにより、名誉を傷つけられたり、損害が発生した場合、書き込んだ者に対して、「不法行為に基づく損害賠償請求」をすることができます。書き込んだ者を特定する必要があるので、必ず事前に「発信者情報開示請求」をおこないます。

ただ、掲示板等の運営会社によって異なりますが、IPアドレスなどのログ(書き込みに関する記録)を約三ヵ月程度しか保存していないところが多いため、書き込みから長期間経過している場合は、発信者情報がなくなっている場合があるので注意が必要です。

(6)刑事事件としての対応

書き込みが特に悪質な場合は、名誉毀損罪や偽計業務妨害罪などの刑事事件として警察に告発するという対応が必要な場合もあります。ただ、名誉毀損罪を理由に警察が捜査を開始するのは、かなり内容が悪質で頻度も高い場合であり、通常はこの段階に行くことはありません。

以上のように、様々な対応策をとることができますが、一度拡散した情報をすべて削除することは不可能に近いといえます。また、自社にマイナスなことが書かれていても、それが真実だった場合、法律上「権利の侵害があった」とはいえないので法的措置をとることができないこともあります。

結局のところ一番の対応策は、そのような書き込みをされないように社内の体制を整え、社員や取引先との関係を適切に保っておくという事前の予防につきます。

ただ、会社に落ち度がなくても、誹謗中傷をおこなう悪意ある者がいるのも事実です。

通常の弁護士では適切な対応ができないので、その道の専門の弁護士に少しでも早く相談するようにしてください。当事務所でも、企業や経営者のインターネットトラブルに即応できるよう、専門弁護士を入れて強化しました。

慌てない・もめない・負けない経営
鳥飼重和(とりかい・しげかず)
日本経済新聞社が調査した「企業が選ぶ弁護士ランキング=税務部門」。第1回(2013年)及び第2回(2016年)いずれも総合1位。2017年「金融・ファイナンス部門」5位。世界の法曹界や企業が注目する評価機構チェンバース「2018年弁護士ランキング=税務部門」筆頭に選出。勝訴が困難と言われている税務訴訟で、2008年から10年の3年間で、35事件中25件を勝訴。輝かしい実績をもつ税務訴訟の開拓者。現在、「社長と会社を守るには、想定外の事態への事前対応・準備が必要」と、従来からの訴訟中心の紛争解決型ではなく、経営と法務を統合したリスク回避型の戦略提案を活動の中心に据える。

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