(本記事は、スティーブ・シムズ氏の著書『なぜ私は「不可能な依頼」をパーフェクトに実現できるのか?』大和書房の中から一部を抜粋・編集しています)

情熱と粘り強さは無敵のコンビ

無敵
(画像=fukomuffin/Shutterstock.com)

正直に言って、私はがまん強いほうではない。がまんが大切なことはわかっているが、あまりがまんしすぎるのも有害だ。

私の場合、何かを実現したいと思ったら、すぐに実現しないと気がすまない。行き止まりに当たったり、壁にぶつかったりしたら、すぐに別の道を探す。例外なくいつもそうだ。目標に到達するためなら、永遠に道を探し続けることができる。しかし、がまんはどうしても苦手だ。

私はいつでも動いていないと気がすまない。私の中には情熱と粘り強さが存在する。プロジェクトやアイデアがカウチポテトになっているなんて、私にはどうしてもがまんできない。

情熱と粘り強さを合体させることができたら、あなたは無敵になれる。チャンピオンを生む組み合わせだ。これがあれば、壁を乗り越えることができる。戦いに勝つことができる。周りの人たちがあなたを信じ、ついてきてくれるようになる。

しかし私は、耐えて待っていることだけはできない。単純なことだ。目の前にレンガの壁があったら、いつか崩れるのを辛抱強く待つことはできない。奇跡が起こるのを待つことはできない。酒でも飲みながら言い訳を並べることもできない。

私なら、壁のない別の道を探す。壁を乗り越える方法を探す。壁の下を掘ってもいいし、壁を突き破ってもいい。前にも言ったように、私はレンガ職人の家系だ。レンガを積むことができるなら、壊すこともできる。

「がまん」しすぎてはいけない

ビジネスの世界では、どれくらいがまんするべきなのだろうか。その答えは、「一般的に常識の範囲内として受け入れられる程度」となる。それ以上がまんしては絶対にいけない。

たとえば、大事な用があって電話をしたときは、相手から折り返しの電話があるまでどれくらい待つべきなのか。私なら、最長でも48時間だ。それ以上は絶対に待たない。

がまんするのは、礼儀正しいともいえるが、責任回避ともいえる。個人的には、感情を押し殺してがまんするより、生の感情をむき出すほうがいいと思っている。情熱があるなら、じっと待っているひまなどないからだ。情熱と粘り強さがあれば、どんなドアでも蹴破ることができる。

これはコイントスではない。半々の確率ではない。情熱と粘り強さを武器に前に進めば、あなたを止めるものは何もない。ドアを開けて一度は中に入っても、またドアが閉じてしまったらどうしようと心配する必要はない。なぜなら、もうドアは存在しないからだ。

情熱と粘り強さだけは、絶対に手放してはいけない。

何かに対して情熱を感じないのなら、「自分はなぜこれをするのか」と自問する。生きていくにはお金がかかり、好きでもないことをやらなければならないこともある。

私は犬を4匹飼っている。庭の芝生にしたフンを毎日掃除しなければならない。もちろんそんな仕事は楽しくない。しかしだからといって、やらなければならないことは、やらなければならない。情熱を持つというルールは、情熱がないならやらなければいいという意味ではない。「それには情熱を感じないからやらないよ」という言い訳は通用しない。

最強のセールスマンとの出会い

もうずっと前のことになるが、私は本気で保険のセールスマンを目指したことがある。最初のうちは、あるベテランのセールスマンと一緒に外回りをして、彼からいろいろ学ぶように言われた。

当時、保険のセールスといえば、まったくの飛び込み営業だった。電話をしたり、直接訪問したりする。その先輩と一緒に初めて訪ねたのは、人柄のよさそうな夫婦だった。すでに彼が話をつけていたので、私たちを気持ちよく迎えてくれた。

家に入ると、彼は単刀直入に切り出した。「ローンの返済、遺言、生命保険について確認しましょう」。彼は1秒も時間をムダにしなかった。私はその態度に感心した。

彼は妻のほうを向くと言った。「もし旦那さんが今日にでも急死したとしたら、何がいちばん困るでしょう?あなたは明日からどうやって生活していきますか?その事態について考えたことはありますか?」

隣で聞いていた夫が口をはさもうとすると、彼は夫のほうを向いて言った。「いえ、あなたは黙っていてください。あなたは死んだのです。もうここにはいないことになっている。この会話に加わることはできません」

彼が妻のほうを向いて話を続けようとすると、夫がまた何か言おうとした。彼は言った。「あなたは存在しないのです!あなたは今日、家に帰ってこなかった。『ただいま、ハニー。申し訳ないけれど、ぼくは1時間前に死んでしまったんだ。でも大丈夫。ちゃんと生命保険に入っているよ。向こうにある食器棚の引き出しに保険証書がある。雑誌の下だよ』と、奥さまに教えることはできないんです」

先輩セールスマンの態度はあまりに攻撃的だった。夫婦の気持ちが急速に離れていったのがわかる。夫のほうはあきらかに不機嫌になっていた。妻はおろおろしながら、なんとか場を取りもとうとしていた。私はヒヤヒヤしながら、黙ってようすを見ていた。

しかし彼は動じなかった。粘り強く前に進んだ。相手の話を聞き、相手のニーズに合った完璧な保険プランを提案した。

「奥さん、これが旦那さんが亡くなったときに必要になるお金です。2階で寝ている小さなジョニーを育てるためにかかるお金。住宅にかかるお金。ジョニーの学校にかかるお金。お金は全部でこれだけかかります。そしてこのプランなら、必要なお金を受け取ることができます。これさえあれば、たとえ旦那さんが亡くなるという不幸なことがあっても、その後の生活で惨めな思いをすることはありません」

彼はそこで口をつぐむと、真剣な声で続けた。「もちろん、この保険がまったくのムダに終わることを心から願っています。それでも、万が一のときは、この保険があなたを守ってくれるでしょう」。話を聞いていた夫婦は、だんだんと納得してきたようで、2人そろってうなずいた。

妻が夫のほうを見たが、夫はまだ完全には納得していなかった。言いたいことはわかるが、まだ決心はついていないようだ。「たしかにいいお話です。少し考えさせてください」

私のメンター(私はその場で、彼をメンターにすると決めた)は、「もちろんです。その点はご心配いりません!」と言った。そして椅子の背もたれによりかかり、ブリーフケースの中に手を伸ばして新聞を取り出すと、足を組んで読み始めた。

私は彼の隣の肘掛け椅子に座っていた。夫婦は答えを求めるように私のほうを見ている。しかし私だって、何が起こっているのかまったくわからない。私はずっと黙っていた。

夫がついに口を開いた。「すみません」。私のメンターは、新聞の上から目だけ出した。

「どうしましたか?」

夫は答えた。「もう少し考えてから、またご連絡します」

「ええ、それはさっき聞きました」。彼はそう言うと、また新聞を読み始めた。夫を見ると、今度こそ間違いなく怒っている。夫が何か言おうとすると、メンターは新聞をおろして相手を見た。

「考えている間に、いろいろと疑問も出てくるでしょう。そんなとき、疑問にすぐに答えられる私がそばにいたほうが、何かと都合がいいと思いますよ。さあ、お二人で何を質問したいか考えてください。私は新聞を読んで待っています」

夫婦は互いに顔を見合わせ、そして言った。「質問は特にないと思います」

メンターは言った。「わかりました!それでは、保障は10年にしますか?15年にしますか?」

夫婦は契約書にサインした。

これで契約成立だ。

あんなに居心地の悪い思いをしたのは初めてだった。当時の私は19歳で、レンガ積みの仕事から抜け出そうとしていたところだ。自分はかなり図太いほうだと思っていたが、あの状況はレベルが違った。私のメンターは、その場を完全にコントロールしていたのだ。

すべてが彼の思い通りに動いていた。彼が主役の映画だった。あの夫婦は、自分たちがただの脇役にすぎないことに気づいていなかった。自分たちで何かしようとしても、あっという間に彼のペースに引き込まれる。

「心配いりません!そんなことにならないようにするために、私がここにいるのです!あなたがたは賢明だ。私を家に呼び、説明を聞くことに決めたのだから。だから、この話を断るような、愚かなことをしてはいけません。なぜなら、今話している最悪の事態は、明日にでも現実になるかもしれないのですから!」とまくし立てられる。彼は自信満々だった。契約が結べると信じて疑っていなかった。

そのとき私は思った。これぞまさに、セールスマンの鑑だ。

オフィスに戻る車の中で、私は考えた。「この人はこうやって手数料を稼いでいる。きっとすごい収入だろう。なんてクールなんだ」

しかしその間、彼は黙って運転しながら、別のことを考えていた。そしてしばらくして、ついに口を開いた。「明日、あの旦那さんが本当に家に帰ってこなかったらどうなるだろう。たしかに悲しいことだが、ともかくこれで、お金の心配だけはしなくてすむ」

私はそのとき理解した。彼はたしかにこの仕事でお金を稼いでいるが、働く理由はお金ではない。純粋に人のためになりたいという情熱で働いている。彼は、自分が売っている商品を信じていた。顧客に苦労してもらいたくないと本気で思っていた。

彼が保険を売ることができたのは、がまんしたからではない。情熱と粘り強さを持っていたからだ。

なぜ私は「不可能な依頼」をパーフェクトに実現できるのか?
スティーブ・シムズ(Steve Sims)
ロンドンのレンガ職人の家に生まれ、レンガを積み続ける10代を過ごす。19歳の時に仕事を辞め、朝はケーキ配達、午後は保険の営業、夜はクラブのドアマンと3つの仕事を掛け持ちする生活に。数年後、香港で銀行の仕事を得るが2日で解雇され、やむを得ずドアマンの仕事をしたところ頭角を現し、富裕層からパーティの企画を依頼されるようになる。その後、顧客の生涯の夢を叶える高級コンシェルジュ・サービス「ブルーフィッシュ」を創設し、20年にわたって経営している。顧客のリストには世界の名だたるセレブが名を連ねる。ブルーフィッシュは世界各地にオフィスを構え、「フォーブス」誌、「ニューヨーク・タイムズ」紙、「アントレプレナー」誌など数多くのメディアに取り上げられてきた。また、ハーバード大学や国防総省などで基調講演を行った経験を持つ。

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