(本記事は、スティーブ・シムズ氏の著書『なぜ私は「不可能な依頼」をパーフェクトに実現できるのか?』大和書房の中から一部を抜粋・編集しています)

失ったものを数えない

ご褒美
(画像=Golubovy/Shutterstock.com)

私は19歳のときに保険のセールスマンになろうとしたことがある。当時は気づいていなかったが、今からふり返れば、あの仕事のおかげでポジティブな態度の大切さを学んだということがわかる。

私はいつもそうなのだが、保険の仕事も長続きしなかった。保険を売るには、飛び込みの営業をしなければならない。家族との夕食中に、いきなり営業の電話がかかってきたらさぞイライラするだろう。「突然のお電話で失礼いたします。旦那さまでいらっしゃいますか?これからあなたが亡くなったときの備えについてお話ししたいのですが──」。私もそれをやっていたのだ。

あれは惨めな仕事だった。飛び込みの営業が苦痛だったからではない。私は、電話に対する恐怖心は特にない。それに、夕食の時間に働いているのがイヤだったわけでもない。必要なら午前1時まででも働くし、24時間ぶっ通しでも働く。

残業も、長時間労働も、私は苦にならない。電話で相手の顔が見えなくても笑顔を作るのも平気だ。それに前に登場したメンターの教えを守り、自分の売る商品の価値を信じていた。顧客を万が一の事態から守りたいという一心だった。いつもそのつもりで営業の電話をかけていた。

問題はリストだった。私たちセールス担当は、毎週月曜日、出社するとすぐに分厚い本のようなリストをわたされる。営業電話用のリストなのだが、各家庭に配られる電話帳とそうは変わらない。そこに載っている番号に片っ端から電話をかける。「こんにちは。突然のお電話で失礼いたします」

そして相手の反応がどうであれ、すべて報告書に記入して記録に残す。記入するのは、電話をした時間、セールスの結果、会う約束をしたかどうかだ。実は私は、この種のペーパーワークも嫌いではない。必要なものだということはわかっている。とはいえ、しらみつぶしに電話をかけるような営業は、たいして成功率は高くない。何度も「ノー」と言われていると、たまの「イエス」がさらに輝きを増すものだ。

ポジティブな習慣を意図的に確立する

リストに話を戻そう。何がそんなにムカついたのかというと、報告書に「失ったもの」を記録しなければならなかったことだ。

ここで「失敗」という言葉を使わなかったことに注意してもらいたい。もうわかっていると思うが、私は失敗の価値を高く評価している。失敗と、何かを失うのは違う。失うというのは、電話をかけた相手と話す機会を失い、彼らに価値のあるものを届ける機会を失ったということだ。

会社の偉い人たちは、悪いことをすべて記録したがった。相手の拒絶の言葉を記録し、それに対してこちらが言ったことも記録する。「もっとまともな仕事をしろ!」から「うるさい!」まで、相手の言葉はすべて文字通りに記録する。もちろん、ガチャンと電話を切られたことも記録する。

自分の1週間をふり返ってみよう。何かが魔法のようにうまくいくことなど、週に何回あるだろう?おそらく2、3回といったところだろうか。

今の私なら、うまくいったほうを盛大に祝う。すべての人がそうするべきだ。たいていの人は、何かうまくいったことがあると、さらりと自分をほめるだけだ。そしてすぐに前に進んでいく。そのほうが簡単なのは、すでに気持ちが次に向いているからだ。しかし、小さな勝利をふり返り、時間をかけて味わうと、大きなモチベーションにつながる

毎日の生活で、失ったものばかり記録したらどうなるだろう。それを目の前に突きつけられたら、どんな気分になるだろう。翌日もまた、昨日の負けを見ることから始まるのだ。飛び込みの電話営業の世界では、それが当たり前だった。

出勤するときは新鮮な気持ちで、やる気に満ちあふれている。自分のデスクに座り、お茶を淹れ、お菓子も用意し、笑顔の電話営業に入る態勢を整える。電話帳を開き、電話をかける。するとさっそく怒鳴られる。「うるさい!電話するな!」と言われ、「人の食事のじゃまをするな!」と言われる。しかも、それをすべて記録しなければならないのだ!

出社したそばから昨夜の負けを数え、自分の失敗を突きつけられるのは、かなりこたえる経験だった。モチベーションは下がるばかりだ。「昨夜のおまえは存在するだけムダだった。じゃ、今夜はがんばれよ!」と言われるようなものだ。私にはどうしても耐えられなかった。

そこで私は、デスクにつくとすぐに報告書を裏返すことにした。そうすれば、昨夜の負けではなく、ただの真っ白な紙を見ることができる。そしで営業の電話をかけながら、報告書に落書きをする。

相手の対応によって、笑っている顔、泣いている顔、頭に角の生えた顔だ。激怒する相手にあたってしまったときは、耳から蒸気が噴き出している顔を描く。たしかに落書きは落書きだが、同時に記録の役割も立派に果たしている。これなら後から見ても、気分が落ち込むことはない。

この「落書き報告書」を1週間ぐらい続けたある日、上司のオフィスに呼ばれた。上司は私が提出した報告書を手に持っていた。落書きがある裏を上にしている。本来記録するべき表のほうは空欄のままだ。

落書きは、バイク、ハンバーガー、いろいろな表情の顔など、とにかく私が「2度と電話するな!」と罵倒されながら描きたくなったものだ。落書き以外にも、顧客と会う約束をした日やメモなども書いている。

「くたばれ!」と言われたことは記録しない。そのほうが前向きな気分になれるからだ。小さな勝利に注目すると、さらに電話をかける勇気がわいてくる。そしてうまくいった電話には、大きな星印をつける。

するとどうなったか。私は解雇されたのだ。

それでも私は気にしなかった。少なくとも何かを学べたのだから!

あれは、私が「習慣」というものを意識した最初のきっかけだった。ときには紙を裏返して、真っ白なページから始めなければならないこともある。そうやって意図的にポジティブな習慣を確立するのだ。

習慣は、責任ある態度とセットになったときに大きな力を発揮する。説明しよう。情熱があるときは、燃料もある。アクセル全開で走ることができる。しかしスピードを出しすぎた列車は、脱線することもある。周りの意見を聞かず、必要な注意を怠った結果だ。

起業家という人種は、えてしてフルスピードで走りがちだ。そして走りながら、ふと気づくと脱線しそうになっている。「しまった!自動ブレーキを準備していなかった!」と考える。正しい装備は、走りながら準備しなければならない。情熱で暴走する人が「何かをするつもりだ」と言うときは、たいてい昨日すでにそれをやってしまっている。

だから情熱だけでなく、そこに責任も組み合わせなければならない。自分だけでなく、一緒に働くすべての人が、自分の行動に責任を持つ必要がある。そうすれば、脱線することなく走っていくことができるだろう。

それに加えて敏捷であること、柔軟であること、変化への対応力があることも求められる。思考や習慣が凝り固まっていては、成長することはできない。守っていい習慣は、仕事の腕が優秀であることと、成功を数えることだけだ。

失ったものを数えてはいけない。負けを見つけるたびに、モチベーションはどんどん下がっていく。そして下がれば下がるほど、上にのぼるのが大変になる。ネガティブな態度は情熱と共存できない。それはモチベーションを殺す無言の暗殺者だ。

験かつぎにご用心

習慣が大切とはいえ、儀式のように凝り固まってしまうのはよくない。儀式は迷信につながる。迷信は恐怖から生まれ、何かをしないときの言い訳として機能する。「今はそれに挑戦できない。だって幸運の靴下をはいていないから」というように。

おわかりのように、これは悪いほうの習慣だ。朝の10時に何かよくないことが起こると、もうその時点で「今日は最悪の日だ」と決めつけたりする。まだ朝の10時だというのに!

もしあなたにもその傾向があるなら、今すぐやめること。言い訳しそうになったら、立ち止まり、ページをめくる。そして真っ白なページに、いいことばかり書き込んでいこう。

スポーツ選手の験かつぎについて聞いたことがあるだろう。ヒットが続いている間はヒゲを剃らないとか、靴下をはき替えないといったものだ。こういった妙な迷信に取り憑かれている人たちは、むしろ失敗する確率を高めてしまっているのではないだろうか。

もし幸運の靴下が盗まれでもしたら、その人はいったいどうするのか。なぜたかが靴下に、自分の命運を託したりするのだろうか。私にはまったく理解できない。

こういった迷信に効果があるとすれば、その「幸運の何か」が実際にモチベーションアップにつながる場合だけだろう。過去の成功体験を思い出させてくれるようなものだ。それがあれば、情熱が燃えあがり、集中力が研ぎ澄まされ、成功に必要なものがすべてそろう。まさにゾーンに入った状態だ。そういうものなら、私は大賛成だ。

ゾーンに入るのを助けてくれるツールを紹介しよう。たとえば、人前でスピーチするとき、トニー・ロビンズはトランポリンに乗って跳ぶという。他には声帯を温める人もいる。

これは準備であり、ウォームアップだ。ゾーンに入る合図だ。ただ幸運のキャップを後ろ向きにかぶり、うまくいくことを願うだけとはわけが違う。あなたの能力は、たかが靴下の色ごときに左右されることはない。

あなたは何を見るとゾーンに入れるか?

仕事の知り合いに、木彫りのバイキング船を持っている人がいる。娘さんがノルウェーに行ったおみやげに買ってきてくれたそうだ。彼はそれを、仕事のデスクの上に置いている。そしてデスクに向かって仕事をするたびに、バイキング船を見て、自分にこう言い聞かせる。「私の先祖はバイキングだ。私も先祖たちと同じように、1日中でも船を漕ぐことができる」

これが彼流のモチベーションアップ術だ。木彫りのバイキング船は、「あきらめるな」というメッセージの役割を果たしてくれる。彼はこれを見て、ゾーンに入ることができる。彼にとって、バイキング船は立派な仕事道具だ。挑戦から逃げる口実ではない。

物理的な空間もとても大切だ。あなたはどんな場所で働いているだろう?いちばん頭が働く場所はどこだろう?ゾーンに入れるのはどんな環境だろう?

いつもそこにいることはできないかもしれないが、その場所を知っておくことは大切だ。人は誰でも、「自分だけの隠れ家」が必要だ。そこでは自分だけの時間を持つことができる。

わがままになって充電する

私は「わがまま」の価値を高く評価している。1日に何度でもわがままにならなければならない。周りに気を使ってばかりいたら、自分の仕事に集中できないだろう。仕事でいちばん大切なのは、仕事そのものだ。毎日の食卓に食べ物を並べることができるのも、仕事をしてこそだ。

ここでいう「わがまま」とは、自分を大切にすることだ。自分を休ませ、リフレッシュすることだ。わがままになって自分のメンテナンスをきちんとしていれば、周りの大切な人たちに最高の自分を提供することができる。

私にとっての隠れ家は、自宅のガレージだ。世界はめまぐるしく変化する。毎日、何かが昨日とは違う姿をしている。毎日新しいアプリが登場し、新しい生き方が提唱され、新しいテレビシリーズが始まる。静止しているものは1つもない。

個人的には、この速いペースは大歓迎だ。そこには成長があり、動きがある。しかし、成長を認識するには、たまには立ち止まらなければならない。流れから出て、止まった場所から眺めることも必要だ。静かな場所で、自分と一体になる。そうしないと、自分の声が世界のノイズでかき消されてしまうだろう。

瞑想はすごいという話は、以前から何度も聞いている。しかし私は、どうしてもじっと座っていることができない。座った瞬間に、「しまった!あのメールの返事がまだだった!」とか、「おい、シムズ!何のんびり座ってるんだよ!他にやることが山ほどあるだろう!」と考えてしまう。

私には私の瞑想法がある。たとえば、バイクに乗っているときが瞑想であり、ボクシングのリングに上がったときも瞑想だ。何かに完全に集中し、それ以外のすべてが頭から消える瞬間が、私にとっての瞑想だ。

コメディアンの多くも、この瞬間を経験している。ステージに立つと、自分のパフォーマンスが世界のすべてになるという。それ以外のことは何も考えない。その瞬間が、彼らにとっての解放だ。

人生のいいところは、精神を解放する方法がたくさんあることだ。ヨガでも、瞑想でも、エクストリームスポーツでも、とにかく日常や心配事を忘れられるようなことならなんでもいい。それが終わって日常に戻ってくれば、もちろん心配事もすべて戻ってくる。しかし精神の充電が完了しているので、今度は問題に立ち向かっていくことができるだろう。

以上が、私が「わがまま」を推奨する理由だ。自分に勝利のごほうびをあげ、自分に集中し、日常から離れるのは大切なことだ。私たちは、自分以外のものの充電ならお手のものだ。スマホの充電、電気自動車の充電、またはガソリン車の給油なら忘れることはない。充電していないのは、自分自身だけだ。

充電する権利を行使する

あなたは充電しなければならない。

「たしかにやることはたくさんある。私に用事がある人もたくさんいる。しかし私も、最高の自分になる必要があるんだ。だから今から30分、ちょっと外を走ってくるよ」と宣言するのは、あなたの権利だ。

私も、やることなすことうまくいかないような日は、「ちょっとバイクで谷を走ってくる」と言って出かけるだろう。または、「この部屋で30分座って読書をする」や、「ジムに行く」と宣言するかもしれない。

すると周りの人は、「でもスティーブ!どうしてもこれを今日中に終わらせなければならないんだ!」と言う。それでも私は動じない。きわめて冷静に、こう言うだろう。「もちろん終わらせるよ。でもその前に、私にはこの30分が必要だ」。こうやって私たちは、自分でも気づかないうちに充電しているのだ。

人は誰でも充電が必要だ。中でも起業家は、製品や仕事や未来をゼロから創造しなければならないので、充電が欠かせない。情熱が大きいほど、すべてを忘れて充電する必要も大きくなる。

充電はマストだ。現に私は、起業を目指す人にアドバイスを求められると、真っ先に充電の必要性を訴えている。猛スピードで走る列車から降りたくない?それはいい心がけだ。しかし、そうはいっても、たまには降りなければならない。何本かの列車をやりすごし、充電が完了した状態で次に来た列車に飛び乗ろう。

ここでいう充電とは、あなたにとっての至福の瞬間だ。あなたにとってのゾーンだ。そこに入ると、現実のすべてを忘れ、時間も空間も超越できる。

私がボクシングジムで体験していることを話そう。ジムに一歩足を踏み入れると、あちこちからパンチの音や、荒い息づかいが聞こえる。とても騒々しい環境だ。それでも、グラブをつけてリングに上がり、スパーリングを始めると、一瞬ですべての音が消えるのだ。

サンドバッグを叩く音も、怒声も聞こえない。聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけだ。これがゾーンだ。誰もが目指すユートピアだ。あなたはこの場所で充電し、想像もしていなかったほどの深みに到達することができる。

なぜ私は「不可能な依頼」をパーフェクトに実現できるのか?
スティーブ・シムズ(Steve Sims)
ロンドンのレンガ職人の家に生まれ、レンガを積み続ける10代を過ごす。19歳の時に仕事を辞め、朝はケーキ配達、午後は保険の営業、夜はクラブのドアマンと3つの仕事を掛け持ちする生活に。数年後、香港で銀行の仕事を得るが2日で解雇され、やむを得ずドアマンの仕事をしたところ頭角を現し、富裕層からパーティの企画を依頼されるようになる。その後、顧客の生涯の夢を叶える高級コンシェルジュ・サービス「ブルーフィッシュ」を創設し、20年にわたって経営している。顧客のリストには世界の名だたるセレブが名を連ねる。ブルーフィッシュは世界各地にオフィスを構え、「フォーブス」誌、「ニューヨーク・タイムズ」紙、「アントレプレナー」誌など数多くのメディアに取り上げられてきた。また、ハーバード大学や国防総省などで基調講演を行った経験を持つ。

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