中国経済の現状

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国経済に与えた打撃の凄まじさが明らかになってきた。中国国家統計局が4月17日に公表した20年1-3月期の国内総生産(GDP)は前年比6.8%減となった。2008年に起きたリーマンショック後にも急激な経済減速に見舞われた中国だが、それを凌ぐ大きな打撃となった(図表-1)。産業別に見ると、最も大きな打撃を受けたのは宿泊飲食業で前年比35.5%減、そして卸小売業、建築業、交通運輸倉庫郵便業、工業も2桁の減少となった。他方、新型コロナで“巣籠もり”する人が増える中で情報通信・ソフトウェア・ITは前年比13.2%増と2桁成長を遂げ、中小零細企業の支援に奔走した金融業もプラス成長を維持した(図表-2)。

中国経済の現状
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、工業生産(実質付加価値ベース)を見ると、20年1-3月期は前年比8.4%減と19年通期の同5.7%増からマイナスに転じた。最も大きな打撃を受けたのは自動車製造で前年比26.0%減、そして紡績、鉄道・船舶・航空宇宙・その他運輸設備製造、電気機械・器材製造も2桁の減少となった。他方、鉱業は前年比1.7%減、電力エネルギー生産供給業は同5.2%減と小幅な減少に留まり、製造業の中でもハイテク製造業は同3.8%減と比較的堅調だった。

なお、1-3月期の中でも1-2月期と3月では違いが見られた。1-2月期の工業生産は前年比13.5%減だったが、3月には同1.1%減まで持ち直し、特にハイテク製造業は同14.4%減から同8.9%増にV字回復した(図表-3)。また、1-2月期には前年比13.0%減と落ち込んだサービス業生産指数も3月には同9.1%減まで持ち直したため、実質GDP成長率に連動する「景気インデックス」は1-2月期の前年比7.7%減から3月には同5.0%減まで回復している(図表-4)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

【需要面の3指標】

一方、個人消費の代表指標である小売売上高を見ると、20年1-3月期は前年比19.0%減と19年通期の同8.0%増から一気にマイナスに転じた(図表-5)。内訳が公表される一定規模以上の小売統計を見ると(図表-6)、飲食が前年比41.9%減、衣類が同32.2%減、自動車が同30.3%減、家電類が同29.9%減、家具類が同29.3%減となるなど、どれを取っても大幅な前年割れだった。生活必需品が多い日用品や外出制限令が追い風となったネット販売は健闘したものの、日用品は前年比4.2減、電子商取引(商品とサービス)も同0.8%減と前年のレベルを上回るには至らなかった。

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また、投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)を見ても、1-3月期は前年比16.1%減と19年通期の同5.4%増から一気に大幅マイナスに転じた。内訳を見ると、製造業が19年通期の前年比3.1%増から1-3月期には同25.2%減に、不動産開発投資が同9.9%増から同7.7%減に、インフラ投資が同3.8%増から同19.7%減にいずれも大幅な落ち込みとなった。特に製造業への打撃が大きく、自動車製造は19年通期の前年比1.5%減から同27.2%減へ減速感を強めたのに加えて、19年通期で前年比16.8%増と高い伸びを示したコンピュータ・通信・電子設備も同10.2%減と大幅な前年割れとなった。但し、1-2月期と3月では流れに変化が見られた。1-2月期には新型コロナの影響で前年比24.5%減と大きく落ち込んだが、3月には経済活動の再開で同0.2%増(筆者推計)と前年をやや上回る水準まで持ち直している(図表-7)。

もうひとつの経済の柱である輸出(ドルベース)の動きを見ても(図表-8)、1-3月期は前年比13.4%減と19年通期の同0.5%増から大きく落ち込んだ。また、輸入(ドルベース)も前年比2.9%減と前年割れだったが、輸出に比べると減少幅は小さかった。

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【その他の注目指標】

ここで、その他の注目指標を確認しておこう。まず、“李克強指数”にも採用されている電力消費量の動きを見ると、19年通期の前年比4.5%増から1-3月期には同6.5%減に落ち込んだ(図表-9)。新型コロナの影響が比較的軽微だった第1次産業は前年比4.0%増で、住居用も同3.5%増とプラスを維持したが、第2次産業は同8.8%減、第3次産業も同8.3%減と落ち込んだ。

また、物流への影響も深刻で、貨物輸送量は19年通期の前年比5.5%増から1-3月期には同16.1%減に大きく落ち込んだ。鉄道貨物は前年の水準をやや上回ったものの、道路貨物は前年比22.2%減、水路貨物は同15.5%減、航空貨物は同17.4%減と落ち込み幅が大きかった(図表-10)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

新型コロナの感染拡大とそれに伴う経済活動の停止で失業率も上昇し始めた。31大都市の調査失業率の推移を見ると(図表-11)、2月に5.7%に上昇し、3月にも改善していなかった。中国では失業率が上昇すると、社会不安に結びつきやすいだけに今後の雇用情勢には注意が必要だ。

他方、金融の動きを見ると、3月の社会融資総量残高の伸びは前年比11.5%増と2月の同10.7%増から伸びを高め、通貨供給量(M2)も同10.1%増と2月の同8.8%増から伸びを高めた(図表-12)。19年12月末時点に比べて、社会融資総量残高が10.9兆元、M2が9.4兆元も増加している。中国人民銀行(中央銀行)が旧正月(春節)連休明けの2月初めに1.7兆元(日本円換算で26兆円)の大量資金供給に踏み切ったのに加えて、新型コロナウイルスの感染拡大とその対策による景気下押し圧力を緩和するために、防疫関連品の供給拡大や業務再開に必要な資金を提供する融資を実施、これに呼応して商業銀行が融資を積極化するとともに、中小零細企業向け融資の返済猶予に乗り出したことが影響したものと見られる。

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【新型コロナの関連指標】

周知のとおり中国では新型コロナウイルスが猛威を振るった。中国国家衛生健康委員会によれば、4月26日時点で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の確認症例は82,830名、死亡者は4,633名、致死率は5.6%となっている。新型コロナの発火点となったのは湖北省の武漢市だった。その武漢では、そもそも病床の空きが少ない中で、新型コロナに感染した人やその疑いを持つ人が病院に押し寄せて“医療崩壊”に陥った。そして、病院で診察できない人が街にあふれることとなったため、日本でも映像が放映されたように突貫工事で病棟を建て増すとともに、人民解放軍の医療スタッフを投入して治療にあたることとなった。その責任を問われて更迭された元書記(武漢市トップ)の馬国強氏も「責任を感じる。少しでも早く厳格な措置を取っていれば、結果は今よりも良かった」と振り返っている。

そして、武漢で封じ込めに失敗した中国政府は、“医療崩壊”が全国に波及しないよう湖北省(省都:武漢市)を“都市封鎖”するなどの強硬策を講じたため、新たに感染が確認された症例が徐々に少なくなるとともに、時間を経るにしたがって治療を終えて退院する人も増えたため、現存の感染者数は2月17日をピークに減少し始め、4月26日には723名に減少した(図表-13)。また、3月中旬以降は、海外からの帰国者などの「輸入症例」を除くと、国内で市中感染したと見られる確認症例はほとんど無くなったため、“医療崩壊”が全国に広がるのはどうにか回避できそうである。そして、“医療崩壊”してしまった武漢でも、3月10日には軽症患者を収容するために突貫工事で建設された病棟(16ヵ所)を閉鎖し、運行を停止していた地下鉄などの公共交通機関も設備の消毒を徹底した上で順次再開されるメドが立ち、4月8日には“都市封鎖”を解除した。

以上のように、新型コロナウイルスの感染が収束に向かった一方で、前述のように経済活動が深刻な打撃を受けたことに鑑みると、中国政府が採用した新型コロナ対策は、防疫を徹底するために、国民や国内企業が生き残る上で必要最低限なレベルにまで経済活動(生産、消費、投資、金融)を抑えるものだったと言える。そして、3月には新型コロナ対策で遅れていた農民工など(約3億人)の職場復帰が進み、工業部門が操業するなど、中国では経済活動の正常化が進み始めている。

但し、欧米諸国や新興国では新型コロナウイルスの爆発的感染が発生しており、諸外国から新型コロナウイルス感染症が“逆流”して、再び中国国内で爆発的感染が起きる“第2波”ともなりかねない状況にある。海外からの帰国者など「輸入症例」は4月中旬をピークに落ち着いてきてはいるものの(図表-14)、ロシアからの逆流が目立つ黒龍江省や国際交流が多い広東省では国内感染がやや目立ち始めている。そして、習近平国家主席は4月8日、「生産・生活秩序の全面回復を加速」する指示を出したものの、「防疫対策を常態化する中で」という“条件付”となった。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

今後の見通し

以上のような状況を踏まえて、2020年の実質成長率は前年比2.4%増と予想している。

世界で最初に新型コロナの爆発的感染に見舞われた中国では都市封鎖など厳しい新型コロナ対策を講じ、経済活動がほぼ全面的に停止したため、1-3月期の実質成長率は前年比6.8%減と大幅なマイナスとなった。他方、前述のとおりここもと新型コロナの感染が収束してきたため、経済活動を正常化するプロセスが始まったものの、爆発的感染が再発するのを恐れた中国政府は、消毒などの防疫措置を維持しつつ、通行証明書となる”健康コード”を活用した健康管理手法を導入し、社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)を保ったままヒトの動きを回復させる“非接触型”の出口戦略を採用しているため、経済活動の正常化は直ぐには達成できそうになく、4-6月期の実質成長率は前年比ゼロ近辺の低位に留まると見られる。

しかし、中国では5月下旬にも(遅くとも6月には)、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の開催が見込まれる。今回の全人代(1)では、新型コロナとの戦いが長期化してソーシャル・ディスタンシングが常態化するとの前提の下、“アフター社会変容”の経済発展を支える“新型インフラ”が焦点となる。3月5日に開催された中国共産党中央政治局常務委員会で、その方向性が既に示されているからだ。“新型インフラ”を核とした大型景気対策で、20年下半期のV字回復が見通せる状況になるのか、全人代で打ち出される“新型インフラ”の具体的内容が注目される。

但し、新型コロナの爆発的感染が再発する“第2波”の可能性も排除しきれない。その場合、経済活動を正常化するプロセスは途中で頓挫し、20年はマイナス成長に陥るだろう。なお、およそ百年前のスペイン風邪では、世界的流行の大波が3波も押し寄せたため、終息に約3年を要した。

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(1)今回の全人代ではビデオ会議が導入されるとの観測もでている

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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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