2012年以降、8年連続で増加件数をたどり活況であった日本のM&Aマーケットが、コロナウイルス感染拡大による景気悪化の影響を受け、先行き不透明といった状況に陥っている。経験したことのない景気不安に襲われ、国内外経済に不安要素が飛び交う中、企業の成長のカギを握るM&Aの市場はどのように変わっていくのかを追う。

すでに交渉の中止や延期が相次いでいる

ゼロックス・HP
(画像=Ascannio/Shutterstock.com)

国内では緊急事態宣言、海外では都市封鎖 (ロックダウン) などの厳しい措置が取られ、経済活動が制限される中、すでに国内外で予定されていたM&Aディールの中止や延期が相次いでいる。

例えば、事務機器、プリンター業界の生き残りと再編をかけた大型TOBで世間を騒がせた、米事務機器大手ゼロックス社による米ヒューレット・パッカード社の敵対的買収が予定されていた。成立すれば約350億ドルとも言われた大型TOB案件が、コロナウイルス感染拡大による株価急落を受け、事前に決めた条件での買収が困難になったとして、3月31日付で撤回を発表した。

また国内でも、基礎化学品・機能性化学品メーカー大手の日本触媒と三洋化成との経営統合が2020年10月に予定されていたが、現状の石油マーケットの急落や金融経済動向の見通しが極めて困難になったとの理由から、4月13日付で統合計画の延期を発表した。

このような大規模M&Aの中止・延期の他にも、M&Aの現場では、面会や出張が禁止されたことでM&Aの条件交渉が一時的に不可能となったり、スケジュールが延期されたりする案件が多数出てきているなど、今後のM&A件数の減少はほぼ確実視されている。

リーマンショックでは、発生後3年以降M&Aの件数が減少した

今後のM&A市場の動向を探るにあたって参考となりうるデータは、2008年のリーマンショック時における動向だ。

リーマンショック時における動向
(画像=THE OWNER編集部)

日本のM&A件数は、2006年に過去最高の件数を記録して以降減少が続き、2007年のサブプライムローン問題顕在化から2008年のリーマンショックを経て、2011年に至るまでに約40%もその件数が縮小している。その2011年に1,687件という最低記録を出した翌年の2012年には反転して件数増加となった。

つまり、当時経験したことのない未曽有の景気悪化に襲われた企業が、経営戦略や財務戦略の見直しを迫られ、目先の資金繰り優先で生き残り策に追われる中で、ようやく中期的な戦略に目を届かせ、再スタートを切るまでに3年ほどの時間を要したと言うことになる。

これを踏まえれば、コロナウイルスの影響がいつまで続くかが不透明であるものの、感染拡大が長引けば、企業のM&A意欲が戻るまでに数年単位の時間を必要とすることは、悲観シナリオとして見ておかねばならないだろう。

買収側企業が考えている事とは

企業が短期的な財務戦略への集中を強いられる中、M&Aにおいて買収側 (買い手側) となる企業はどのような考えを持っているのか。大きく、3つの施策が想定される。

まずは、「買収中止」の選択だ。冒頭で述べたゼロックス社のように、株価の急落により想定した条件でのディール実行が事実上困難となったり、買い手側の事業収益のひっ迫でM&A資金を準備できなくなったりした場合などは、当初見通していた案件を中止せざるを得ない。

また、ディール自体を中止にはしないものの、スケジュールの延期や価格条件の変更など、リスクヘッジしたM&Aを遂行する企業もあるだろう。例えば、「アフターコロナ」を想定し状況の落ち着くまで交渉を保留としたり、当初の想定よりも減額して買収を行ったりするなど、買い手側の財務状況を見ながらリスクをなるべく抑えた上での投資判断を睨む企業も出てくる。

このようにリスクを抑えた慎重な姿勢を見せるのとは逆に、「今が買い時だ」と見る買い手企業も、一定数存在している。米株式市場では2度3度に渡りサーキット・ブレーカーが発動し、株価の暴落を目の当たりにしたのを受けて、これを「株価が割安になった」と見て、ここぞとばかりに買収を仕掛ける企業が現れているのだ。完全買収とはいかなくとも、保有株の割り増しなどを積極的に進める企業は多く存在している。

このような企業は平常時から投資、買収のための資金を蓄え、マーケットの落ち目を狙って安値買いを狙う、戦略的なバイヤーと言えるだろう。

売却側企業が考えている事とは

では、M&Aにおいて売却側 (売り手側) となる企業はどのように考えるのか。国内では、外出自粛要請や緊急事態宣言による需要悪化と景気不安から、特に飲食や小売、ホテル、観光といった産業において、目下の資金ショートの問題が深刻さを増している。

こうした資金繰り問題を乗り切るべく、政府からの資金支援や銀行からの追加融資などの他に、M&Aによって大手企業の傘下に入り、資金繰りの解消と同時に事業継続を図るという選択肢もある。突然の収益減により事業継続が困難となった経営者が、会社売却によってその解決を図ろうとする事例も現に出てきているのだ。

このような場合、単に資金繰りの問題を解消できるだけでなく、従業員の雇用を守ることやその後の事業継続、さらに、買収側のリソースを活用した中長期的な事業成長に取り組むことができるなど、メリットも多い。

今後は質の絞られたM&Aに限定されるかも

以上を加味すれば、コロナウイルス感染の影響が当面続くと想定される現状において、M&Aの動向には次の3つのような特徴が現れてくると考えられる。

リスクヘッジを想定したM&Aの増加

コロナウイルスの終息後も、未曽有のリスクにいつ襲われるか分からないという今回の教訓を踏まえた経営者が、リスクの高い投資を控えるようになる可能性がある。シナジーが確実に見込め、確実な収益基盤があり、買収後に投資回収が想定通りに見込める案件にだけ、M&Aを実行するという、リスクヘッジ型のM&Aがトレンドになる。

M&Aの時期を見極める買い手側企業の増加

今回のようにマーケットが低迷する機会までじっと投資資金を蓄え、安値となった段階で一気にM&A攻勢を仕掛けるという、買収するべき時期を見極めた巧みな買い手企業が増える可能性も高い。大胆な意思決定を抑え、価格と時期を慎重に見極め、なるべく安く買収しようとする企業が増えるということは、さらに言えば、売り手側企業にとっては売却を実現しにくい不利な立ち位置になるとも言える。

M&A業界全体の構造転換が生じる

予測不可能な業績悪化や経営困難な状況が継続すればするほど、それまで潤沢な資金を持ち積極的に買収を展開してきた買い手企業が、突如として自社の事業売却や会社売却を検討するなど、これまでの買い手が売り手側に回るという現象も想定出来る。

逆に、これまで事業整理等の理由で事業の売却を進めてきた企業が、マーケットの落ち込みを受けて安い株価で買収に走るという、これまでの売り手が買い手側に回るという逆の現象も起こるかもしれない。

このように、M&Aのプレーヤーが逆転するといった構造転換が、今後は加速すると思われる。

アフターコロナを見据え、M&Aマーケットは再び成長する

M&Aの件数自体は、一時的に減少することは確実だ。コロナウイルスの感染拡大状況によっては、マーケットが数年単位で停滞してしまうことも想定される。しかし、こうした状況だからこそ、企業の事業構造や財務内容に大きな変化を与える起爆剤となるM&Aは、引き続き企業にとっての重点戦略に置かれることは間違いない。

足元では、経営者はすでに感染終息後の世界、いわゆる「アフターコロナ」を見据え、次の経営施策に手を打ち始めているという話しも耳にする。アフターコロナの景気回復の兆しが見えた時期に差し掛かれば、戦略を固めた経営者が一斉に動き出し、M&Aマーケットが大きく加速する事に期待したい。(提供:THE OWNER

文・森 琢麻(M&Aコンサルタント・MBA)