マスに向けた言葉は誰にも刺さらない
だが残念なことに、「内なる言葉」を意識し、自分の意見として発信できる人は多くない。
「僕が皆さんに伝えたいのは、『もっと自分の意見を大事にしていい』ということ。
今の日本には、空気を読むとか、忖度するといった価値観がある。多くの人がそれに飲まれ、自分の意見を主張するより、周囲に合わせたほうが損をしないと考えています。
でも、それはもったいない。自分の意見を大事にできるのは自分しかいないんですから。
誰もが自分の中に憤りや痛みやつらさを抱えています。それをきちんと昇華し、納得したうえで素直に話せるようになれば、それを聞いて、『私もそう思う!』と納得してくれる仲間とつながることができます。
その仲間の数は決して多くないはずです。でも、それでいい。むしろ僕は、誰もが納得するものには価値がないと考えています」
日本中の人たちに届くキャッチコピーを生み出した人物の言葉としては意外だ。だが梅田氏は、「マスに向けた言葉は誰にも刺さらない」と話す。
「だから僕はいつも自分の身近な人に向けてコピーを書きます。
ジョージアの『世界は誰かの仕事でできている。』も、自分の周りで働く人はどんな言葉を受け取ったら勇気や元気をもらえるかを考えて生まれました。
今は『マイノリティがマジョリティになった』とも言われる時代です。つまり、誰もが弱者的要素を持っている。
昔の弱者的要素は、お金がないとか仕事がないといった目に見えるものでしたが、今はもっと内面的なものになっています。人から笑われて自信を失った経験があるとか、負い目に感じていることがあるとか、わかりやすく言えばコンプレックスを皆が持っています。
皆の自己肯定感が低い時代には、マスに伝えようとするより、誰か一人の背中をどうやって押してあげるかを考えたほうがいい。すると結果的に、全員の背中を押した状態を作れる。ジョージアのコピーは、まさにそれがうまくいった事例です」
キーパーソンを決めてその一人にわかってもらう
一人のために自分の思いを伝えること。それはチーム運営でも効果を発揮するという。
「『あなたにわかってほしい』と思う力は絶大です。多数ではなく、一人の顔を思い浮かべるから、『わかってほしい』『納得してほしい』というパワーが生じます。
『部下が自分の言うことをわかってくれない』と思っている上司は、諦めているんです。これって、他責なんですよ。『自分が努力する範疇を超えているから、もういいや』と匙を投げてしまっているわけですから。
でも、先ほど話したように、自分が本当に伝えたいことの解像度を上げることと、『あなたにさえわかってもらえれば』という想いを持つことの二つを実践するだけで、コミュニケーションの密度は確実に高まります。
僕はいつも『この人に伝えたら、相手は自分なりに内容を咀嚼して、チームの皆と共有してくれるだろう』というキーパーソンを決めます。その一人に対してきちんと言葉を紡げば、渡したバトンが他の人たちに回っていく。そんなハブになる一人を見つけると、チームのコミュニケーションはうまくいきます。
もちろんメンバー全員に理解してほしいという気持ちは大事ですが、実際のコミュニケーションでは『まずはキーパーソンが理解してくれればいい』と頭を切り替えたほうが、組織を運営しやすいと思います」