全人代と財政金融政策
●全人代と財政政策
中国では新型コロナ禍で延期されていた第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)第3回会議が5月22日~28日に開催された。その冒頭で李克強総理は政府活動報告を行い、新型コロナ禍で「不確実性が非常に高い」ことを理由に経済成長率の年間目標の提示は見送ったが、下記のような目標を掲げて20年の経済運営に取り組むこととなった。具体的には「◇今年は雇用の安定・民生の保障に優先的に取り組み、貧困脱却堅塁攻略戦に断固勝利し、小康社会の全面的完成の目標・任務の達成に努める。◇都市部新規就業者数は900 万人以上とし、都市部調査失業率は6%前後とし、都市部登録失業率は5.5%前後とする。◇消費者物価の上昇率は3.5%前後とする。◇輸出入の安定促進・質的向上をはかり、国際収支を基本的に均衡させる。◇住民所得の伸び率を経済成長率とほぼ同じにする。◇現行の基準で農村貧困人口に当たる人々をすべて貧困から脱却させ、貧困県に当たる県からもれなく貧困という呼び名を取り去る。◇重大な金融リスクを効果的に防止・抑制する。◇ GDP1 単位当たりのエネルギー消費量と主要汚染物質の排出量を引き続き削減し、第13次5 ヵ年計画期の目標・任務の完遂に努める」である。
また、財政政策に関しては、「積極的な財政政策はより積極的かつ効果的なものにする必要がある。今年の財政赤字の対GDP 比は3.6%以上とし、財政赤字の規模は前年度比1兆元増とするほか、感染症対策特別国債を1 兆元発行する」としたのに加えて、「今年は地方特別債を昨年より1 兆6000 億元増やして3 兆7500 億元」とするとし、20年の財政出動は19年より3兆6千億元(日本円換算で約54兆円)拡大することになる。
●金融政策
他方、金融政策に関しては、「穏健な金融政策はより柔軟かつ適度なものにする必要がある。預金準備率と金利の引き下げ、再貸付などの手段を総合的に活用し、通貨供給量(M2)・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が前年度の水準を明らかに上回るよう促す」とした。
新型コロナ禍に際して中国人民銀行(中央銀行)は、旧正月(春節)連休明けの2月初めに1.7兆元(日本円換算で26兆円)の大量資金供給に踏み切ったのに加えて、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた1月31日には防疫物資の生産・輸送・販売を担う企業を金融支援し、新型コロナ禍が峠を越えた2月26日には企業の業務・生産再開に対する金融支援を始めるという手順を踏んだ。また、3月1日には資金繰りに窮した中小零細企業を救済するため、6月30日までに期限がくる元本償還・利払いを一時的に延期する“疫情融資”と呼ばれるモラトリアム措置を発動した。そして、4月の通貨供給量(M2)は前年比11.1%増まで伸びを高め、社会融資総量残高も同12.0%増まで伸びを高めることとなった(図表-13)。
今後の見通し
●メインシナリオ
以上のような状況を踏まえて、20年の実質成長率は前年比2.4%増、21年は同5.0%増と予想している(図表-14)。中国では新型コロナ禍が収束してきたため、経済活動の正常化プロセスが始まっている。新型コロナ禍の“第2波”を恐れる中国政府は、消毒などの防疫措置を維持しつつ、通行証明書となる”健康コード”を活用した健康管理手法を導入し、社会的距離(ソーシャル・ディスタンシング)を保ったまま経済活動を回復させる、“非接触型”の極めて慎重な出口戦略を採用しているため、景気回復の勢いは緩やかなものとなりそうである。しかし、その出口戦略で新型コロナ禍の“第2波”を小振りに抑え込むことができれば、4-6月期にはBeforeコロナ(19年10-12月期)を僅かに下回る水準まで回復し、20年下半期にはそれを上回るV字回復になると予想している(図表-15)。前述のとおり今回の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では、20年の財政支出を19年より3兆6千億元(日本円換算で約54兆円)上乗せすることを決定し、Withコロナ時代の経済発展を支える“新型インフラ”建設がその後の中国経済を牽引すると見ているからだ。また、経済を立て直した後には、財政赤字を減らし、“疫情融資”で緩んだ金融紀律を引き締め、モラトリアムで蓄積した不良債権を処理するステップが待っているため、21年以降の中国ではBeforeコロナのように6%台の経済成長をするのは困難であり、5%前後の安定成長になると予想している。
一方、インフレに関しては、アフリカ豚熱(ASF)の影響で食品価格は上昇するものの、新型コロナ禍の影響で原油価格が下落しているため、消費者物価は小幅な上昇に留まると予想している。特に、食品・エネルギーを除くコア部分に関しては低位で安定すると予想している。
●今回のメインシナリオは生起確率が低い!
但し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は未だ正体不明な点が多いことから、“第1波”を超える大波が襲来する可能性が排除し切れず、現時点でのメインシナリオの生起確率はお世辞にも高いとは言えない。今後しだいに判明してくる新型コロナウイルスの正体や、ここもと人類の英知を結集して取り組んでいるワクチンや治療薬の開発状況を見ながら、機動的に調整していきたい。
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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員
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