新型コロナウイルスの流行による企業の売上の低下や倒産リスクの上昇によって、米国の社債市場に混乱が生じている。米国の投資適格社債と低格付社債の国債との利回りのスプレッドは、投資適格社債が355bp、低格付社債が1,020bpにまで一時急上昇している(図表1)。

FRB社債購入
(画像=PIXTA)

このような状況を受けて、3月23日、米国連邦準備制度理事会(FRB)は企業の資金繰り支援などのために社債購入プログラムを発表した。FRBは社債購入プログラム「セカンダリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(SMCCF)」及び「プライマリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)」で、7,500億米ドル(約80兆円)もの社債購入枠を設定し、投資適格社債などの購入を開始した。これにより、投資適格社債のスプレッドは低下し、5月末時点では158bpとなった。その一方で、低格付社債については、一部を除いてあまり購入は行われていない(1)。これにより、低格付社債のスプレッドは多少は下がったものの高止まりし、5月末時点で608bpとなっている。新型コロナウイルスの流行以前と比べて、投資適格社債と低格付社債との利回りの格差が拡大している。

------------------------
(1)FRBは3月22日時点で投資適格だったが、その後格下げされたBB-格以上の社債を購入対象に含めている。

FRB社債購入
(画像=ニッセイ基礎研究所)

こうした投資適格社債のスプレッド低下は、FRBの社債購入によって、社債による企業の資金調達が進んだことが背景となっている。2020年5月の米国での社債発行額は4,542億米ドルと前年同月の2.0倍にまで増加した(図表2)。この中で、BBB格の社債の発行額が2,261億米ドルと、全体の49%と大きな割合を占めている。機関投資家は、投資対象を投資適格債券に制限する場合が多い。一方で、発行体である企業は、投資適格社債の中で最も格付の低いBBB格でも、投資適格に含まれるため、比較的低い金利水準で資金調達を行える。このことから、企業は自社の社債の格付がBBB格以上に留まれる範囲で、より多くの社債を発行する傾向がある。FRBの投資適格社債を対象とした購入は、こうした社債市場のゆがみを拡大した可能性がある。

その一方で、5月の低格付債の発行額は648億米ドル、社債発行額全体に占める割合は14%と少ない。投資適格社債の発行が増加する一方で、低格付社債の発行は低水準に留まっている。低格付社債はクレジットスプレッドの拡大により、依然として資金調達が厳しい環境が続いていると言えそうだ。

このように低格付社債の資金調達が困難な中で、低格付社債の中でも特に信用リスクが高く破綻に近いとみなされるディストレスト債券が増加している。図表3は国債との利回りスプレッドが1,000bp 以上のディストレスト債券の数の推移を示している。これを見ると、2019年はディストレスト債券の数は250前後と低い水準で推移していたが、2020年3月には1,471に大幅に増加していることが分かる。2019年以前の数年間は、ディストレスト債券への投資機会は限られていたが、足元では投資機会が増加した。これにより、ディストレスト債券への投資を行うファンドが増加する可能性があるだろう。

FRB社債購入
(画像=ニッセイ基礎研究所)

このように、FRBの社債購入は企業の資金繰りを支援し、金融市場の安定化に寄与した。一方で、これはBBB格社債の発行増加といった社債市場のゆがみを拡大することとなった。こうした市場への介入の拡大は市場の価格調整機能を損なう恐れがある。このような副作用がありながらも、金融緩和を求める政治的圧力などもあり、その縮小は容易ではない。また、金融緩和の縮小は金融市場の混乱を引き起こすリスクを伴う。過去、2013年のFRBによる量的緩和の縮小の示唆(テーパー・タントラム)は市場に混乱を引き起こすこととなった。今回開始した社債購入についても、FRBは今後難しい舵取りを迫られるかもしれない。FRBと米国社債市場の今後の動向に注目したい。

原田哲志(はらだ さとし)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
株式市場が急落する中で収益を獲得した投資戦略-2020年1-3月期の各種ヘッジファンド戦略のパフォーマンス
金融緩和政策の社債スプレッドに対する影響
米国経済の見通し-5月に底打ちした可能性も、ソーシャル・ディスタンシングの確保などで回復は緩やか
「マイナス金利導入」の為替への影響 ~金融市場の動き(2月号)
金融政策の10年国債金利への影響を振り返る-金融政策による金利の押し下げ効果の測定