2020年5月7日配信記事より
企業が経営力を高めるひとつの手段としては、株式上場という方法が広く知られています。上場して株式公開することにより、企業の資金調達力がアップし、経営体質の強化を図ることができます。もちろん企業の知名度が向上するという利点もあります。
しかし中には上場承認後に、上場の取り消しをする企業もあります。大きなチャンスを目の前にして、何故上場できない状況に追い込まれてしまうのでしょうか?
ここからは最近の事例をもとに、上場承認の取り消しが行われる理由について分析してみましょう。
近年の株式上場の傾向
過去の株式上場は、一定以上の規模で安定した実績のある企業が、東京証券取引所(東証)の一部・二部で株式を公開するケースがほとんどでした。しかし近年マザーズやジャスダックといった、新興企業向けの市場が創設されたことにより、より多くの企業が上場のチャンスを得られるようになりました。
また資金調達法のひとつとして、IPO(Initial Public Offering:新規公開株)の利用が増えたことも、株式上場の機会が増える要因になっています。
株式上場の審査基準
企業にとって上場の基準が緩和されたとはいえ、東証で上場するためには厳格な審査基準を満たす必要があります。
例えばマザーズでは上場時の株主数が200人以上、株式の時価総額が10億円以上が必須条件となり、そのほかにも多くの基準が設けられています。
それらの基準を満たした上で、企業の経営状況・ガバナンス・事業計画などが厳しく審査され、合格すれば上場が承認されるのです。
株式上場が取り消されるケース
株式上場が承認された後で、実際に上場が行われないケースとしては、まず当該企業が自ら上場を取りやめる「上場承認取り消し(中止)」があります。
もうひとつ、すでに上場した企業に対して、東証側から承認を解除する「上場廃止」がありますが、ここから先は「上場承認取り消し」について解説します。
上場承認から上場までの流れ
近年はIPOによる上場のケースが増え、2020年3月20日現在で、年初から4月中までに予定されているIPOは37件に上ります。
IPOとは、まだ上場していない企業の株式を株式市場で売買可能にする制度で、事前に証券会社の審査による保証を受けてから、証券取引所に審査の申し込みを行い、審査に合格すれば上場が承認されます。承認後はスケジュールを決めて株式購入の申し込みが行われ、購入者が決まり株式が配られた時点で上場が決定します。通常ここまでの流れに約1カ月ほどかかります。
上場の方法にはほかにも「直接上場」と「経由上場」があります。
上場承認取り消しの実情と理由
IPOの増加にともなって、近年は上場承認後にIPOの中止や延期によって、上場承認が取り消されるケースが増えています。
実際2020年3月にIPOにより上場した企業17社に対して、同じく3月にIPOを見送って上場承認取り消しとなった企業は6社あります。この取り消し件数は2000年以降では、月ベースで最多の水準であり、新型コロナウィルスによる景気後退が大きく影響していると考えられます。
一例として上場の取り消しを行った企業による、経緯報告書を確認してみると、その理由は「(自社の)内部管理体制に関連して確認すべき事項が発見され~上場申請の取下げを決議いたしました~」と書かれています。
「募集株式発行及び自己株式処分並びに株式売出し等の中止に関する取締役会決議のお知らせ」2018.6.8 株式会社パデコ
かなり具体性が欠如した表現ですが、実情を考えると市場の変化によって、当初予想していた上場の審査基準を満たせなくなった可能性があります。例えばマザーズの審査基準によると、上場時に株式の時価総額が10億円以上という要件がありますが、市場全体が景気後退の流れに移行した場合、その見込みが立たなくなって上場の取り消しに至るケースが考えられます。
上場の取り消し事例にはIPO以外の事例もありますが、IPOを利用した上場に関するケースが非常に多いのは事実です。これはIPOの仕組みが内包する、根本的な性質なのかもしれません。IPOとはまだ上場前の株式に対して株主を募集する仕組みのため、上場承認時に見込まれていた株式の時価総額が、その後の市場変化によって大幅に下落することも考えられます。
その結果本来は審査基準を満たせるはずだった計画が、見直しを迫られることになり、最終的には計画そのものをあきらめ、上場を取り消しに至るという流れです。
いずれにせよ上場承認後に取り消しをした企業は、その理由については明確に公表していません。ただし推測する範囲では、やはり承認後の市場変化により、上場の基準を満たせなくなったことが、最大の要因なのではないでしょうか。
取り消し後の再上場は可能なのか?
では一度上場承認を取り消した場合、そこから企業が再起を図ることは難しいのでしょうか。
その一例としてインターネット・オークションを手掛ける企業、「オークネット」の事例を見てみましょう。オークネットは2016年8月26日に東証一部上場が承認されましたが、その後9月9日に取り消しを行いました。しかし翌2017年に再度上場の申請を行い、3月29日に晴れて上場を果たしています。
ただしこの場合、市場でのイメージ低下は免れません。再度IPOを行った場合に公募割れの危険性が高まるのみならず、新規公開株の初値が予想を大幅に下回る可能性もあります。それでも上場承認の取り消しを行った後の再上場は可能であり、企業にとっては再起を図るチャンスはあると言えるでしょう。
まとめ
企業にとって上場とは、自社の可能性を広げて経営拡大を目指すための大きなチャンスです。以前は上場の条件として、企業そのものの実績や経営状況が厳しく審査されましたが、現在はIPOの導入など新興企業にも広く門戸が開かれるようになりました。その結果として上場承認後に、取り消しを行うケースが増えた感は否めません。
ひとつの指標としては、取り消しの実情と市場景気との間には、非常に密接な関係があると考えて良いかもしれません。企業経営・市場取引に興味がある皆さんには、常に市場の動向をチェックしておくことをおすすめします。