シンカー:グローバルな経済の大きな潮流を読んでみたい。10年単位のシナリオライティングである。これまでのグローバルなデフレ懸念から新型コロナウィルス後のインフレトレンドへの転換を含め、グローバルなマクロシナリオと日本経済に対する考え方を11回にわたって解説する。①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム(8月18日)、②インフレ復活への序章(8月20日)、③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換(8月24日)、④コロナショック後の景気の形(8月26日)、⑤アベノミクス2.0(8月27日)、⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r(9月3日)、⑦米中の覇権争いがもたらすもの(9月4日、その後改定)、⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化(9月15日)、⑨生産性がほぼすべて(10月7日)、⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ(10月8日)、⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ(10月9日)。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム

2007・8年のグローバルな金融危機後の景気の持ち直しの2009年を経て、2010年からの6年間はグローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であった。2010年のG20で、リーマンショック後の財政拡大の反動で、財政再建と金融緩和の強化の方向性で合意したのが転換点であったと考えられる。グローバルな強い金融緩和は、金利水準を低下させ、新興国の投資を活性化し、グローバルな景気回復が一時的に支えられた。

しかし、財政緊縮が先進国の需要の回復を鈍化させたことが、先進国の需要に依存する新興国の供給能力を過多にし、行き過ぎた投資の反動とそのストック調整がグローバルな景気・マーケットの不安定化につながってしまった。供給余力のある新興国が需要の停滞する先進国に輸出攻勢をかけていけば、先進国では企業の過剰競争が起き、物価は停滞してしまった。金利低下による資本の活発な動きに対して、需要停滞により賃金と雇用の回復は遅れ、質は悪化し、財政政策による所得の再配分と社会保障の拡充は弱く、セーフティーネットは削減され、貧富の格差や中間層の没落が、ポピュリズムの蔓延につながった。景気回復が十分ではないにもかかわらず拙速に財政再建を進めてしまったことにより、各国の現政権への不満が大きくなってしまったからだ。

理論的には、グローバルな競争の激化などで物価の低迷が引き起こされたように見えるが、それは相対物価の話であり、財政をしっかり拡大して需要対策と格差是正に取り組んでいれば、一般物価水準の低迷やポピュリズムの蔓延は起こらなかったはずだ。中央銀行の大規模な金融緩和の効果が小さく見えたのは、財政緊縮などによりネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の合計)が弱く、マネタイズするものが存在せず、マネーや貨幣経済の拡大を促進できなかったのが理由であると考えられる。デレバレッジやリストラなどで企業貯蓄率が高止まっている間は財政拡大で十分なネットの資金需要を生み出す必要があったが、「デフレは貨幣的な現象であり、財政政策はマンデル・フレミング効果(金利上昇と為替高による下押し)があり無効で、金融政策のみで需給不足を解消できる」という旧来の経済学の考え方が足かせになったようだ。

図)米国ネットの資金需要

米国ネットの資金需要
(画像=FRB、 SG)

図)日本ネットの資金需要

日本ネットの資金需要
(画像=日銀、内閣府、 SG)

②インフレ復活への序章

金融政策への過度な依存への反動で、景気回復の促進と格差是正のため、財政拡大を含めた政策を総動員することで合意した2016年のG20、そしてその流れを加速したG7は新たな転換点だったと考えられる。金融政策・財政政策・構造改革をG7版の三本の矢としてバランスよく用いることを確認し、財政再建が主眼であったこれまでの方針から転換した。ポピュリズムの蔓延に対する警戒感も、政策転換を後押ししたとみられる。2010年からは緊縮財政などによるグローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であったが、2016年からは財政政策が緩和気味になり、グローバルな需要回復とインフレ復活が特徴になってきた。2017年からグローバルな景気回復が強くなってきたことに、既にその動きが現れてきた。

この間に、グローバルに金融緩和政策の緩やかな正常化の動きが続いてきた。しかし、これまでの景気回復力が弱かった局面で束縛となっていたのは不十分な金融緩和政策ではなく、財政政策と企業活動を含めたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)の弱さであったため、金融緩和政策の正常化が進行しても、財政政策と企業活動が強くなり、景気回復力は弱くならないばかりか、逆に強くなってきた。ポピュリズムによる政情不安が財政拡大を過多にしたり、金融緩和政策の正常化が遅れれば、グローバルにインフレ方向への変化がみられるだろう。

企業の資金需要の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が大きくなれば、正常化は進行しても中立的な水準より緩和気味な金融政策の効果は強くなり、物価上昇を促進していくことになる。先進国では、これまでの需要停滞による企業の支出抑制姿勢が、生産性の停滞につながっていた可能性があり、需要拡大後のインフレの進行は予想より早くなるリスクもある。新興国ではバブル的な資本の短期的拡大、そしてストック調整があったが、資本の質の向上(深化)は遅れているとみられ、生産性の向上が弱ければ、インフレリスクは大きくなる。更に、グローバルな貿易の拡大が、貧富の格差などの社会的な歪みの原因とされ、各国の自国優先の貿易紛争が生産性低下やコスト増加として、インフレリスクを追加的に大きくしてしまうかもしれない。

一方、緊縮財政に戻れば、景気回復力を削ぎ、ポピュリズムが更に蔓延し、経済問題は、社会問題や地政学問題というより深刻なものにつながるリスクが生まれる。もともと、金融緩和の強化と財政緩和のコンビネーションで、貧富の格差や中間層の没落を食い止めながらの政策運営がなされていれば、グローバルな景気の停滞とポピュリズムの蔓延という不安定な状態に陥ることはなかったかもしれない。インフレかポピュリズムの蔓延かという、好ましくない二者択一になることもなかったであろう。

このような背景で、グローバルな物価のトレンドは、デフレからインフレに転換した。最近までの物価の停滞はまだ過去のトレンドが残っていたからで、その停滞は一時的であったと考えられる。新興国のインフレとそれにともなう金利上昇、そして資本逃避と通貨安が大きな問題となれば、グローバルな景気・マーケットの新たな不安定要因となるリスクがあることには注意が必要だ。インフレの復活は、国際商品市況を活性化させ、それがインフレに跳ね返るという形も警戒する必要がある。

③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換

コロナショック後の物価の動きを予想するには、短期的な変動ではなく、需要と供給のトレンドの違いを見極めなければいけないだろう。目先は、新型コロナウィルスに対する警戒感が残り、政府も自粛の呼びかけを続けているため、経済活動が抑制され、サービスを中心に需要の戻りは緩やかだろう。東日本大震災のように生産設備に大きな物理的ダメージがあったわけではなく、物流は維持されている。供給対比で需要が弱いため、物価には下押し圧力がかり、物価下落による実質所得の増加が需要を支える形となるだろう。物価が落ちて、供給対比で極めて弱い需要の下支えになるのは正常な動きである。

新型コロナウィルス問題の終息後の展開は逆となるだろう。需要は通常の生活を取り戻す中で、雇用・所得が維持されていることにも支えられ、しっかり回復していくとみられる。グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行する可能性がある。更に、危機管理の在庫手当ても含め、安定した供給体制に対するプレミアムが上昇するだろう。ソーシャルディスタンシングへの意識も、サービス業を中心に供給を制約することになるだろう。企業は販売数やシェアより利益率を重要視するようになり、一時的な需要の弱さによる値下げに踏み切るハードルを上げ、価格弾力性を考慮した価格戦略が広がるとみられる。需要の回復とともに、供給対比での需要の強さが生まれ、物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。

企業の過剰貯蓄が問題になる中で、財政政策が緊縮であったことが、総需要を破壊する過剰貯蓄を解消できず、これまでのデフレの一つの大きな理由であったと考えられる。現在は、ポピュリズムに対処する上に、新型コロナウィルス対策もあり、グローバルに財政政策は緊縮から拡大に転じた。企業の過剰貯蓄を十分にオフセットする財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなる可能性がある。国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)がコロナ前は消滅していたが、財政拡大で復活し、それをマネタイズする金融政策の効果も大きくなるだろう。ネットの資金需要の有無で判断すれば、コロナ前後でポリシーミックスの強弱は全く違う。財政政策が緊縮から拡大に転じていることは、これまでのデフレトレンドからインフレトレンドへの変化を促すだろう。

グローバルにみても、新型コロナウィルス問題に対処するため、各国は巨額の財政拡大に踏み切った。財政収支の赤字幅は大きく膨らむことになる。米国では、財政赤字の拡大に対して、家計と企業の貯蓄率の上昇が小さければ、国際経常収支の赤字幅は膨らむことになる。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨の体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。ユーロ圏では、他圏から需要を奪う形で急速に拡大してきた国際経常収支の黒字額が縮小に転じる可能性がある。一方、日本では、家計への資金の流れの目詰まりが解消され、内需拡大の可能性がある。これらのマネーが拡大する要因は、資産価格の上昇、そしてこれまでのグローバルなデフレがインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。

図)米国国際経常収支

米国国際経常収支
(画像=FRB、 SG)

④コロナショック後の景気の形

米中貿易紛争や消費税率引き上げ、頻発する自然災害、そして新型コロナウィルスによる経済活動の停止などの不確実性が大きくなってきたことが、企業活動を弱体化させ、投資意欲も削いできてしまっているようだ。企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の強弱が、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。新型コロナウィルスの問題などによる企業心理の悪化で、企業貯蓄率は上昇しているとみられ、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が景気後退とデフレ再燃につながるリスクになっている。

これまで、深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するため、新商品・サービスの提供でトップライン(売上高)を増加させる必要性があり、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動が刺激され始めてきていた。AI、IoT、AI、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などが活性化してきていた。実質設備投資の実質GDP比率(設備投資サイクル)は、バブル崩壊後になかなか打ち破れなかった16%の天井を上回ってきていた。設備投資サイクルが16%という低い天井の下に押し込められていたのは、企業の期待成長率と期待インフレ率が低いことを示し、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。先行する設備投資サイクルが天井を打ち破っていけば、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けて低下していくことができるようになる。企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。

米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまっているようだ。企業貯蓄率の上昇が継続すれば、総需要を破壊する力がまた大きくなり、日本経済は景気後退とデフレの闇に陥ることになる。政府・日銀の政策で信用サイクルの堅調さが維持できれば、企業のデレバレッジとリストラは再発せず、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気は底を這うL字型を回避して回復力が生まれる。

景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、設備投資サイクルの上昇が牽引役として必要になる。確かに設備投資は弱くなったように見える。しかしGDPも大きく下押されている。設備投資がGDPをアウトパフォームしていさえすれば、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることになる。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関からの資金調達に対する警戒感も大きくなく信用サイクルは堅調さを維持できるとみらる中、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かうなかで、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。

図)設備投資サイクル

設備投資サイクル
(画像=日銀、内閣府、 SG)

⑤アベノミクス2.0

アベノミクス後の景気拡大の進展にともない財政収支の赤字幅が大きく縮小してきた。不確実性が大きくなり民間の経済活動がまだ抑制される中で、政府は財政収支の劇的な改善を進めてしまっているようだ。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少で、マイナス(赤字)である財政収支で相殺しきれず(財政赤字を過度に懸念する政策)、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要(マイナスが強い)が消滅してしまっている。

ネットの資金需要の消滅は、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていることを意味する。マネーが拡大するリフレサイクルがまだ稼動していないばかりか、弱くなり、マネーが縮小する力が大きくなってしまっている。企業の投資活動(企業貯蓄率の低下)がまだ十分に強くない中で、経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクス1.0のデフレ完全脱却への力が喪失してしまったと考えられる。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。マネタイズするネットの資金需要がなければ、金融緩和の効果は限定的になってしまう。

新型コロナウィルスの問題を抱え、企業の投資意欲はしばらく弱くなり、資金を使う力が衰えるだろう。このような時は、財政拡大により、ネットの資金需要を復活させ、マネーの拡大と民間の所得を生む力を強くする必要がある。家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が消滅してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっており、国民が景気拡大を実感できない原因となっている。ネットの資金需要を復活させることは金融緩和効果も強くし、マネーが拡大する力も強くする。資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大し、家計に回ってくる所得を大きくするために、ネットの資金需要は十分な額が必要である。

政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、企業部門の弱さをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。財政拡大があっても、防御的になった企業の貯蓄行動が上回り、デフレ圧力がかかることを懸念する論調がある。財政収支と企業貯蓄率の合計であるネットの資金需要が拡大するのか、縮小するのかが分かれ目だ。重要なのは企業の投資行動である。政府・日銀の積極的な流動性対策などにより、日銀短観中小企業貸出態度DIは改善し、企業の過度の警戒感によるリストラとデレバレッジの止めどない拡大は避けられそうだ。信用サイクルは堅調で、景気のL字型は回避され、雇用環境が持ちこたえる中で新型コロナウィルス問題の緩和とともにU字型に転じていくとみられる。更に、設備投資がGDPをアウトパフォームする動きとなっており、このデフレ圧力は否定できる。実質設備投資のGDP比率は16.1%から17.2%へ上昇し、景気の形をUからVに進展させる必要条件は整った。

日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0として、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。持続的なマネーの拡大と物価の上昇の加速には、ネットの資金需要は-5%程度あることが望ましい。ネットの資金需要をその水準にもっていき、新型コロナウィルスの問題があってもデフレ完全脱却への動きを止めず、問題終息とともに景気をV字回復させるためには、更なる財政拡大が必要とみられる。企業と家計への支援の拡大と継続、公共投資の拡大、そして消費税率引き下げや所得税低率減税なども政策候補だろう。

⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r

昨年の前半は、米国のイールドカーブの長短逆転が将来の悲観論を織り込んでいるため、自己実現的に景気後退に陥るという見方が多かった。実際にはファンダメンタルズは堅調で、実質成長率に対する期待(g)の低下は若干でしかなかった。一方、緩和的な金融政策などを背景に、長期実質金利(r)は極度に低下していたため、金融市場から実体経済にまだ緩和効果が働く状態であった。長期実質金利はディスカウントファクターとして、株価のバリュエーションに影響を及ぼす。長期実質金利の低下はバリュエーションを押し上げる。gの低下に対して、rのそれまでの低下の方が大きく、株価に根源的に作用するg-rがまだかなり強かった(成長期待が高く、実質金利が低いと、株価は上昇しやすい)ことが、年末に向けて株価を史上最高値に押し上げたと考えられる。

今年は、新型コロナウィルス問題による経済活動の縮小で、gは大きく低下し、g-rが弱くなったことで、株価がが大きく押し下げられた。一方、FEDが大規模な金融緩和に転じたことと、安全資産として米国債が買われ、rはまたマイナスに戻った。期待インフレ率は低下したが、政府とFEDの果敢な政策対応で、デフレ期待に陥るところまで弱くなっていなかったことが支えとなった。結果として、g-rは回復し、株価のリバウンドにつながってきたのだと考えられる。gは急落後に底を這っていたが、最悪期を脱して経済活動再開の動きとなり、若干だが回復したとみられることも寄与した。現在までの株価のリバウンドは、新型コロナウィルス問題の終息にともなうgの大きな回復をまだ織り込んでいないとみられる。gの回復の弱さが、実態経済とマーケットの動きに乖離を感じる原因かもしれない。単純に考えれば、更なる株価の大きな上昇にはgの大きな回復が必要であるということになるだろう。一方、まだrは低下できて、gの大きな回復がなくても、株価の更なる上昇余地があるとも考えられる。なぜなら、グローバルに経済システムが、新型コロナウィルス前後で一変するという見方は多いが、物価動向に関する見方はあまり変わっていないようで、これまでのグローバルデフレの継続の予想が多いからだ。企業の過剰貯蓄と過少投資が問題になる中で、財政政策が緊縮気味であったことが、マネーが拡大する力を喪失させ、グローバルデフレの一つの大きな理由であったと考えられる。

現在は、企業の過剰貯蓄を十分にオフセットする財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなる可能性がある。マーケットがこの変化を意識し始めれば、期待インフレ率の大きな上昇が生まれることになろう。まだデフレ論が強いようで、期待インフレ率のリバウンドは弱い。今後、緩和的な金融政策の強化と継続、そしてインフレ論への転換を背景に、名目長期金利の上昇に対して期待インフレ率の上昇が大きくなれば、rは更に低下することになる。新型コロナウィルス問題の緩和によるgの緩やかな持ち直しと合わせて、g-rが再び強くなり、株価の更なる上昇につながる可能性がある。gの計測は難しいが、イールドカーブの形状で先行きの期待をある程度捉えることができるだろう。2年10年金利差を過去の平均(1997年から)で標準化し、10年実質金利を過去の平均を標準化したものとの差が、g-rの近似値と考えられる。米国マーケットの緩和度合いを示すものである。昨年はイールドカーブの長短逆転により年初にはこの近似値がマイナスとなり引き締めの力が働いたが、後半にはrの低下により0程度に戻り、大きなマイナスとなった1990年代後半や2000年代半ばのような引き締めの形とはなっていなかったことが、株価上昇を支えたとみられる。

今年は、新型コロナウィルス問題があるが、果敢な金融緩和政策の効果もあり、近似値は若干のプラスに戻ってきていた。そして、最近は財政拡大に力もあり、近似値のプラス幅が大きくなり、緩和度合いが大きくなってきていたことが確認できる。新型コロナウィルス問題により短期的に景気には深刻なダメージがあるが、長期の資産価値を反映する株価が比較的堅調である理由かもしれない。株価の大きな下落のリスクとして、新型コロナウィルス問題の長期化でgが低下したり、デフレ期待がrを押し上げてしまうことだろう。一方、来年に向けて景気がV字型回復していく場合は、インフレ期待の上昇と緩和的な金融政策の継続でrが更に低下し、gの上昇とともに、近似値がかなり緩和的になり、シクリカル株へのローテーションに後押しされて株価には一段のアップサイドポテンシャルが見込める。

図)米国緩和度合い

米国緩和度合い
(画像=Bloomberg, SG)

⑦米中の覇権争いがもたらすもの

新型コロナウィルス問題が終息に向かったとしても、米中のグローバルな政治・経済の覇権争いが不安要因として残ることがマーケットで意識されているようだ。中国は、これまでのグローバル・デフレの下で、経済の巨人へと成長した。グローバル・デフレという過剰貯蓄(資本が有り余っている)の経済環境が、国家主導の非効率的投資活動を許容してきた。将来の需要拡大が見込まれる領域に散弾銃のように投資を行い、その一部で「当たり」が出て、生産性が向上したとみられる。非効率的なもの(「外れ」の投資も短期的には需要)を含むその総需要拡大策が、経済規模を巨大にしてきたとも考えられる。しかし、より効率的な投資活動が求められるグローバル・インフレの経済環境では、国家主導の経済体制のパフォーマンスは、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制よりかなり劣る可能性があろう。国家資本主義が自由資本主義よりも効率的かつインフレ圧力をうまくコントロールできるかどうかという点については疑問が大きいからだ。グローバルな政治・経済の覇権争いに勝利するため、米国の政策当局が、より有利であるインフレの経済環境を志向する可能性がある。自由資本主義陣営が覇権争いに勝利するためにインフレが必要であるということも一つの考え方だ。

政策当局がインフレ・リスクにかなり許容的であることを背景に、財政拡大と金融緩和のポリシーミックスが継続すれば、総需要の回復とともに、景気とマネーが拡大する力が強くなることで、物価上昇には加速感が出てくる可能性がある。IS(貯蓄・投資)バランスでは、家計貯蓄率+企業貯蓄率+政府貯蓄率(財政収支)-国際経常収支=0、となる。財政赤字の拡大に対して、家計と企業の貯蓄率の上昇が小さければ、国際経常収支の赤字幅は膨らむことになる。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨の体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。ドル供給の増加は、資産価格の上昇、そしてこれまでのグローバルなデフレがインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。資本逃避を警戒しなければならない中国は国際経常赤字を維持して人民元をグローバルに供給し続ける基軸通貨の体制を構築し得ない。基軸通貨のドル体制が維持できることは、覇権争いにとって、米国に有利に働くだろう。

中国がグローバル・インフレに耐久力をつけるためには、第四次産業革命を背景としたデジタル投資で生産性の向上を加速させるしかないだろう。一方、米国はそれが分かっているだけに、半導体などを中心に中国のデジタル投資に抑制が働くようにするだろう。米ソの軍拡競争に似た形で、デジタル投資が勢いを更に増すことになるだろう。デジタルトランスフォーメーションの投資の拡大は当然ながら玉石混交(「当たり」もあれば、「外れ」もある)で、短期的には総需要を押し上げる効果の方が大きく、グローバル・インフレを加速させる効果の方が大きいと思われる。もし第四次産業革命を背景としたデジタル投資が本当に生産性の強い向上につながれば、いずれインフレをマイルドにする可能性はある。米国の政策当局は、インフレを許容しながら投資拡大を促して生産性を強く向上させ、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制の利点を生かしながら、マイルドなインフレ下の安定した経済環境を背景として、中国と覇権を争う戦略をとるだろう。中国は、国家資本主義がインフレに弱いという逆風下で、第四次産業革命を背景としたデジタル投資を拡大させながら、生産性の向上につながる「当たり」の確率を極限まで上げるという難しいかじ取りを迫られるだろう。米国はビッグデータやAI技術などを中心に中国がその精度を上げるのに必要な手段を抑制するかもしれない。

⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化

財政拡大と金融緩和の強いポリシーミックスで、日米欧ともにマネーが拡大するための目詰まりが解消し、これまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレから経済活動を促進するインフレに変化していくマクロ・ロジックをこれまで解説してきた。ただ、政策当局はインフレを鎮静化する手段を持っているため、経済活動の大きな障害となるような深刻なインフレにはならないだろう。更に、デジタルトランスフォーメーションの進展で、長期的には生産性の上昇がインフレをマイルドにする効果を発揮するだろう。短期的にはデジタルトランスフォーメーションの投資は当然ながら玉石混交で、短期的には需要を押し上げる効果の方が大きいと思われる。政府と企業の活動の拡大でマネーが拡大する目詰まりが解消し、家計への所得の流れがよくなり、経済活動を促進するようなマイルドなインフレになるだろう。

確かに、危機に備えた貯蓄である貨幣の予備的需要が増加し、政府を除く各部門の貯蓄率が一時的に大きく上昇するとみられる。しかし、これまで過度のレバレッジのような現象はなかったため、財政拡大による政府の貯蓄率の低下の方が大きいのではないかと考えられる。特に注目しているのが米国で、予備的需要拡大対比で財政拡大が十分であれば、貯蓄投資バランス上、国際経常収支の赤字幅が拡大していくるはずだ。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。これまでは、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済と国内でマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)は強かったが、住宅バブル後の家計のデレバレッジで貯蓄率が大きく上昇したため、国際経常収支の赤字幅は縮小し、世界に向けてのドル供給の制限になってきていたと考えられる。

グローバルにマネーが拡大する要因は、新型コロナウィルス問題が終息に向かえば、リスク資産価格の上昇、そしてこれまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレが経済活動を促進するインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。繰り返しとなるが、グローバルデフレからインフレになるからといって、政策当局がコントロールできないような経済活動の大きな阻害となる極めて強いインフレに一気になることはないと予想している。正確には、グローバルデフレからマイルドインフレへの変化と言えるだろう。

まだインフレの発現までかなりの時間がかかるだろうが、これまでのグローバル・デフレの余韻に浸ってばかりいると、グローバルな経済環境のインフレへの転換が見えなくなるリスクとなろう。そして、デフレからインフレへのグローバルな転換はデフレ完全脱却への動きをみせる日本にはかなりの追い風となる可能性がある。アベノミクス2.0がリフレサイクルを強くし(復活したネットの資金需要を日銀がマネタイズする形でマネーが拡大する)、デフレ完全脱却に至るのがメインシナリオである。インフレ・リスクが最も小さいことは、日本は最後までポリシーミックスを継続し、景気拡大を促進する余裕があることを意味する。しかし、新型コロナウィルス問題の終息後に、財政負債を懸念して財政政策が緊縮に転じてしまえば、追い風は一転して逆風に変わってしまうだろう。

⑨生産性がほぼすべて

財政拡大と金融緩和の強いポリシーミックスで、日米欧ともにマネーが拡大するための目詰まりが解消し、これまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレから経済活動を促進するインフレに変化していくマクロ・ロジックをこれまで解説してきた。ただ、政策当局はインフレを鎮静化する手段を持っているため、経済活動の大きな障害となるような深刻なインフレにはならないだろう。更に、デジタルトランスフォーメーションの進展で、長期的には生産性の上昇がインフレをマイルドにする効果を発揮するだろう。短期的にはデジタルトランスフォーメーションの投資は当然ながら玉石混交で、短期的には需要を押し上げる効果の方が大きいと思われる。政府と企業の活動の拡大でマネーが拡大する目詰まりが解消し、家計への所得の流れがよくなり、経済活動を促進するようなマイルドなインフレになるだろう。

確かに、危機に備えた貯蓄である貨幣の予備的需要が増加し、政府を除く各部門の貯蓄率が一時的に大きく上昇するとみられる。しかし、これまで過度のレバレッジのような現象はなかったため、財政拡大による政府の貯蓄率の低下の方が大きいのではないかと考えられる。特に注目しているのが米国で、予備的需要拡大対比で財政拡大が十分であれば、貯蓄投資バランス上、国際経常収支の赤字幅が拡大していくるはずだ。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。これまでは、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済と国内でマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)は強かったが、住宅バブル後の家計のデレバレッジで貯蓄率が大きく上昇したため、国際経常収支の赤字幅は縮小し、世界に向けてのドル供給の制限になってきていたと考えられる。

グローバルにマネーが拡大する要因は、新型コロナウィルス問題が終息に向かえば、リスク資産価格の上昇、そしてこれまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレが経済活動を促進するインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。繰り返しとなるが、グローバルデフレからインフレになるからといって、政策当局がコントロールできないような経済活動の大きな阻害となる極めて強いインフレに一気になることはないと予想している。正確には、グローバルデフレからマイルドインフレへの変化と言えるだろう。

まだインフレの発現までかなりの時間がかかるだろうが、これまでのグローバル・デフレの余韻に浸ってばかりいると、グローバルな経済環境のインフレへの転換が見えなくなるリスクとなろう。そして、デフレからインフレへのグローバルな転換はデフレ完全脱却への動きをみせる日本にはかなりの追い風となる可能性がある。アベノミクス2.0がリフレサイクルを強くし(復活したネットの資金需要を日銀がマネタイズする形でマネーが拡大する)、デフレ完全脱却に至るのがメインシナリオである。インフレ・リスクが最も小さいことは、日本は最後までポリシーミックスを継続し、景気拡大を促進する余裕があることを意味する。しかし、新型コロナウィルス問題の終息後に、財政負債を懸念して財政政策が緊縮に転じてしまえば、追い風は一転して逆風に変わってしまうだろう。

⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ

デフレを完全に脱却し、経済成長率が持続的に高まるとともに、企業のレバレッジが強くなっていく。景気回復による労働市場の需給引き締まりが強い賃金上昇を生み、家計は先行きを楽観視していく。家計の消費活動がかなり強くなり、家計の貯蓄率は低下していく。内需の強い拡大と資産価格の強い上昇が、景気が永続的に拡大していくという過度の楽観マインドを生む。企業のレバレッジは更に強くなり、家計も消費者・住宅ローンを拡大させていけば、いずれ国内の貯蓄で資金需要をまかなえなくなり、経常収支は恒常的に赤字になる。

この時、高齢化による社会保障費の増加などによって財政収支も大きな赤字であれば、政府の資金需要が国債金利の高止まりの原因となり、民間の投資をクラウディングアウトする。景気が永続的に拡大していくという過度の楽観マインドが続き、資産価格が上昇している間は、海外から日本への資金流入は継続し、経常収支の赤字のファイナンスはそれほど問題とならない。その資金流入が続く間は、資産バブルのような状況となり、総需要の拡大は極めて強くなる。

しかし、民間の投資のクラウディングアウトが続けば、いずれ経済の生産性の向上は持続できなくなる。労働需給も完全雇用の状況であり、賃金の上昇は更に強くなり、総需要は過剰となる。その結果、インフレが加速していくことになる。経常赤字とインフレという問題に直面する。インフレと景気の安定化のための日銀の金融引き締めも強くなり、国債金利の高騰が続く。インフレを安定化させるための金利水準が、資産バブルが継続することができる金利の上限を上回り始めれば、資産バブルの崩壊が始まる。

リスクを懸念した海外からの資金流入は縮小し、レバレッジにより大きな債務を抱えた企業の資金繰りは困難となる。更に、雇用・賃金の減少により、家計の資金繰りも悪化する。結果として、財政赤字をファイナンスすることが著しく困難になり、国債市場は暴落する。そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。まだデフレ完全脱却も成し遂げていない中で、このリスクシナリオを懸念するのは時期尚早だろう。(このリスクシナリオ発現の前にはリスク資産価格の上昇という大きな投資機会が存在する。)過度な懸念が経済政策の拙速な引き締めを誘発してデフレに戻ってしまう本末転倒なことは回避したい。

⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ

財政債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。もともと需要不足である中で、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、財政が緊縮的であることは、総需要を破壊し、短期的には更に強いデフレ圧力につながってしまう。雇用・賃金の減少が、家計の自立的な高齢化準備を困難にし、家計は先行きを悲観し、消費は更に減少してしまう。

過剰貯蓄により国債金利は低下するが、現実以上に誇張された悲観論が蔓延しているため、経済活動はまったく刺激されない。総需要の破壊によるデフレは国債金利の低下以上となり、実質金利は上昇してしまう。実質金利が実質成長率を上回る状態が継続してしまい、企業活動は更に萎縮し、家計の雇用・所得環境を更に悪化させる。そして、家計の自立的な高齢化準備を更に困難とする。更に悪いことは、消費の増加ではなく賃金の減少による家計貯蓄率の低下が、国内貯蓄で財政支出をファイナンスできないという焦りに繋がり、財政不安が拡大する。その不安感による増税と社会保障負担の引き上げが総需要を更に破壊し、企業の意欲を更に削ぎ、それが家計のファンダメンタルズを更に悪化させるという悪循環に陥ってしまう。

企業の意欲と活動が衰えると、イノベーションと資本ストックの積み上げが困難になる。若年層がしっかりとした職を得ることができずに急なラーニングカーブを登れなくなる。その結果、高齢化に備えるためにもっとも重要な生産性の向上が困難になってしまう。デフレと景気低迷を放置しておくと生産性の向上が限界になり、生産性が低下し始めたところで、一転してインフレと景気低迷の同居のリスクとなる。高齢化は、供給者(生産年齢人口)に対する需要者の割合が大きくなることを意味する。生産性が低下してしまえば、高齢化の負担の増加が、所得の増加をいずれ上回り、国内貯蓄は減少していくことになる。

国際経常収支の赤字が続くとともに、日本は債務超過国となり、インフレ圧力が強くなる。生産性の低下により、円安が経常収支の赤字の安定化につながることはなく、インフレが加速していくことになる。企業の収益力は衰えており、海外からの資金流入は更に縮小していく。国債金利は急騰していき、それが企業活動を更に抑制し、雇用・賃金が減少していく。税収が落ち込む一方で、金利コストは増加し、高齢化の負担もあり、財政赤字は膨らんでいき、ファイナンスが著しく困難となる。そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。このリスクシナリオのケースに近かったのがアベノミクス前の日本経済であり、グローバルな潮流は大きく変化しているのもかかわらず、いまだにこの古い考え方が残っていることでメインシナリオが実現できないリスクを高めているようだ。


過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。

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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司