シンカー:マーケットでは米国大統領・連邦議会選の結果が株式市場にどう影響を与えるか注目されているようだ。今回の選挙の環境は2008年のリーマン危機時の大統領選に似ている面が多い。議会のねじれが政策運営を停滞させ、国民の不満が強まっている中、変化を求める動きが高まっている可能性がある。米国議会の歴史を見ると、議会と政権がねじれ状態に陥ると、政権の政党が変わらない中、その状況が解消された例は1950年代のトルーマン政権以降起こっていない。マーケットもその動きを意識し、ポジショニングを調整し始めている可能性がある。また、民主党のバイデン氏当選は増税などを通して株安圧力を強める可能性が意識されているようだが、クリントン政権やオバマ政権など過去の民主党政権の局面を見ると必ずしもそうでないことが確認できる。家計に対してのサポートをより積極的に実施する民主党は株高圧力になる可能性も意識する必要があるだろう。一方で国内は菅政権はアベノミクスを継承し、更なる構造改革策を通して日本企業の競争力を高め、景気拡大を促そうとしているようだ。今後はコストを下げるためだけでなく、競争力を高めるための投資を企業が実施しているかがリターンのポテンシャルを判断するときに必要になるだろう。グローバルに財政支出拡大による直接的な効果だけでなく、間接的な政策運営も株高を促す環境が整い始めていると考えられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

足許の米国の政治環境は2008年に似ている

今回の米議会選挙は2008年の米議会戦に近い面が多くある。当時、共和党のブッシュ政権に対して米議会は民主党が過半数を占めるなか上院でも独立議員を除くと民主・協和党ともに過半数を確保できていなかった。イラク戦争が長期化する中、当時のブッシュ政権の政策運営に支障が出ていたことが国民の不安感を強めていた。また、経済環境もその年の年初にはサブプライムローン問題を起因とした世界的な金融市場の不安定化が強まり、大統領選2か月前の9月にはリーマン・ブラザーズが破綻したことで、雇用環境が悪化し、米国社会では先行き不透明感が相当強まっていた。その中、大統領選では進歩主義的な政策を打ち出し、ブッシュ政権が実施した減税や規制撤廃などを修正する構えを示していた民主党のオバマ氏が優勢な選挙戦を戦っていた。今回も共和党のトランプ政権に対し米議会下院は民主党が過半数を占める中、上院では過半巣は確保できているが反トランプ議員も含んでいることから連携は弱い。新型コロナウィルス問題が長期化する中、議会との対立から政策運営に大きな支障が出ていることが確認されている。また、経済環境も春からの新型コロナウィルス問題の影響から世界的に景気減速が強まり、雇用環境が悪化し、米国社会では先行き不透明感が相当強まっている。大統領選では進歩主義的な政策を打ち出し、トランプ政権が実施した減税や規制撤廃などを修正する構えを示していた民主党のバイデン氏が優勢な選挙戦を戦っている。2008年と2020年の大統領選は類似点が多いと考えられる。現政権に対する不満が強いという状況下、有権者が変化を求める動きを強める可能性は高く、政策運営の最大の妨げとなっている、行政府と立法府のねじれを解消するような投票に踏み切る可能性を意識しないといけないだろう。米国議会の歴史を見ると、議会と政権がねじれ状態に陥ると、政党交代なくその状況が解消された例は1950年代のトルーマン大統領以降起こっていない。トランプ政権が再選しねじれが続いた場合、2022年の議会選でねじれを解消するハードルは高いだろう。オールブルー勝利(民主党が議会選と大統領選を勝利)をマーケットが意識し始めているということは米国社会でねじれを解消への期待が強まっている可能性を示唆していると考えられる。

民主党政権が必ずしも景気に悪い政策を打ち出すとは限らない

マーケットでは引き続きバイデン氏が当選した場合、法人税引き上げなどによる株安リスクが意識されているようだ。また、米国株高米国の主要政党の傾向として、共和党政権時には経済活動の活発化や自由主義的な政策実現を目的とし、減税や規制撤廃などに踏み切り、企業環境を良くし、株高を促す傾向がある。一方で、民主党政権時には所得の再分配や進歩主義的な政策実現を目的とし、増税や規制強化などに踏み切り、企業環境が厳しくなり、株安を促す傾向がある。言い換えれば、共和党の政策スタンスはビジネスよりである一方、民主党の政策スタンスは家計よりである。景気サイクルの初中期には景気拡大を促しやすいビジネスよりの政策を実施する共和党の政策がより好感されるだろう。一方で、景気サイクルの後期には共和党の政策は景気を過熱させすぎ、金融政策の引き締めを促すリスクがある。一方で民主党の政策は景気拡大局面では政府が家計を支える必要性が小さい判断し、規制強化や所得の再分配策など進歩主義的な政策に踏み切り、財政緊縮策で景気拡大を阻害するリスクがある。一方で、景気サイクル後期や景気後退リスクが強まっている局面では、家計を守るためにも景気刺激策などを積極的に打つ傾向がある。1990年代後半のクリントン政権や2009年のオバマ政権初期がその典型例だろう。オバマ政権も超富裕層の増税や法人税の免除枠撤廃などいう増税寄りの政策を唱え大統領選を勝利に導いたが、景気後退懸念が強まっている中、当選後には経済再生を最優先課題とし、大恐慌後のニューディール政策に匹敵する大規模な財政拡大に踏み切り、経済再生への道を作り、株式市場の株高を支えた。足許の株式市場は既に新型コロナウィルスの感染拡大前の水準まで回復しているが、景気後退リスクは引き続き高く、家計も疲弊している。今回の大統領選で民主党が圧勝すると家計へのサポートを強化する政策を打ち出し、家計の経済環境を回復させることを優先させるだろう。家計に対する景気刺激策の長期化は既に高い米国株を更に押しあげる可能性があるため、バイデン氏当選=株安というロジックが成り立たないリスクが高まっていると考えられる。

スガノミクスは投資行動を更に強化する必要性を高めるだろう

アベノミクスの成果の一つは構造改革や労働市場のひっ迫かで今までデレバレッジやリストラで十分収益確保できた環境を変え、投資などで生産性向上や新しい技術開発をしなければ収益確保が難しい環境を作ったことだろう。菅政権はその素地を基に更なる構造改革策を実施し、より競争力の高い経済を作ろうとしているようだ。既に菅政権は中小省庁での判子文化撤廃やデジタル化促進(DX)など構造改革策を打ち出してきている。また、携帯料金引き下げなど許認可が必要な産業で競争原理や市場経済の機能が正常に機能していないと判断した産業には行政の力を使い、是性する構えを示している。足許ではIT、AI、ロボティックスなど新しい産業革命の黎明期に入っていると考えられる。産業革命が進行し、より厳しい市場競争に勝つには生産性の向上や独自の技術などがより企業に求められることになるだろう。その力をつける最大の武器は投資の活発化になるだろう。既に国内の民間投資の対GDP比はバブル期以降の水準まで上昇している。ただ、いまだに業種によって投資の強さに差があることも確かだ。競争力が強まるポテンシャルがあり、中長期のリターンに対するリスクが小さい投資を正確に選択するためには、足許の売上高や利益率だけでは何区、企業がどれくらい投資活動を維持し、積極性を保っているかがより大事になっていると考えらえる。

不透明感が続く局面ではマクロ・フェアーバリューがより重要になるだろう

欧米で新型コロナウィルスの感染者数が再拡大、各国政府が感染防止策の再強化に踏み切り始めているようだ。ただ、昨春に見られたような全面的なロックダウン(都市封鎖)はなく、経済活動の継続とをバランスした形での実施を目指しているようだ。ただ、不透明感は引き続き、強い。政治の世界でも米国の大統領選ではバイデン氏勝利の可能性が高いが、ホワイトハウスと議会でのねじれが発生する可能性は残っている。今のところ、株式市場の不透明感に対する反応は限定的のようだ。しかし、今後の株価動向を正確に把握し、株価がどれだけ割安・割高になっているかを判断するには株価のマクロ的フェアーバリューに注目する必要がある。日経平均のフェアバリューは名目GDP、日銀短観中小企業貸出態度DI、ネットの資金需要で推計できる。4?6月期の結果のみで見たフェアーバリューは15000円程度になり、夏の株高は政策効果や景気回復期待による押し上げ効果が強かったことが確認できる。ただ、言えることは春の下落局面で株価が17000円程度で底打ったのは、財政・金融政策効果期待が株価のサポートになったと考えられる。7?9月期には経済活動が回復したことで、名目GDPが回復し、政府の景気刺激策がネットの資金需要の復活を維持した場合、フェアーバリューは22500円程度と足もとの日経平均株価の割高感は強くないことが確認できる。マーケットは既に景気回復を織り込み、今後政策効果が更に強まることを期待してることが確認できるが、政策によるバブルが発生していないことも確認できる。

図)米国大統領選前のS&P500

米国大統領選前のS&P500
(画像=Bloomberg、SG)

図)日経平均のマクロ・フェアーバリュー

日経平均のマクロ・フェアーバリュー
(画像=日銀、内閣府、SG)

図)SG マルチ・アセット・ポートフォリオ

SG マルチ・アセット・ポートフォリオ
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司