「介護業界のM&Aの動向は?」「うちの事業所もM&Aで存続できるのか」と考える介護事業所経営者は多いだろう。介護業界の市場が拡大する近年、M&A件数も増加の一途をたどっている。大手企業が異業種から介護業界に参入し、介護事業所が統合・再編されているのだ。この記事では、介護業界のM&A動向および事例について解説していく。

目次

  1. 介護業界とは?
  2. 介護業界のM&A動向
    1. 介護業界のM&A件数は2012年から増加傾向
    2. 介護業界大手もM&Aの対象に
  3. 介護業界のM&A件数が増えている理由
    1. 1.深刻な人手不足に直面しているため
    2. 2.初期の設備投資を抑えやすいため
    3. 3.後継者が不足しているため
  4. 介護業界M&Aの今後の展望
    1. 保険外サービスによる質の多様化
    2. 介護事業所の大規模化
  5. 介護業界のM&A事例
    1. 1. 株式会社リビングプラットフォームによるM&A
    2. 2. 日本生命保険相互会社によるM&A
    3. 3. ソニー・ライフケア株式会社によるM&A
    4. 4. 損保ジャパン日本興亜ホールディングスによるM&A
    5. 5. 株式会社小僧寿しによるM&A
  6. 介護業界のM&Aは仲介会社に相談しよう
  7. M&Aで介護事業を存続させよう

介護業界とは?

介護
(画像=PIXTA)

介護業界とは、日常生活に支援が必要な高齢者や障害者に対し、さまざまなサービスを提供する業界である。老人福祉法第29条では「介護等」を「入浴、排せつ若しくは食事の介護、食事の提供又はその他の日常生活上必要な便宜であって厚生労働省令で定めるもの」と定義している。

また、総務省による「日本標準産業分類」によれば、「老人福祉・介護事業」は以下に分類されることになっている。

・特別養護老人ホーム
・介護老人保健施設
・通所・短期入所介護事業
・訪問介護事業
・認知症老人グループホーム
・有料老人ホーム
・その他の老人福祉・介護事業

少子高齢化が進む日本では、全国的に介護施設が増加している。令和4年の社会福祉施設等調査によると、2022年時点には17,327ヵ所の有料老人ホームがあり、前年比では3.6%の増加率となった。

参考:厚生労働省「令和4年社会福祉施設等調査の概況

65歳以上の高齢者は、2042年のピークに達するまで増加していくと見込まれている。その一方で、介護付き有料老人ホームには総量規制があり、近年は新規開設が難しくなっている。

介護業界のM&A動向

M&A総合研究所の「2023年上場企業M&A調査レポート(医療・介護業界版)」によると、2018年以降は医療・介護業界のM&Aが増加傾向にある(※調査対象は東京証券取引所の取扱銘柄)。2018年は年間14件だったが、2022年には20件まで増加した。

参考:PRTIMES「M&A総合研究所、『2023年上場企業M&A調査レポート(医療・介護業界版)』を発表 | 株式会社M&A総合研究所のプレスリリース

非上場企業まで含めると、介護業界のM&Aにはどのような傾向が見られるのだろうか。

介護業界のM&A件数は2012年から増加傾向

下のグラフは、介護業界と日本企業全体のM&A件数をまとめたものだ。2つのグラフを比較すると、同じような形で推移していることがわかる。

【介護業界のM&A件数の推移】

(※M&A件数のデータから「介護」「老人ホーム」「高齢者」などのキーワードを抽出したもの。介護支援ロボット開発や介護用品製造、介護施設向け食品などの周辺事業も含まれる。)

【日本企業のM&A件数の推移】

2008年から2011年にかけては、リーマン・ショックや東日本大震災の影響で日本全体のM&A件数が減少した。ただし、いずれのグラフも2012年からは増加の一途をたどっており、2017年には2000年以降の最高件数を更新している。

介護業界大手もM&Aの対象に

近年の介護業界では、大手がM&Aの譲渡企業(売却側)になるケースも見受けられる。

たとえば、2023年11月には日本生命がニチイホールディングスを買収した。ニチイホールディングスは2020年に非上場化したものの、100を超える介護付き有料老人ホームや、300以上のグループホームを有していた業界大手だ。

M&Aの譲受企業(購入側)には、教育事業を手がける企業や投資ファンドなども見られる。異業種まで新規参入してきている現状を見ると、介護ビジネスは多方面から注目されている業界といえるだろう。

高齢化とともに施設のニーズが増えれば、このような動きはさらに強まることが予想される。

介護業界のM&A件数が増えている理由

日本企業のM&A件数と比例して、なぜ介護業界でもM&Aが増えているのだろうか。ここからは、介護業界のM&A件数が増えている理由や背景について解説する。

1.深刻な人手不足に直面しているため

従業員を確保できない介護事業所にとって、M&Aは廃業を防ぐための手段になっている。

既存の介護事業所は零細・中小規模のものが多く、そのほとんどが人手不足の問題を抱えている。厚生労働省の「介護人材の処遇改善等(2023年9月公表)」によると、2023年度には約233万人の介護職員が必要とされているが、2021年時点での職員数は214.9万人である。

参考:厚生労働省「介護人材の処遇改善等」

M&Aの売却先が見つかれば、譲受企業から施設スタッフが派遣されるため、就職希望者が集まらないような事業所にも存続の道が開ける。

2.初期の設備投資を抑えやすいため

譲受企業の立場から見ると、M&Aは初期の設備投資を抑えやすい手法といえる。

介護事業所を新規開設するには、土地や建物、設備、従業員などを準備しなければならない。また、開設前には広告宣伝費やウェブサイトの開設費用などもかかってくるだろう。

これらのリソースがそろった事業所を買収すれば、設備投資に加えて手間も削減できる可能性がある。また、総量規制のある介護付き有料老人ホームについても、M&Aを活用すれば新規参入が可能だ。

3.後継者が不足しているため

介護保険制度が2000年に実施されてから、すでに20年以上が経過している。当時から介護事業所を営む経営者は高齢化が進んでおり、未だに後継者が見つかっていないケースも珍しくない。

このような経営者にとっても、M&Aは事業所を存続させる選択肢になる。

介護業界M&Aの今後の展望

このように市場が拡大している介護業界で、M&Aは今後どのように活用されていくのだろうか。

保険外サービスによる質の多様化

まず考えられるのは、保険外サービスが増加することでサービスの質が多様化することである。

2018年度の介護給付金は、約11兆円。しかし、市場の拡大に伴ってこれを無尽蔵に増やしていくことはできない。したがって、保険給付の範囲などを見直すことで、介護給付金の増加を抑える努力が不可欠だ。

保険給付の範囲が見直された場合、一定の層の利用者は保険外サービスを積極的に利用するようになるだろう。介護事業者は保険外サービスを提供し、サービスの質を向上させることが求められるはずだ。

実際、近年は異業種からの参入が増えている。本業との相乗効果で、新たな介護サービスが生み出されることが期待される。

介護事業所の大規模化

今後は、介護事業所の大規模化も予想される。これまでは零細・中小規模が多かったが、M&Aによって統合・再編され大規模化していけば、スケールメリットにより経営が安定する。すると、サービスの質の向上や職員の処遇改善などが期待できる。介護事業所の大規模化は、政府の方針にもなっている。

介護業界のM&A事例

介護業界の最近のM&A事例を見てみよう。

1. 株式会社リビングプラットフォームによるM&A

株式会社リビングプラットフォームは、2023年12月に有限会社シニアケアから高齢者グループホーム事業を譲り受けた。

このM&Aはドミナント戦略の一環であり、リビングプラットフォームは兵庫県内の介護事業所を譲り受けたことで、同地域での初出店を実現した。今後はシニアケアが築いてきた地盤を活かし、地域トップのシェアを目指すという。

本事例のように、特定地域への進出を目的としたM&Aは介護業界でも頻繁に見られる。

2. 日本生命保険相互会社によるM&A

保健事業を手がける日本生命保険相互会社は、2023年11月に株式会社ニチイホールディングスの株式を取得した。当時、ニチイホールディングスは約9万人の従業員を抱える業界大手であり、年間の営業利益は200億円前後となっている。

両社は1999年から業務提携を結んでおり、日本生命は以前から介護領域に興味を示していたとされている。このM&Aによって、日本生命は豊富なリソースを短期間で獲得し、異業種からの新規参入をスムーズに実現した。

3. ソニー・ライフケア株式会社によるM&A

ソニー・ライフケア株式会社は、東京・神奈川に有料老人ホームなどの介護事業を展開するゆうあいホールディングスを2017年7月に完全子会社化した。

ソニーファイナンシャルホールディングスは、介護事業を損保事業、生保事業、銀行事業に次ぐ第4の柱と位置づけ、M&Aを続けている。ゆうあいホールディングスの子会社化により、すでに買収したライフケアデザイン株式会社とのツイントップで、介護事業へのさらなる進出を図る見込みだ。

4. 損保ジャパン日本興亜ホールディングスによるM&A

損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社(SOMPOホールディングス)は2016年3月に、「アミーユ」などのサービス付き高齢者向け住宅を展開する株式会社メッセージをM&Aにより子会社化した。

SOMPOホールディングスは同年12月にワタミの介護も買収し、介護業界に本格的に参入した。自社が保有するリスク管理システムやICT技術を活用し、転倒事故などの早期発見、医師との情報共有、介護ロボットによる負担軽減などの独自サービスも展開している。

5. 株式会社小僧寿しによるM&A

株式会社小僧寿しは2016年6月に、高齢者のコミュニティサイト「MATCHSTAR」や逆求人サイト「SCOUT ME KAIGO」などを運営し、介護事業者の再生に取り組む株式会社けあらぶをM&Aにより連結子会社化した。

介護サービス利用者に対し、同社の主力事業である寿司のほか、「刻み食」「ミキサー食」「ソフト食」など、サービス利用者の要望を反映した介護食をけあらぶを通じて提供する。

さらに、けあらぶは同年9月に介護サポートサービス株式会社を買収し、サービス付き高齢者向け住宅事業を展開しており、小僧寿し株式会社の介護業界における本格的な事業展開が見込まれている。

介護業界のM&Aは仲介会社に相談しよう

介護業界に限らず、M&Aの相手企業を自力で探すことは難しい。条件に合う相手企業を探すだけではなく、成約までには基本合意やトップ同士の会談、デューデリジェンスなどの手順を踏む必要があるためだ。

M&A仲介会社に相談をすると、相手探しから経営統合(アフターM&A)までをサポートしてもらえる。ただし、相談先によって費用対効果は変わるため、M&A仲介会社は以下のポイントを意識して選びたい。

・介護業界に詳しい
・全国の案件情報をもっている
・料金プランがわかりやすい

それぞれのM&A仲介会社は、基本的に得意分野(業種や規模など)をもっている。介護業界での実績があり、かつ案件情報が豊富な相談先を選ぶことができれば、そのぶん相手企業の選択肢は広がるだろう。

M&Aで介護事業を存続させよう

介護業界におけるM&A件数は、増加の一途をたどっている。大手企業が異業種から参入し、零細・中小企業を買収することで、介護事業所の統合・再編が進んでいる状況だ。

人材不足や後継者難で悩んでいても、M&Aで事業所を大手企業に売却できれば、事業を存続することができる。M&A仲介会社に相談しながら、事業存続の選択肢としてM&Aを検討してほしい。

文・高野俊一(ダリコーポレーション ライター)

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