「介護業界のM&Aの動向は?」「うちの事業所もM&Aで存続できるのか」と考える介護事業所経営者は多いだろう。介護業界の市場が拡大する近年、M&A件数も増加の一途をたどっている。大手企業が異業種から介護業界に参入し、介護事業所が統合・再編されているのだ。この記事では、介護業界のM&A動向および事例について解説していく。

介護業界とは?

介護
(画像=PIXTA)

介護業界とは、日常生活に支援が必要な高齢者や障害者に対し、さまざまなサービスを提供する事業者の業界である。老人福祉法第29条では「介護等」を「入浴、排せつ若しくは食事の介護、食事の提供又はその他の日常生活上必要な便宜であって厚生労働省令で定めるもの」と定義している。

また、総務省による「日本標準産業分類」によれば、「老人福祉・介護事業」は以下に分類されることになっている。

  • 特別養護老人ホーム
  • 介護老人保健施設
  • 通所・短期入所介護事業
  • 訪問介護事業
  • 認知症老人グループホーム
  • 有料老人ホーム
  • その他の老人福祉・介護事業

有料老人ホームの種類3つ

有料老人ホームは、以下の3つの類型に分けられる。

  • 介護付き有料老人ホーム …自治体から介護保険サービスの事業者指定を受けている
  • 住宅型有料老人ホーム …自治体から指定は受けていないが、食事や生活支援などのサービスを提供する
  • 健康型有料老人ホーム …「住宅型」と同様のサービスを提供するが、要介護認定を受けた人は入居できない

また有料老人ホームの他に、高齢者住まい法第5条で規定される「サービス付き高齢者向け住宅」がある。

介護業界の基本情報

介護業界の基本情報を見ていこう。

事業特性

介護業界の事業特性としてまず挙げられるのは、規制産業であることだ。有料老人ホームの設置には都道府県などへの届出が老人福祉法により義務付けられている。介護付き有料老人ホームなら、介護保険法による指定基準を満たし、都道府県などから指定を受けなければならない。

設備産業であることも、介護業界の事業特性の一つだ。施設や設備の内容は都道府県により定められた基準を満たす必要がある。したがって、自己所有物件であれば土地・建物に対する設備投資が先行し、それを一定期間で回収していかなければならない。

設備投資のための多額の借入金を返済し、安定した収益を上げるためには、施設の規模をある程度大きくする必要があり、そのためには相応の人数の介護職員を雇用しなければならない。しかし、介護職員の人材不足が常態化しているため、この点を解決できるかどうかが介護業界の経営課題となっている。

市場環境

有料老人ホームの施設数・在所者数は下のグラフのとおり、どちらも右肩上がりで増加している。

65歳以上の高齢者は、2042年のピークに達するまで増加していくと見込まれている。したがって、増加するニーズに応えるため、引き続き介護施設や住宅施設の整備が必要だ。

しかし、介護付き有料老人ホームについては総量規制があり、近年は新規開設が難しくなっている。したがって、増加しているのはほとんどが住宅型有料老人ホームだ。

高齢者向け住宅をさらに拡充していくために、2011年に創設されたサービス付き高齢者向け住宅は、柔軟なサービス設計ができるため、利用者が増加している。

介護業界のM&A動向

ここからは、介護業界のM&A動向を見ていこう。

日本企業全体と介護業界のM&A件数の推移

日本企業のM&Aは下のグラフのとおり、リーマンショックや東日本大震災の影響で一時落ち込んだものの、近年では増加の一途をたどっている。

【日本企業のM&A件数の推移】

同様に、介護業界のM&A件数も増加している。下のグラフは、M&A件数のデータから「介護」「老人ホーム」「高齢者」などのキーワードで抽出したものである。有料老人ホーム運営、訪問介護や通所介護などの介護サービスのほか、介護支援ロボット開発や介護用品製造、介護施設向け食品などの周辺事業も含まれている。

【介護業界のM&A件数の推移】

日本企業のM&A件数の推移と同様に、2010年頃に一時的な落ち込みを見せたが、その後は再び増加していることがわかる。

介護業界のM&A件数が増える背景

介護業界のM&A件数が増加している背景には、売り手と買い手のニーズの合致がある。

既存の介護事業所は零細・中小規模のものが多く、そのほとんどが人手不足の問題を抱えている。後継者問題を抱える事業所も少なくない。有料老人ホームなど介護事業に対するニーズ自体は高まっているため、介護事業をM&Aにより第三者に引き継ぐことができれば、廃業しないで済むケースは多い。

一方、近年は市場のさらなる拡大を期待して介護業界に新規参入したり、介護事業を一層強化したりする事業者が増えている。このような事業者にとっては、既存の介護サービス利用者や職員、サービスのノウハウをそのまま引き継ぐことができれば、収益基盤を早期に安定させることができる。

このように売り手と買い手のニーズが合致することで、介護業界のM&Aが増加していると考えられる。M&Aによって介護事業所の経営基盤が安定すれば、より良いサービスを期待できるため、介護サービス利用者にとっても望ましいだろう。

介護業界M&Aの今後の展望

このように市場が拡大している介護業界で、M&Aは今後どのように活用されていくのだろうか。

・保険外サービスによる質の多様化

まず考えられるのは、保険外サービスが増加することでサービスの質が多様化することである。

2018年度の介護給付金は、約11兆円。しかし、市場の拡大に伴ってこれを無尽蔵に増やしていくことはできない。したがって、保険給付の範囲などを見直すことで、介護給付金の増加を抑える努力が不可欠だ。

保険給付の範囲が見直された場合、一定の層の利用者は保険外サービスを積極的に利用するようになるだろう。介護事業者は保険外サービスを提供し、サービスの質を向上させることが求められるはずだ。

実際、近年は異業種からの参入が増えている。本業との相乗効果で、新たな介護サービスが生み出されることが期待される。

・介護事業所の大規模化

今後は、介護事業所の大規模化も予想される。これまでは零細・中小規模が多かったが、M&Aによって統合・再編され大規模化していけば、スケールメリットにより経営が安定する。すると、サービスの質の向上や職員の処遇改善などが期待できる。介護事業所の大規模化は、政府の方針にもなっている。

介護業界のM&A事例

介護業界の最近のM&A事例を見てみよう。

1. ソニー・ライフケア株式会社によるM&A

ソニー・ライフケア株式会社は、東京・神奈川に有料老人ホームなどの介護事業を展開するゆうあいホールディングスを2017年7月に完全子会社化した。

ソニーファイナンシャルホールディングスは、介護事業を損保事業、生保事業、銀行事業に次ぐ第4の柱と位置づけ、M&Aを続けている。ゆうあいホールディングスの子会社化により、すでに買収したライフケアデザイン株式会社とのツイントップで、介護事業へのさらなる進出を図る見込みだ。

2. 損保ジャパン日本興亜ホールディングスによるM&A

損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社(SOMPOホールディングス)は2016年3月に、「アミーユ」などのサービス付き高齢者向け住宅を展開する株式会社メッセージをM&Aにより子会社化した。

SOMPOホールディングスは同年12月にワタミの介護も買収し、介護業界に本格的に参入した。自社が保有するリスク管理システムやICT技術を活用し、転倒事故などの早期発見、医師との情報共有、介護ロボットによる負担軽減などの独自サービスも展開している

3. 株式会社小僧寿しによるM&A

株式会社小僧寿しは2016年6月に、高齢者のコミュニティサイト「MATCHSTAR」や逆求人サイト「SCOUT ME KAIGO」などを運営し、介護事業者の再生に取り組む株式会社けあらぶをM&Aにより連結子会社化した。

介護サービス利用者に対し、同社の主力事業である寿司のほか、「刻み食」「ミキサー食」「ソフト食」など、サービス利用者の要望を反映した介護食をけあらぶを通じて提供する。

さらに、けあらぶは同年9月に介護サポートサービス株式会社を買収し、サービス付き高齢者向け住宅事業を展開しており、小僧寿し株式会社の介護業界における本格的な事業展開が見込まれている。

介護業界のM&Aは仲介会社に相談しよう

介護業界でM&Aを検討する場合は、M&A仲介会社に相談するのがおすすめだ。M&A仲介会社を選ぶ際のポイントは、以下のとおりだ。

介護業界に詳しい

まず重要なのは、介護業界に詳しいM&A仲介会社を選ぶことだ。業界に詳しいM&A会社であれば、発生しやすいトラブルを未然に防ぎ、関係者が納得しやすい方法でM&Aを進めることができるからだ。

全国の案件情報を持っている

次に重要なのは、全国のM&A案件情報を持っている会社を選ぶことだ。特に地方の場合、自社の周辺エリアだけだと相手企業が見つからないことが多い。全国の案件から探すことで、より自社に合った案件を見つけられる。

料金プランがわかりやすい

M&Aの料金プランは、M&A会社によって異なる。料金プランが複雑だと、費用の総額が高くなってしまうおそれがある。近年は、完全成功報酬制の会社も増えている。料金がどのように発生するか、わかりやすい会社を選ぼう。

M&Aで介護事業を存続させよう

介護業界におけるM&A件数は、増加の一途をたどっている。大手企業が異業種から参入し、零細・中小企業を買収することで、介護事業所の統合・再編が進んでいる状況だ。

人材不足や後継者難で悩んでいても、M&Aで事業所を大手企業に売却できれば、事業を存続することができる。M&A仲介会社に相談しながら、事業存続の選択肢としてM&Aを検討してほしい。(提供:THE OWNER

文・高野俊一(ダリコーポレーション ライター)