個人投資家として活動し、投資関連書籍も数多く出版されているコアプラス・アンド・アーキテクチャーズ株式会社代表取締役の玉川陽介さん。現在、不動産投資を主としている玉川さんは、2020年9月に保有する不動産時価が100億円を上回ったそうだ。資産100億の常勝投資家に社会的責務を重要視する理由を聞いた。(取材・執筆・構成=ZUU online編集長 菅野陽平)
1978年神奈川県生まれ。学習院大学卒。大学在学中に情報処理受託の会社を創業し成長させる。M&Aにより上場会社に同社を売却後は、国内外の株式、債券、デリバティブ、不動産など多様な種類を取引する個人投資家となる。東洋経済、ダイヤモンド、日経新聞などへの寄稿多数、過去に学習院さくらアカデミー講師(金融リテラシ)ほか金融経済、不動産の講演を開催。金融商品分析や不動産投資の書籍は計10万部を超えるロングセラー。 2020年9月、コアプラス・グループの保有する不動産時価が100億円を超え、個人の経営する賃貸業において日本最大級となった。
――保有物件が池袋エリアに集中しているそうですね。
はい、現在32物件を運用していますが、下記画像のように保有物件の7割が池袋周辺です。最初から池袋周辺で増やそうと考えていたわけではなく、初期段階の購入物件が池袋周辺だったため、その時に地域の金融機関と繋がりができました。付き合いが続いていくと信用力が増し、再び融資を受けて池袋周辺の物件を買うというサイクルに繋がります。
また、地域のつながりの中で、新たな地元金融機関を紹介してもらう機会もあります。その地元金融機関からも融資を受けて池袋周辺の物件を買う、という繰り返しを経て、現在の池袋エリア集中の物件ポートフォリオになったのです。
地域金融機関から融資を受けるということは、地域の人たちの預金を間接的に運用しているということ
――資産100億円という節目を突破しましたが、今後の展開はどのようにお考えでしょうか?
当社の保有資産は時価100億円となりましたが、金額の大きさには執着していません。今後は、「次の10年も地域とともに、地域金融機関とともに」という理念のもと、地元との連携を強めていきたいと考えています。当社の保有物件の8割は住居系であり、大家業は言い換えると住居提供ビジネスですから、安心安全な住環境を地域に提供し続ける義務があり、おのずと地域社会と共存共栄を目指すことになります。
また、当社に融資しているのは信用金庫など地元の金融機関です。ということは、地元の金融機関にお金を預けた地域の人たちから間接的に資金を託されているとも言えます。地域の人たちの預金100億円を間接的に運用しているわけですから、社会的な責任や地域への還元を考えなければいけません。
当社にとって、保有物件を借りてくれる入居者やテナントの人は当然にお客様です。その一方、保有物件を購入するために融資をしてくれた地域の金融機関も当社にとってお客様です。当社は年間1億円を超える貸出金利払いを地域金融機関に支払っていますが、そのような利回りの提供はもちろん、地域の金融機関が求める「社会的な責任への期待」にも応える必要があります。
地域の金融機関の融資基準は、収益のみならず、「この人に融資すれば、この地域社会にとってプラスの効果があるだろう」という判断も含まれます。そのため、誰にでも貸すわけではなく、その期待を果たせると判断した人に貸します。ですので、当社はこの期待にしっかり応えないといけません。
一方、金融機関も当社も営利企業です。収益を上げることは事業や地域経済の継続性担保にもつながり重要です。しかし、融資で得た資金で好き勝手をして良いわけでもありません。例えば、不動産の転売には社会的な意義はないとされています。仮に利益が出るとしても、地域の金融機関から託された資金で、転売業をすべきではありません。利益追求のなかであっても、地域との約束という大前提は守られなければいけません。
ESG経営で、次の10年も地域とともに、地域金融機関とともに
――具体的に、どのような取り組みをされていらっしゃるのですか。
まずは安心安全な住環境を地域に提供することが重要です。多くの物件は、長い間メンテナンスのコストをかけずに放置されているので、ひどく荒れています。このような物件を再生して地域に提供することが、住居インフラを提供している当社の責務です。子育てしやすい家を提供して地域の子育て世帯を支援したり、受け入れ先の少ない単身の高齢者や障害者が安心して住める物件を増やしたりすることも当社に期待されていることです。
ハード面で言えば、インターホン、防犯カメラ、オートロック、食洗機置き場、ドラム式洗濯機置き場、宅配ロッカー、ゴミ収集ボックス、無料インターネットなど現代の住生活に必要と思われる設備がない物件は、コストをかけて新規設置しています。
居住者の生活利便性向上のための投資は欠かせません。見栄えの良くない廊下は統一感のあるデザインで色を塗り直します。給水管が古くて水質に不安があれば、壊れる前でも刷新します。築古の低賃料物件でも、安心安全な水が使えることが「ジャパンクオリティ」だと思っています。
これは、おまけ的な要素ですが、30年前の部屋に設置されて現在は使われていない天井埋め込み型のスピーカーを改造してBluetooth化したこともあります。入居者はスマホ端末で再生した音楽を天井スピーカーから楽しめるようになりました。当社がひと手間をかけることにより、昭和の遺物として放棄された設備に再び活躍の機会を与えることは、社会資源の効率的な再活用にもつながる面白い試みだと思っています。
このような取り組みは、一時的なコスト増にはなりますが、入居者の満足度も向上しますし、長く住んでもらえば当社としてもありがたいことです。このような小さな最適化の積み重ねが功を奏して、空室で困ったことはありませんし、住環境の問題で退去するケースもほとんどありません。
また、駐輪場不足が問題になっているエリアに自転車置き場を作り、地域住民に使ってもらっています。新型コロナウイルスの影響を受けている店舗に対して賃料の減免に応じたり、生活困窮者からの相談にも前向きに応じたりしています。
――常勝投資家なので、常にマーケットから貪欲にアルファを取っているのかと思いきや、社会的責務を果たすことを重視されているのですね。
前述のように、地域の金融機関から融資を受けるということは、地域の人々の預金を間接的に預かって運用しているということなので、その社会的責務を果たす必要があります。地域の繁栄を度外視したハゲタカファンドのような徹底的な利益追求は、当社の目指す姿ではありません。当社の創業時は「すべての人に金融リテラシを」という個人投資家寄りのテーマに注目していましたが、近年は「次の10年も地域とともに、地域金融機関とともに」というテーマを追加しています。
いま意識しているのは、高齢の地主さんたちが保有する物件を、令和の現代でも「住みたい物件」に蘇らせることです。戦後世代のオーナーは、高齢のため管理能力が十分ではなく、修繕に思い切った資金投下ができていない状況です。この状態を放置しておくと、物件が荒れて、街全体の活気が失われていまいます。
このような考えのもと、築古でも築浅と同等に快適な住環境を提供することを常に考えており、実は、当社の保有物件の中でも、昭和40年代に建ったリノベーション物件が一番人気です。築古物件は、新築時の設計図からそれを作った建築士の思いを読み取り、当時の設計思想を現代化するようなアレンジを加えていきます。
ESG(環境・社会・企業統治)という言葉が広く一般的になりました。不動産業は、環境や地域社会と最も深くつながっている事業のひとつだと思います。それに加えて、地域の金融機関から融資を受け、地域の人々の預金100億円を間接的に預かって運用しているわけです。当然、会計と財務の透明性など統治面でも相応の責任が求められます。経済的に利益をあげるだけでなく、地域との約束を果たし、地域金融機関から託された思いを意識しながら事業を前に進めていきたいと考えています。