本記事は、ジェラルド・C・ケイン氏、アン・グエン・フィリップス氏、ジョナサン・R・コパルスキー氏、ガース・R・アンドラス氏の著書『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』(NTT出版)の中から一部を抜粋・編集しています

デジタルリーダーは構想の事業価値にフォーカスし適切に投資する

米中デジタル戦争,Society5.0
(画像=PIXTA)

デジタルディスラプションでも変わらないリーダーシップの重要な特徴の1つは、デジタル構想の価値にフォーカスすることの重要性である。この教訓は言わずもがなだと思われるかもしれない。だが、リーダーはテクノロジーの側面に集中するあまり、そもそもなぜそれに取り組んでいるのか──つまり、自分たちの会社のやり方を改善するためだということを忘れてしまう。

テクノロジーは、デジタルトランスフォーメーションの目的のほんの一部にすぎない。デジタルトランスフォーメーションの目的となるのは、そしてさらに重要なことは、新しいテクノロジーを用いて、新しいビジネス戦略、あるいはより効果的なビジネス戦略を実現させることだ。そうしたテクノロジーに投資するのはいったいなぜか、どんなビジネスの目的にそれが役立つのか明言できないのに、モバイルに、アナリティクスに、人工知能(AI)に、その他新たなテクノロジーに関わる必要があると、リーダーたちは思いがちだ。

デジタル構想の価値を理解することは、組織に見込まれる価値を確認するための実験を妨げるものではない。研究開発は実際、デジタル環境での成功を可能にする重要な要因である。ともあれ、それが学習用のパイロット版を意図したものであったとしても、なぜその構想に着手したのか、そのための事業目標は何か、必ず心得ておくようにはしなくてはいけない。

この場合当然ながら、構想を成功させるためには十分な投資をすることを忘れてはいけない。驚いたことに、リーダーたちは、財政支援やリソースを適切に投入しなくてもプロジェクトがうまくいくと思いがちである。わたしたちは調査でこの傾向を裏づける明確な証拠を見つけた。調査対象者に、彼らのデジタル構想は一般的に成功しているかどうかと質問した(図6-2)。

当然かもしれないが、適切な投資が成功の主な要因であることが、調査からわかった。デジタル構想に適切な投資が行われているとした回答者の75パーセントは、その構想が成功したと答えた。対照的に、会社は時間やエネルギー、リソースを十分に投入していないと答えた人のうち、その構想が成功したと答えたのは、34パーセントしかいなかった。

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(画像=『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』より)

投資には、適切になものに投資することも含まれる。システムが実行され機能した時点で投資が完了すると考えるふしが、リーダーにはある。一方で経営学者は、テクノロジーの導入は、そのツールの利用者の仕事のやり方もともに変えることを、以前より認識していた。

わたしたちが本書で主張するように、デジタルトランスフォーメーションが本質的に人と組織に関する問題ならば、デジタルトランスフォーメーションへの本当の投資に、テクノロジーが占めるのはほんの一部である。人間が新しいテクノロジーを使えるようになるのにも、組織が仕事とコミュニケーションのプロセスに適応するのにも、時間がかかるものだ。

憂慮すべきことに、適切に投資しているリーダーと企業、そうでないリーダーと企業との間のギャップは、広がり続けているようだ(図6-3)。企業がデジタル構想に十分に投資していないとした回答者は、その企業が近い将来に投資を増やすことはなかった。対照的に、すでに十分に投資しているとした回答者は、企業が投資を増やす可能性が高い。

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(画像=『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』より)

デジタルリーダーは最前線で指揮する

経営陣の支援も、デジタル成熟度の重要なカギとなる。新しいテクノロジーの調達や構築に直接関わっていないリーダーは、自分たちを“デジタル”リーダーではないとみなす傾向にある。だが企業がデジタル事業に大いに力を入れるとき、すべてのリーダーはデジタルリーダーにならねばならない。テクノロジーの導入に直接関わっているにしてもいないにしても、デジタル構想の価値を理解していなくてはならない。また組織のその他の側面も目標達成のために足並みをそろえる必要がある。

企業幹部がデジタル事業の責任を技術者に一任しているならば、ほぼ間違いなく失敗する。経営陣のデジタル事業構想への関与と直接の支援は、その事業が重要だというメッセージを企業に伝える。さらに、組織のその他の側面をこうした目標に一致させられる。デジタル戦略を率いるために必要なビジョンがリーダーにあるとした回答者のうち、72パーセントは構想が成功していると答えた。

これに対し、リーダーはビジョンに欠けているとした回答者の22パーセントしか、構想が成功していると答えた者はいなかった。幸い、デジタル事業の取り組みを効果的に率いるために必要なリーダーシップの経験と戦略的知見を技術者に授けることに比べれば、デジタル事業について知るべきことを幹部に教えるほうが、はるかに容易である。

デジタルリーダーは社員が成功するために必要な力を身につけさせる

これは、常に変わらない優れたリーダーシップの3つ目の側面となる。社員が成功できるように、リーダーは社員に力をつけさせなくてはならない。だがデジタル構想は、トップが強力な指令を下したからといって成功できるようなものではない。企業が新しいテクノロジーを導入したのだから、社員は新しいプロセスに取り組むようになると期待するなら、あなたは失望することになる。

社員は取り組まない。一般的に、既存の仕事の責任に当てはめて、臨機応変に新しい働き方を見つける時間やノウハウが、社員にはない。リーダーは社員に成功の機会を与えなくてはならない。この対比は、前述した投資よりも際立っているが、ビジョンに関する隔たりと似ている。

デジタル環境で成功するためのリソースと機会を組織が提供するとした回答者の72パーセントが、組織のデジタル構想は成功したと答えた。ところが、組織は機会とリソースを提供しないとした回答者のうち、デジタル構想が成功したと答えたのは、24パーセントしかいなかった。

このような機会にはさまざまな形が考えられるだろう。テクノロジーに関わり、それをプロセスに効果的に結びつけられるように、社員は適切な研修を受けるべきである。従来のクラス形式の研修である必要はない。社員の学習にふさわしいリソースを、オンラインで確実に入手できるようにする(そして、それを社員に確実に知らせる)だけでいいかもしれない。

また、同僚から別のやり方を学べるように、社員の他部署への異動を増やすという方法もある。新しいテクノロジーに適応するための時間と空間を社員に与えるべきだろう。社員は、安全で慣れ親しんだ既存の方法に固執する傾向が強い。仕事の新しいやり方を模索し学ぶためには、十分な時間と認知資源が必要になる。

デジタルリーダーシップは魔法ではない

SF作家アーサー・C・クラークは、高度な先端技術は魔法と見分けがつかないと語った。同じことがテクノロジーにも言える。その背後にある基本原則を単に理解できないために、多くのリーダーが、テクノロジーを高度な魔法のようなもの(あるいは詐欺)とみなす。ところが、どのように魔法が行われているのかカーテンの陰をのぞいてみると、リーダーが以前から使っていた、昔と同じ古いノブとレバーを何人かで引いているようすが目に入る。

確かに、そのノブとレバーは少々違って見えるし、それを動かしたときの効果にはなじみがないかもしれないが、デジタルリーダーシップが根本的に異なるわけではない。いくらか新しい環境にあるとはいえ、デジタルリーダーシップはデジタルリーダーシップだ。その原則は魔法ではないし、有能なリーダーなら、理解するのはさほど難しくない。

DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略
ジェラルド・C・ケイン(Gerald C. Kane)
ハーバードビジネススクール客員研究員。『MITスローンマネジメントレビュー』誌のデジタルリーダーシップのゲスト編集者、『MISクォータリー』誌上級編集者。世界中の大学生、大学院生、エグゼクティブに、企業がデジタルディスラプションにいかに対処するべきか教えている。
アン・グエン・フィリップス(Anh Nguyen Phillips)
組織のリーダーシップ、人材、文化へのデジタルテクノロジーの影響の研究者。デロイトコンサルティングLLPでビジネスチームとテクノロジーチームを10年以上率いた後、独立。
ジョナサン・R・コパルスキー(Jonathan R. Copulsky)
ブランド、マーケティング戦略、コンテンツマーケティング、マーケティングテクノロジーなどで35年以上の実績をもつマーケティング理論家、成長戦略家。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院などで教鞭もとる。
ガース・R・アンドラス(Garth R. Andrus)
デロイトコンサルティングLLPプリンシパル。デロイトコンサルティング取締役会メンバー。「デジタルDNAサービス」を主導。企業がデジタル時代に効率的に仕事を組織し、運営し、行動することを支援している。

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