本記事は、ジェラルド・C・ケイン氏、アン・グエン・フィリップス氏、ジョナサン・R・コパルスキー氏、ガース・R・アンドラス氏の著書『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』(NTT出版)の中から一部を抜粋・編集しています

ディスラプションはここにある、ただ均等に行き渡っていないだけだ

知識ゼロから始める!中小企業のデジタル化支援
(画像=PIXTA)

SF作家のウィリアム・ギブスンは、「未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡っていないだけだ」と発言したとされる。同様に、デジタルディスラプションが起きていると誰もが知っているが、業界全体に均等に行き渡っていないのが現状だ。図1-4は、わたしたちの調査の主な回答結果を業界別に分けたものだ。この質問の趣旨についてはのちほど取り上げるが、回答のパターンは参考になるので見てみよう。わたしたちは、いくつかの質問に対する回答がデジタル成熟度と重要な相関関係にあると気づき、これにより業界を順位づけした。

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(画像=『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』より)

デジタル成熟度に関しては、“予想通り”の分野が明らかに上位を占めていることが見て取れる。テクノロジー、電気通信、メディアの分野だ。一方で、どの業界も明確な敗者になっていないことがわかり、少々驚かされた。すべての質問で下位5位になった業界は1つもない。

たとえば、建設と不動産は──デジタルによりプロセスや人材雇用、ビジネスモデルが変革された組織として定義される──デジタル成熟度では、下位を占めるが、パートナーと社員とともに仕事を改善したことによりデジタルの利益を獲得した業界としては、上位5位に入っている。この分野の企業はまた、事業変革を重視したデジタル戦略開発においては遅れている。消費財会社は、デジタル成熟度の領域では真ん中に位置しているが、デジタル技術によって社員間の仕事がしやすくなったとはとても言えない。

この結果からわかるのは、特定の業界が明らかに上位に立ち、ほかの業界の刺激となるお手本の役割を果たしているが、どの業界にも希望はある、ということだ。企業をデジタルの未来へ連れて行くための足場となる強みは、おそらくどの業界にもある。

適応するのに年をとりすぎているということはない──個人でも組織でも

デジタルディスラプションに対する取り組みの中心が学習と適応ならば、長年にわたり同じ方法で物事に当たってきた、年季が入った企業(や個人)にとってはどんな意味があるのだろうか?「年をとった犬に新しい芸は教えられない」という古い格言があるように、人(それに組織)は年を重ねるにつれて考え方が固まり、同じやり方に固執するようになることが知られている。実際、それ以外の知的能力があっても大人は新しい言語の習得に苦労するのに、子どもがやすやすと言語を習得するのには驚かされる。

デジタルロールモデルとみなされることの多い、スタートアップを見てみよう。地位を確立した大手企業よりも敏捷で、学習と適応のスピードが速いというイメージが、スタートアップにはある。また革新的で創造的だともみられている。子どもと同じように、スタートアップの組織中枢部には柔軟性があり、きわめて高い学習能力がある。

だが組織というものは、時間がたつにつれ、大人の学習を妨げる化学抑制剤のようなものを生み出す傾向がある。それどころか、行動を起こすとき、物事をやり遂げるとき、すでに知っていること(そして過去に成功へと導いたこと)にフォーカスする傾向がある。

学習や成長、イノベーションよりも生産性や効率性に集中しがちになる。創業から時間がたち、安定を得た組織にとってカギとなるのは、組織の学習を妨げる抑制剤を見つけ出しそれに対処すること、そして学習の文化と成長のマインドセットを組織で培うことである。

●コラム ジョン・ハンコックのデジタルトランスフォーメーション

デジタルの世界に適応するために必要な変化を起こし始めた大手老舗企業の好例としては、金融サービス会社のジョン・ハンコックが挙げられる。同社の上層部は、21世紀に向けて事業と組織を刷新する必要があり、デジタルの世界で競争を勝ち抜く必要があることに気づいていた。

上級副社長兼最高マーケティング責任者(CMO)のバーバラ・グースは、革新的で起業家精神にあふれ、すばやく動ける組織にしたい、自由裁量を認め、協力的にしたいと考えた。そのために彼女はまず、その変革事業を任せた担当者たちに、レガシー企業によく見られる昔ながらの官僚的構造から抜け出して仕事をする自由を与える必要があった。

グースによれば、「革新的(イノベーティブ)になれるように、速く前に進めるように、会社の軛から何らかの方法で自由になるために」、イノベーションチームを切り離し、守る必要があった。

デジタルトランスフォーメーションは、単にトップダウンで変化を命じてできるものではない。むしろ、既存の社員が異なる考え方や働き方をして、ボトムアップで変化を促す状況を作り出すことが必要になる。デジタル戦略担当副社長のリンジー・サットンは次のように語る。

「結局のところ、人材に関することが非常に大きい。人材はスキルと姿勢の2つから成る。……それが、来たる時代に向けて、組織を推進するために必要なことだ。姿勢についてはときに忘れがちになる」。

適切な姿勢を保つことで、デジタルビジネスの中心にある動きの速い不明瞭な状況で仕事をし、学習するために必要なスキルを磨くことができる。「そのメンタリティをもつ人はいたるところにいる。なかには、そうなれると思い出させるだけでいい人もいる」。

競争環境の変化を目の当たりにしているハンコックの幹部たちは、デジタルの世界で競うために新しい能力を開発しようとしている。社員の仕事や思考や学習法を、作り変えようとしている。だが、業績が好調なときに、安定した大手企業が変化の必要性を推進することは難しいだろう。

「会社は従来のやり方で万事順調だと誰もが思っているときに、変化を促すのは難しい」とグースは言う。「将来に目を向ければ、世界と顧客のニーズが変化するだろうことは誰もがわかる。まったく異なる場所にできるだけ速く到達するためには、進化と大変革を経験する必要がある。しかし、大企業でそれを迅速に行うことは難しい」。

DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略
ジェラルド・C・ケイン(Gerald C. Kane)
ハーバードビジネススクール客員研究員。『MITスローンマネジメントレビュー』誌のデジタルリーダーシップのゲスト編集者、『MISクォータリー』誌上級編集者。世界中の大学生、大学院生、エグゼクティブに、企業がデジタルディスラプションにいかに対処するべきか教えている。
アン・グエン・フィリップス(Anh Nguyen Phillips)
組織のリーダーシップ、人材、文化へのデジタルテクノロジーの影響の研究者。デロイトコンサルティングLLPでビジネスチームとテクノロジーチームを10年以上率いた後、独立。
ジョナサン・R・コパルスキー(Jonathan R. Copulsky)
ブランド、マーケティング戦略、コンテンツマーケティング、マーケティングテクノロジーなどで35年以上の実績をもつマーケティング理論家、成長戦略家。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院などで教鞭もとる。
ガース・R・アンドラス(Garth R. Andrus)
デロイトコンサルティングLLPプリンシパル。デロイトコンサルティング取締役会メンバー。「デジタルDNAサービス」を主導。企業がデジタル時代に効率的に仕事を組織し、運営し、行動することを支援している。

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