本記事は、ジェラルド・C・ケイン氏、アン・グエン・フィリップス氏、ジョナサン・R・コパルスキー氏、ガース・R・アンドラス氏の著書『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』(NTT出版)の中から一部を抜粋・編集しています

長期的戦略思考のための思考訓練──自動運転車

自動運転,自動車保険の補償
(画像=PIXTA)

思考訓練(exercise)をすると、デジタルトレンドの長期的戦略計画を立てることの有効性がよくわかる。この長期のタイムフレームをどのように、なぜ採用するのかを示す好例として、自動運転車(自律走行車)の市場が挙げられる。これは、今後10年ほどの間に主流になる可能性が高く、自動車以外にも、損害保険から医療、不動産にいたるまで、幅広い産業に戦略的影響を与える。

自動運転車が厳密にいつ、どのように主流になるのか、正しく予測することは難しいかもしれない。だが、今後10年から20年の間にはこのような未来が現実のものになる、とは言えるだろう。自動運転車がいたるところで走るようになれば、多様な産業に影響を及ぼすことになる。

1.自動車ディーラー──自動運転車の普及で、自動車ディーラーは重大な影響を受けるはずだ。自動車が自ら運転できるなら、所有者がハンドルを握るのを待つ必要がない。オンデマンドで配車して客を乗せる、ウーバーのようなサービスにも利用できるだろう。個人は必ずしも自動運転車を所有する必要はない。それでも、資本要件の管理と自動車修理という既存の能力のおかげで、ディーラーは地域の自動運転車のネットワークを維持・運営する、中心的存在として位置づけられるだろう。このような変化によって、ディーラーには販売から運営へと、戦略と能力の大きな転換が求められる。

2.自動車メーカー──自動車産業が個人向けに量産販売しなくなれば、車の設計も変わる。設計は、顧客の好みよりも実用性の重視に移行する可能性がある。そうなった場合、個人や家族、その荷物を乗せるのに最適な設計ではなくなるかもしれない。1人用の車、大量輸送にカスタマイズ可能な大型車、運搬用の小型車などが大々的に開発されることが予想される。

3.自動車保険──リバティ・ミューチュアルのような保険会社にとって、自動車保険は事業のかなりの部分を占める。自動運転車は、保険の必要性を変化させるだけではなく(たとえば自動運転車の場合、事故発生率は減少するかもしれない)、誰が保険を必要とするかについても変えることになる(たとえば、事故の責任は技術製作者にあるとされるかもしれない)。リバティ・ミューチュアルをはじめとする自動車保険会社の多くは、新しく現れたこの破壊をすでに認識しており、イノベーションに投資すると同時に、様変わりした未来の市場に備えて、異なる経営モデルに投資を始めている。

4.政府──自動運転車への移行は行政サービスに影響を与える。自動運転車はセンサーでデータを収集できるので、このデータがクラウドにアップロードされ、経路の決定と交通の流れを最適化するため車に戻される。これは公共交通機関への依存に一石を投じるかもしれない。自動運転車をオンデマンドで利用できるのに、バスや電車を待つ必要があるだろうか?プラットフォームは需要パターンのデータを利用して、人気のルートで自動運転車に乗車できるようにする。これはまさにウーバー・エクスプレス・プールがめざしていることだ。経路や速度、目的を車同士が直接意思疎通できる世界では、交通標識の必要性は少なく、多様な種類の交通管理システムが必要になるかもしれない。

5.小売業と飲食業──小売店は輸送のインフラとして自動運転車を利用するようになるかもしれない。レストランのデリバリー注文を扱うオロという会社は、最近自社のディスパッチ・プラットフォームを拡大し、レストランとウーバーのソフトウェアを統合して、オンデマンドの配達ドライバーを実現させた。このソフトウェアはまた、食事の質を最適化するために、配達範囲や調理スケジュール、料金をデリバリーシステムによって調整できる。このような状況になれば、自動運転車はあらゆるビジネスで利用できるようになるし、店の設計や配置にも影響を与えることになる。オロは最近アマゾンと提携して、このようなサービスを提供している。

6.不動産──自動運転車は不動産の評価にも影響を与えるだろう。多くの都市部は、状況によっては駐車がアクセスの妨げにならなくなるので、ますます価値が上昇する可能性がある。都市部の駐車場はこれまでよりも有益に利用される。逆に、交通が減少し、通勤時間を運転以外の作業にあてられるので、郊外の価値も上がるかもしれない。こうした変化は、企業のオフィスの選択肢に影響を与える。

さらに列挙することもできるが、要点はわかってもらえたと思う。自動運転車導入による戦略的影響は大きく、複数の産業に及ぶだろう。このようなトレンドが実際に訪れるのだろうか?確かなことは誰にもわからないが、前述した内容のいくつかは、またそれ以外のことでも、起きる可能性は高いように思われる。

だが、この思考訓練から疑問が浮かび上がる。自動運転車(または他のテクノロジー)が会社のビジネスモデルをめぐる競争環境をどのように再編するかについて、あなたの会社は同様の思考訓練を行っているだろうか?前述した思考訓練は、単に1つのテクノロジーが一般社会にもたらしうる影響をいくつか示したにすぎない。

このような影響とは違う形で、自動運転車はあなたの産業に影響を与えるかもしれない。その他のテクノロジーの場合も──大きなものを挙げれば、3Dプリンター、AR、VR、IoT、ブロックチェーン、AIなど──同じような影響は避けられないし、あなたのビジネスにさらに大きな影響を与えるかもしれないのだ。こうした戦略的不確実性に直面したとき、マネジャーはどうすべきだろうか?

産業をリバースエンジニアリングする

もう1つの生産的アプローチは、多様なテクノロジーのトレンドがあなたの業界をどのように再編しそうか、とことん考えることだ。このアプローチの長所は、最近わたしたちが出席したヘルスケアIT会議で明らかになった。ほかのプレゼンターたちは、最新の電子医療記録(EMRつまり電子カルテ)の導入を踏まえた次段階への推進策を考えていた。

これに対し、わたしたちは参加者に、今後10年ほどの間にこの業界に起きる情報技術の影響に関して、前述したような思考訓練を行うように勧めた。彼らがEMRを業界に普及させる頃までに、医療業界は様変わりする可能性が高いことが、すぐに明白になった。非構造化データとAIによって、彼らが取り組んでいるEMRシステムは、それが完成する頃には時代遅れになっているかもしれないのだ。

ITインフラは非常に高額なので、大勢の医師が必要だと言う参加者もいた。しかし、ブロックチェーン技術なら、データを組織全体に流すことが可能であり、組織の間で一貫した治療が可能になる。よって、大勢の医者がデータ管理と一貫した治療提供をする必要は、なくなるかもしれないのだ。

その医療ワークショップの参加者たちは──みな頭が良く献身的で、洗練された人たちだ──組織を現在のデジタルインフラに適合させようとして、戦略的思考で間違いを犯していたのだ。彼らが現在の環境への適応を終えた頃、彼らが適応していたデジタル環境はまったく違ったものになっているとは、考えなかったのだ。

アメフトのクォーターバックやサッカー選手、ホッケー選手、スキート射撃選手はみな、標的を倒したいなら、動く標的に先んじる必要があることを知っている──標的が現在いるところではなく、標的がこれから動く場所を狙うのだ。プロのアイスホッケー選手ウェイン・グレツキーの本質を突いた発言は、よく取り上げられる。

「わたしはパックがある場所ではなく、パックがこれから行くところに向かって滑る」。また、「ショットを打たなければ100パーセント外れる」とも。グレツキーと同様に、デジタルに成熟した企業は、テクノロジーを動く標的だと認識しており、自らの組織を未来のインフラに適応させるようになる。

DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略
ジェラルド・C・ケイン(Gerald C. Kane)
ハーバードビジネススクール客員研究員。『MITスローンマネジメントレビュー』誌のデジタルリーダーシップのゲスト編集者、『MISクォータリー』誌上級編集者。世界中の大学生、大学院生、エグゼクティブに、企業がデジタルディスラプションにいかに対処するべきか教えている。
アン・グエン・フィリップス(Anh Nguyen Phillips)
組織のリーダーシップ、人材、文化へのデジタルテクノロジーの影響の研究者。デロイトコンサルティングLLPでビジネスチームとテクノロジーチームを10年以上率いた後、独立。
ジョナサン・R・コパルスキー(Jonathan R. Copulsky)
ブランド、マーケティング戦略、コンテンツマーケティング、マーケティングテクノロジーなどで35年以上の実績をもつマーケティング理論家、成長戦略家。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院などで教鞭もとる。
ガース・R・アンドラス(Garth R. Andrus)
デロイトコンサルティングLLPプリンシパル。デロイトコンサルティング取締役会メンバー。「デジタルDNAサービス」を主導。企業がデジタル時代に効率的に仕事を組織し、運営し、行動することを支援している。

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