本記事は、ジェラルド・C・ケイン氏、アン・グエン・フィリップス氏、ジョナサン・R・コパルスキー氏、ガース・R・アンドラス氏の著書『DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略』(NTT出版)の中から一部を抜粋・編集しています
リーダーシップの基本(fundamentals)
リーダーシップに関する書籍は、スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』(キングベアー出版)から、ジョン・C・マクスウェルの『リーダーシップ人間力の鉄則──部下の心に火をつける21の資質』(ダイヤモンド社)まで、数多く世に出されている。すでに利用できる豊富な文献やリソースに、わたしたちが取って代わろうとしているわけではない。ただ、今の時代にとくに重要なリーダーシップの中心的能力についてお伝えできると思う。そのうちのいくつかについては、本章と本書のほかのところで詳細に取り上げる。
・方向性──ビジョンと目的を授ける。ビジョンを抱き方向性を定めることは、いつの時代もリーダーシップの基本である。だがデジタル環境において、この能力は新たな意味を帯びる。わたしたちの研究では、これがリーダーシップでもっとも重要なスキルとして挙げられている。現代のビジネス環境は不確実性と未知の可能性に直面しており、リーダーは組織について、長期・短期の展望が備わった変革ビジョンをもたなくてはいけない。
・ビジネスの判断──不確実な状況で意思決定を行う。いつの時代でも、リーダーは健全な経営判断を示して、商業的見識と知恵を証明する必要がある。ますますデジタル化が進む環境では、これまで以上にすばやく決定を下し、不完全もしくは不確実な情報しかないまま、決定を下さなくてはならないことが多い。リーダーはもはや、投資利益率(ROI)の分析や早期のパフォーマンス測定を待っていられないかもしれない。
・実行──異なる考え方をするように力づける。どんな時代でも、リーダーは他人が結果を出すことを当てにするしかない。デジタル環境で効果的に結果を出すためには、リーダーは部下に対して、より創造的に考え、協力して仕事に取り組み、起業家のマインドセットに順応し、自らリーダーになるようにと力づけなくてはならない。
・人の気持ちをかき立てるリーダーシップ──人がついてくるリーダーになる。デジタルトランスフォーメーションやデジタルの成熟は、大きな変化である。ほかの人たちを導いて変化と不確実性を切り抜け、ビジョンを支えるためには、リーダーは人の気持ちをかき立てなくてはならない。強いられてついてくるのではなく、ついていきたいと思わせなくてはいけない。
・イノベーション──実験する状況を作り出す。競争を望む組織にとってイノベーションは重要である。しかしイノベーションには、実験や継続的学習、それに──何よりも──リスクを冒すことが求められる。ほかの章で後述するが、失敗を恐れることは、多くの組織において実験とイノベーションの大きな妨げになる。リーダーはこの障害を克服し、心から実験したいと思わせる環境を生み出さなくてはいけない。
・人材育成──継続的な自己能力の開発を支援する。人材開発は、いつの時代でもリーダーシップの中心となる特質である。能力育成のために継続的学習が欠かせない環境では、リーダーは自己能力の開発を認め、実現できるようにしなくてはならない。これには、新たな挑戦の機会を社員に与えること、組織の外部での自主学習を支援することが含まれる(第8章と9章を参照のこと)。
・影響力──ステークホルダーを納得させ影響を及ぼす。組織図に実線で示された階層構造はやがてなくなるだろう。それどころか、組織はピアツーピアのネットワークに見えるようになる。1人の支配者による権力はほとんど存在しない。むしろ、影響力と説得力が支援を築き、物事を達成するためのカギとなる。
・コラボレーション──境界を越えてコラボレーションさせる。コラボレーションはデジタル成熟度の高い組織の中核をなす特質である。組織の内部では、部門の垣根を取り払い、クロスファンクショナルチームを増やすことによって、外部ではパートナーシップを拡大し、組織の境界を曖昧にすることによって、リーダーはコラボレーションを促進し実現させなくてはならない。
デジタルリーダーシップの性質を理解するときに犯す間違いを診断する
遺伝子型と表現型を用いた遺伝学のたとえは、デジタルリーダーシップについてリーダーが犯しやすい、次の3つの間違いを明確にするために役立つ。
1.成功するリーダーシップの遺伝子型はデジタル環境では根本的に変化する、優れたリーダーシップの中核はデジタル時代に直面する課題とデジタル機能のせいで以前と大きく異なる、と多くのリーダーが誤解していることだ。この誤解のせいで、リーダーたちは実証済みのリーダーシップの多くの教訓と経験をないがしろにし、それとはまったく異なるやり方で試そうとする。異なる環境で形成されたというだけで、これまでのキャリアで磨いたリーダーシップの有益な素質をないがしろにすれば、優れたリーダーでも誤った判断を下す恐れがある。
2.これは1つ目の間違いの反対で、優れたリーダーシップの表現型はデジタル環境でも変わらないと、リーダーが考えることである。優れたリーダーシップはやはり優れたリーダーシップのままだとはいえ、まったく新しい環境では、必然的に異なる形になるはずだ。カーボン紙やタイプライター、加算器がもう現代のオフィスで使われないように、ドットコム時代に構築されたリーダーシップのアプローチは、更新する必要がある。
3.多くのリーダーが、デジタル環境を利用してリーダーシップを示すという形式を、デジタル環境における優れたリーダーシップの表現型が発現されたものだと、勘違いすることだ。デジタルに物事を行うことが、自動的に人を有能なリーダーにするのではない。たとえば、デジタル環境で有効なコミュニケーションにはデジタルプラットフォームの利用が含まれるかもしれないが、こうしたプラットフォームを利用するだけで自動的に良質のコミュニケーションがとれるわけではない。それどころか、こうしたプラットフォームはあらゆる種類の情報伝達を容易にするので、優れたリーダーシップのみならず、お粗末なリーダーシップも増幅しかねないのだ。
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