ハンバーガーがヘルシーに大変身~年商4000億円の黒子企業
「カップヌードル」の長年の謎だったのが中に入っている肉。「実は大豆が使われています」と日清が明かし、世をざわつかせた。その大豆が日本の食卓に革命を起こそうとしている。
埼玉・さいたま市の西嶋和奈さんは毎週、生協の宅配を利用している。ハンバーグ、唐揚げ、肉そぼろ……だがこれらは大豆から作った大豆ミート。西嶋さん一家はこの数年、週に1日、肉や魚をやめ大豆ミートデーにしている。
大豆ミートは高タンパクで低カロリー。コレステロール値や中性脂肪を下げる機能も報告され、ちょっとしたブームとなっているのだ。
その勢いに乗って日本ハムや伊藤ハムといった食肉大手や無印良品なども商品を続々投入。食べたい人が増えているから国内生産量も右肩上がりだ。
「ロッテリア」は2020年の7月から大豆ミートのパテを使ったハンバーガーを販売中。ちなみに東京・千代田区のお茶の水駅前店で実験として9組に振る舞ったところ、6組は本物の肉だと思って食べていた。
「ロッテリア」のハンバーガーも西嶋さん一家が食べた生協の大豆ミート商品も製造元は同じ不二製油。油脂造りの技術を生かして植物性のクリームなどを作り、食品メーカーに卸している黒子企業だ。中でも業務用チョコレートでは世界シェア3位。現在、世界14カ国に拠点を持ち、年商4000億円を叩き出すグローバル企業でもある。
大豆ミートは60年前から手がけ国内シェアは5割。この分野のパイオニアでありトップメーカーなのだ。
BtoBの企業ではあるが、大阪の百貨店「大丸」心斎橋店の中に大豆ミート料理の専門店「アップグレード」を出店。大豆ミートが手を替え品を替え、提供されている。
人気メニューは、ゴボウやレンコン、ゴーヤなどをトッピング。パテも大豆だからヘルシーな「至極のベジバーグ~きんぴら~」(450円+税)、からっと揚げた大豆ミートの唐揚げに甘辛ダレを絡めた「アップグレード唐揚げ~油淋鶏風~」(400円+税)、大豆ミートのひき肉と豆乳由来のチーズを使ったまさに大豆づくしの「ソイラザニア」(400円+税)など。本物の肉だと思って食べている客も多い。
あのラーメン名店でも採用~「大豆は地球を救う」
千葉・千葉市美浜区にある不二製油の工場の製造ライン。原料は大豆から油を絞った脱脂大豆だ。これを巨大な機械に大量に投入、機械の中で水などと混ぜ、熱や圧力を加える。すると出て来るのが大豆ミートだ。不二製油は60種類もの大豆ミートを製造している。
肉と間違えるおいしさの秘密は、極限まで食感を再現する技術にある。例えば鶏肉のブロックタイプは繊維まで本物そっくり。しかし、完璧な噛みごたえを求め日々、研究が続けられている。繊維の太さをミクロレベルで本物に近づけようとしているのだ。
また、大豆ミートの料理を作っていく際、味のポイントとなるのが脂。ここで製油会社の強みが活かされる。不二製油は30種類以上の油脂を製造。これらを組み合わせることで、いろいろな味わいを作ることができるのだ。
例えばハンバーグなら、豚の脂に近い風味を持つ植物性油脂と牛の脂に近い油脂を大豆ミートのひき肉に加えてこねると、出来上がったパテは合挽きの味わいになると言う。 油を絞って70年の不二製油、業界では、「油脂のマジシャン」と呼ばれている。合計3000件近くもの特許を持つ超開発型メーカーなのだ。
不二製油グループの本社は大阪。社長の清水洋史(67)は、「これから地球の人口がどんどん増えた時、動物タンパクだけでは難しい。大豆は地球を救う」と言う。
不二製油は大豆から意外な物も作っている。去年12月、福岡に降り立った清水。社長自ら向かった先は豚骨ラーメンの「一風堂」だ。
待っていたのは「一風堂」創業者の河原成美さん。清水が渡したのは不二製油が作った大豆由来のスープの素。今回、大豆から作ろうとしているのは豚骨味のスープだ。持参したスープを昆布ダシに合わせる。すると、豚は一切使っていないのに、豚骨スープの味わいになると言う。
ベジタリアンの人たちにもうちのラーメンを食べて欲しいと。3年前、「一風堂」が不二製油に大豆スープの開発を依頼。それから試作を重ね、この日、ついに商品化に向けた最終試食会にこぎつけたのだ。
「『一風堂』のラーメンと一緒です。これはお客さん、喜んでくれます。昔、俺たちがラーメンを作り始めた時には考えられなかった世界ですね」(河原さん)
豚骨風味なのに女性にもうれしい低コレステロール。この「プラントベース赤丸」(1100円)は2月から、全国44店舗で期間限定販売される。
バブルの日本を熱狂させた~ティラミスブームの立役者
不二製油はかつて誰もが知る一大ブームを起こした。バブル景気最高潮の1990年。当時の若い女性のバイブルと言われた雑誌、「Hanako」にティラミスの特集が組まれた。そこには「いま、都会的な女性はおいしいティラミスを食べさせる店・すべてを知らなければならない」とある。この頃の日本はティラミスが大ブームだったのだ。
その仕掛け人が不二製油グループ監査役の角谷武彦。「正直、あそこまでブームになるとは思っていませんでした」と振り返る。
ティラミスの味の決め手はイタリア産のマスカルポーネチーズ。しかし、日持ちがしない上に値段が高く、町の洋菓子屋さんには手が出しづらかった。
そこで不二製油が作ったのが植物性油脂のそっくり商品、その名はマスカルポーネならぬ「マスカポーネ」。本物のマスカルポーネチーズと比べ、日持ちは2倍で値段はおよそ3分の1、しかも味は遜色なかった。
これに洋菓子屋さんが飛びつき、ティラミスブームが広がった。角谷たちは売りまくり、日本のティラミスの7割で「マスカポーネ」が使われた。
「代替食品でも味、風味、機能性、価格がお客様に評価していただければ、ちゃんと売れるんです」(角谷)
世の中にないものを作り出し生き残ってきた不二製油の歴史は1950年、大阪で始まった。食用油の業界は日清などの大手が仕切っていて、最後発のスタートだった。
「お金もないし看板も地盤もない。製油会社として設立したのはいいけれど、なかなか売れなかった」(清水)
そこで大手メーカーの扱っていない原料に活路を求めた。探し出したのはアフリカの「シア」という植物。当時、チョコレートの原料はココアバターが主流だったが、不二製油は「シア」から安い代用油脂を作った。これが大ヒットし、会社の屋台骨を支えていく。
その一方で60年間、苦労し続けながらも諦めなかったのが大豆ミート事業だ。当時の油は大豆から絞っていた。絞りかすは家畜の餌になっていたのだが、実はこの中に大豆全体の3割のタンパク質が残っていた。
そこに目をつけたのが不二製油の2代目社長・西村政太郎。「栄養があるのに、家畜の餌にしてしまうのはもったいない」と、大豆の絞りかすを加工し、食品を作る研究を開始。そしてできたのが組織状タンパク、大豆ミートの原型だ。
1969年には早くも商品化した日本初の大豆ミート。だが、「全然売れない。当時は品質も良くなくて、大豆の臭いがプンプンしていたんです」(清水)。その後も商品を出し続けたが全く売れず、大豆ミート事業は赤字続きだった。
落ち込む担当者に社長の西村は、「君の子供が大きくなる頃には、まだ分からない。孫の時代になったらちょっとだけ分かる。大豆が地球を救う」と言葉をかけたという。今から50年以上も前に、西村は将来、人口増加による食糧不足の時代が来ると考えていたのだ。
60年間絶対に諦めない~消費者とも向き合う会社に
現社長の清水が大豆に取り組むのは30代半ばの課長時代から。まず大豆ミートを知ってもらおうと、3000万円もの制作費をかけて、ベジタリアン先進国のイギリスやアメリカで自らロケし、プロモーションビデオを制作。大豆ミートの普及ぶりをアピールしたのだが、ほとんど効果はなく、始末書を書く羽目になった。
「とても(評価が)低かった。市場の現実性がない自己満足みたいなものでした」(清水)
それでも大豆ミートの開発はやり続けた。不二製油にとって大豆ミート事業の成功はいつしか歴代社長たちの悲願となっていったのだ。しかし本物の肉より高く、味も劣る代用品が売れる訳もなかった。清水が社長になった2013年も状況は変わらない。
「『株主にどういう申し開きをするのか』と証券アナリストに言われました。そんな時いつも答えていたのは、『これをやめると不二製油でなくなる』ということです。『将来、大豆が世界を救うことに絶対なる』と」(清水)
清水はやめるどころか45億円を投じ、新たな研究所「不二サイエンスイノベーションセンター」を建設。大豆ミートの味の改良に邁進していく。
すると海の向こうから転機が到来。欧米で健康志向が高まり、豆などから作る代替肉のブームが広がったのだ。その流れは日本にも伝わってきた。ようやく不二製油と時代がマッチしたのだ。
「BtoBだけで通用しますかと。大豆に関してはBtoCに近いことをやっていかないといけないかもしれない。お客様が『これが欲しい』という問題点はどこにあるのか。それを解決していく」(清水)
清水は今こそ消費者のニーズを掴む時だと決断。そこで作ったのが直営店の「アップグレード」だった。大豆ミートレストランは客の声を聞くためのアンテナショップだった。
「アップブレード」の店舗運営とメニューの決定を任されている福田彩香は、最近はここで出している料理の材料を買って、家で作ってみたいという声が増えていると言う。
「ニーズを捉えてうまく商品として伝えていくことが不二製油には必要。弊社の弱みがどこか、分かりました」(福田)
不二製油は企業向け商品を作るだけでなく、消費者と向き合う会社に変わろうとしている。
コンビニでも続々登場~大豆ミートの開発最前線
去年12月、不二製油の営業担当、宋雨威と佐藤光がコンビニチェーン「ファミリーマート」の本社へ。新商品の打ち合わせだ。
「ファミリーマート」は担担風パスタサラダ、本格派のジャージャー麺など、不二製油の大豆ミート商品を幾つも販売している。
その中で難航したものがメキシコ料理のトルティーヤだ。唐揚げタイプとひき肉タイプの2種類の大豆ミートを使う方針。これが3回目の打ち合わせだが、「ファミリーマート」側には、まだ納得できない部分があった。
デリカ食品部・澤幡麻衣子さんによると、ひき肉タイプの大豆ミートが野菜の水分を吸いすぎ、食感が損なわれているという。「そこを改良できないかと思っています」と言う。
改良は得意中の得意。後日、要望を聞いた開発部門の伊藤公祐が既に別の大豆ミートを用意していた。水にひたすと、現行品はグングン吸っていくが、新たに用意した方はほとんど吸わない。すぐに最適な大豆ミートが用意できるのも60年間やってきた蓄積があるからだ。
1月、トルティーヤは無事発売され、売れ行きは好調だと言う。
さらに不二製油が今、開発しているのが「大豆素材のベジ寿司」(開発部門・田附裕子)だ。ツナ、カニカマ、ウニ、ウナギ……すべて大豆から作った。
「例えば回転ずしで流れるように、もう少しレベルを上げていこうと思います」(田附)
ここで使われているのがウルトラ・ソイ・セパレーション製法。通称、USS製法と呼ばれる不二製油の特許技術だ。これまで不可能とされてきた豆乳の遠心分離に世界で初めて成功。低脂肪豆乳と豆乳クリームに分けることができたのだ。
これで植物由来の生クリームが作れるようになった。この豆乳クリームに植物由来の色素や香料を混ぜて加熱すれば、ウニになるという具合だ。
大豆のウニは既にデビューも果たしている。東京・赤坂の「ホテル・ニューオータニ」の中にある高級レストラン「SATSUKI」。その厨房に、大豆由来のウニと本物のウニもブレンドしたものがあった。これをホワイトソースと合わせ、タラバガニやエビなど豪華に敷き詰めた海の幸にかけていく。そしてオーブンで焼きあげれば「うに、海鮮ペンネグラタン」(5324円、税・サービス料込み)の出来上がりだ。
「大豆とウニを合わせたことによって、うま味成分がより引き出されました。ウニの味を向上させたと思います」(調理部長・中島眞介さん)
本物のウニだけよりもよりウニらしい風味になると言う不思議な食材。ファンもしっかりついていると言う。
「大豆由来ですごく優しい。胃もたれすることなく、残さず食べていただける、我々にとってはうれしい食材です」(中島さん)
~編集後記~
清水さんは懸命に自社の技術について語ってくれた。たとえばUSS製法、世界初の大豆の「分離分画技術」のことで、不二製油の成長戦略「大豆ルネサンス」の核となる。ただすごい技術だということは伝わってくるのだが、大豆を分離することで「低脂肪豆乳」と「豆乳クリーム」が得られると聞いてもよくわからない。不二製油は製油メーカーとしては最後発の会社。だから「大豆は地球を救う」と本気で思う必要があった。その技術に接すると、大豆ミートを食べてみると、実際、大豆は地球を救うかもしれないと思わされる。
<出演者略歴>
清水洋史(しみず・ひろし)1953年、長野県生まれ。1977年、同志社大学法学部卒業後、不二製油入社。1989年、大豆を扱うたんぱく事業本部企画室に異動。1999年、新素材事業部長兼新素材開発部長就任。2013年、不二製油グループ本社社長就任。
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