(本記事は、小井土 まさひこ氏の著書『日本一やさしい経営の教科書』=あさ出版、2020年12月18日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
採用は社長の勘と妥協。入社したらあきらめて教育する
一般的に、経営は「ヒト」「モノ」「カネ」「時間」「情報」が重要だと言われます。
しかし、中小企業の経営では、スタート時は「ヒト」「カネ」「社長」の3つ、もし1つだけ加えるとしたら「運」。これでほぼすべてが決まります。
まずは「ヒト」について見ていきましょう。
ヒトに関係する経営のポイントは、大きく分けて「採用」「教育」「コミュニケーション」の3つです。
採用は「新卒採用」と「中途採用」がありますが、スタートしたての会社は、ほぼ中途採用のみ。それも、どうなるかわからない会社に応募してきてくれただけでも感謝すべきです。創業当初、入社してくれた幹部のみなさんに対して、今でもその思いは変わりません。
新卒採用を始めるのは会社が会社らしくなってくる、3〜5年後です。
創業時の採用のポイントは、ずばり社長の勘だけが頼り。後で失敗したと思っても採用した以上はあきらめるしかありません。
つまり、最初は勘を磨き、採用後はあきらめる潔さの習得です。
最初に集まってくれた幹部たちは、経歴も考え方もバラバラです。いきなり、社長が理念や方針が云々と言っても、聞いてくれるはずがありません。
ではどうしたらよいか。それは飲食の場などで、どうでもいい話からスタートすることです。このとき、社長だけが語ってしまうのはNG、少しだけ夢を語り、残りはひたすら話を聴いて、うなずくだけ。
すると、ある日突然、シュポーンと音がして、幹部の耳栓がはずれる瞬間があります。そこで、初めて社長の声が耳に届くのです。中にはきれいに抜けすぎて、いまだに右から入って左に抜けてしまう幹部もいますが、気にしないこと。入らないよりはずっと進歩です。すべてはここからスタート。言葉は悪いですが、人を「選ぶ」というよりは、最初は「妥協」で決めるしかありません。どのくらいの人までなら、一緒に働けるかな、という視点を持たないと採用はできないのです。
現在、こもれびでは、社長の勘頼りから少しだけ進歩して、次のように中途採用を行っています。
最初に施設の管理者(幹部)が1次面接を行い、日常的なコミュニケーションが取れるかなどの最低ラインを見ます。
ただし、面接官も初心者ですから、面接のためのロールプレイングを行い、判断の基準をそろえ、断るとき、是非採用したいときの目安をつくっておくことが大切です。特に断るときは、非常にデリケートなので応募者に「なんで不採用?」と思わせないことが肝心。そのため「ホームページはご覧になりましたか?」や「弊社の経営理念はご存知ですか?」など、幹部でも即答できない質問を入れたりしています。
これをクリアしたら、次は、その人が働くことになる現場で1日職場体験(2次面接)をしてもらいます。1日体験をしてもらうのは、向き不向きを見るためもあるのですが、何より共に働くことになるスタッフさんが、「一緒に働いてもいい」と思えるかどうかです。
そのため、次のステップに進むためには、現場の3分の2以上のスタッフさんの承認印が必要です。「一緒に働きたくない」という人が3分の1より多くいれば、不採用です。
現場の声を聞かずに社長が決めてしまうと、あとになって現場から「なぜ、あんな人を雇ったのですか?」とクレームが出て社長のストレスの一因になります。それどころか自分でOKを出しておきながら、後になってあれこれ言い出すスタッフさんさえいます。
そうした経験を踏まえ「自分たちで選んでいる以上、あとになってあれこれ言わないでね!」という願いを込めて、現場の意見を取り入れ承認印をもらっています。
ただし、現場の人には、「人手が少ない時代なので、すごく素直だな、すごくいい人だなと思えなくても、『この人となら、まあ何とか一緒に仕事してもいいかな』という基準で判断してください」とお願いしています。社員さんたちにも、妥協する大切さを共有してもらうのです(笑)。
ここで現場スタッフからOKがもらえたら、最終の社長面接となります。社長面接は「前の会社ではクレームは誰の責任でしたか?」と聞きます。次に「全員が同じ答えをしますか?」。多くの場合、応募者の頭に「?」マークが浮かびます。そこで、弊社の経営計画書を渡し、「クレームの責任は社長にある」という一文を呼んでもらい、価値観をそろえる大切さと、取組みについて話をさせていただきます。ここまでやっても、なかなか社内には浸透しないという現実も、包み隠さず正直にお伝えします。
応募してきた側も、一緒に働くスタッフと一日過ごし、仕事の体験をしていただくので、「ここなら入ってもいいかな」、さらには、変わった社長だけど許容してあげようと思えたら、仲間になっていただきます。入る側からの面接でもあるわけです。応募して初回の面接で辞退を決めた経験のある人が8割いるというデータもあります。実際以上によく見せようとする必要はありません。面接にあたる人は、誠意を持って、自然体で、向き合うことが大切です。
ありのままを見てもらい、その人についても、できる限りを知ることで、短期間で退職というミスマッチを防げるのです。
新卒は来ない。ポスティングで中途採用
創業間もない会社に応募してもらう、つまり自社が募集をしていることを知ってもらうにはどうすればいいのでしょうか。
新聞や転職サイトに求人を出したりする方法などもありますが、そこそこお金がかかります。おまけにライバルが多い。中途採用であれば、最初は周辺へのチラシのポスティングがおすすめです。
今は新聞をとっている人が少なく、採用チラシのポスティングの方が、コストパフォーマンスがよく、ゴミ箱へ持って行く途中に直接目に触れるので、意外と効果的なのです。
チラシで大事なのは、いかに自社に合う人に響くものを作れるかです。
たとえば、こもれびの場合は、「エマジェネティックスR(以下、EG)」という、アメリカ発の、最新脳科学に基づいた分析ツールをもとに、当社に来て欲しい人に響くチラシを作るようにしています。
EGは、脳の利き(自然に使ってしまう部分、手の「利き」のようなもの)を、色やグラフなどで見える化するツールです。そのうち思考特性は次の4つに分類されます。
・青……分析型(合理的で「何で?」が気になる)
・緑……構造型(「どうやるか?」決まっていると安心)
・赤……社交型(判断基準が人「誰が?」「誰と?」が大切)
・黄……コンセプト型(面白いこと、新しいことが大好き)
当社は、業種がら、構造型(緑)が利きの人が多く、決められたことをきっちりしていくタイプのスタッフさんが多い傾向にあります。
当然応募もこのタイプの人が多く、そのような人たちに響く内容のチラシを作るにはどうしたらいいか考えます。
私自身は、面白いことや変わったことばかり思いつくコンセプト型(黄)が利きです。ですから“普通に”作ってしまうと、某海賊アニメ風の仲間を募る楽しげなチラシができあがります。ところが、我ながらとてもいい仕上がりだと感じたのに、ふたをあけてみると、一部の方から「面白いね」と言われただけで、応募がほとんどない(笑)、ということもありました。
昔は自分がされて嫌なことは人にするな、されて嬉しいことを人にしなさい、と教えられましたが、されて嫌なこと、嬉しいことは、人それぞれ。自分に響くものではなく、見る人に響くことが大切なのです。
そこでチラシを、構造型が「利き」の方に響きそうな内容(シンプルに箇条書き、文字で細かく説明を載せたもの)に変えると、見事に反応率が上がりました。チラシには、ついこちらが伝えたいことを書きがちですが、興味のない人に関心を示してもらうには、最初の1、2行のメインタイトルが勝負。詳細を読むのはその後です。
その後も応募者が、面接で口にする不安要素を解消する一文をキャッチコピーにしていくことで、問合せは大幅アップ。ポスティングで234 件の問い合わせがあったこともあります。
なお、EGは、社内のコミュニケーションをよくするツールとしても効果をあげています。現在日本で導入しているのは、550 社以上。ご興味のある方は、日本でエマジェネティックスの普及活動をしているEGIJ(エマジェネティックスインターナショナルジャパン)のホームページや、EGの専門書『チームの生産性を最大化するエマジェネティックスR』(小山昇著、賀川正宣監修)をご覧ください。
もちろんEGを使わなくてもかまいません。
大事なことは、より応募者に響きそうなものを繰り返し作り直していくことです。ですから、求人チラシはパワーポイントなどで自作するとよいでしょう。
業者さんに任せると、確かに恰好いいデザインのものができます。ただし、微調整ができない。できても時間がかかります。
自社で元のデータを作れば、入稿後、ネットで注文を出すとすぐに印刷があがってくる時代です。社内に1人くらいはデザインの得意な人がいるものです。是非チャレンジしてみてください。
そのパンフレットを見て面接に来た方が「ダブルワークはできますか?」と質問してきたら、すぐにパンフレットを修正して「ダブルワーク可!」と大きく入れる。日数、経験、資格の有無などが不安要素であれば、それを解消できるチラシになっているかがカギになります。
狭いエリアに配って、応募者の反応を見て、改善して、また狭いエリアに配る。自社で作ることで、細かく小さな改善を繰り返していける。採用チラシを作る過程で、PDCAサイクルを回していくことができるのです。現在では、WEB やハローワークなどを駆使して、コンスタントにお問い合せをいただけるようになりました。
不思議なのは、せっかく応募が来ても「もういらない」「おなかいっぱい」などと気楽にお断りしてしまう事業所。数カ月後にスタッフさんが足らなくなります。まずは応募してくださったことに感謝し、誠心誠意向き合って、素敵な出会いであれば、他の拠点を紹介したり、今はいっぱいでも、「欠員が出たらすぐ連絡します」と言うくらいの気持ちが大切です。よくも悪くも想いは必ず伝わるものです。
幹部は「早いもの順」で登用する。「いる」ことが大事
幹部は将来的に会社を担っていく大切な人材です。
では、創業したらどんな人を幹部にすればいいか。
答えはシンプル、「早いもの順」です。
常識で考えれば、できたての会社に人が育っているわけがありません。創業わずか3年くらいのときに、ベテランの社員さんなどいません。最長でも3年の社歴しかなく、中途採用なので考え方はバラバラ。幹部にぴったりの人材が、いるわけありません。
ということは、それなりの年齢の、それなりの経験者が幹部です。応募順とも言えます。
ちなみに「幹部はなんでも社長の言うこと聞いてくれる右腕であるべき」というのは嘘。幻想にすぎません。起業するときはその点を誤解しないようにすること。
右腕になるような人が、できたてほやほやの会社に来てくれるわけがありません。繰り返しになりますが、来た人を育てていくしかないのです。
とはいえ、最初は、どうやって幹部を育てていけばよいか、まったくわかりませんでした。私も幹部の教育ができていませんでした。
現在では、外部の教育機関として株式会社武蔵野という経営コンサルティング会社の研修を利用しています。
武蔵野さんに通い始めたとき、代表取締役である小山昇社長との面談で、「幹部を連れて来ていますか?」と聞かれました。私は、「いやいや、武蔵野さんの研修は高額なので一回だけ見て、終わりにするつもりです」と心の中でつぶやきながら、「今日は連れて来ていません」と答えました。すると小山社長に言われたのが次のひとこと。
「だめですよ、社長一人で勉強していたら」
社長一人で勉強していたら、幹部との知識レベルの差がどんどん開いてしまう。幹部も一緒に勉強させないと会社は伸びない、ということです。
確かにその通りだと思いました。社員の成長が会社の成長と言いますが、実際には、最初は幹部の成長が会社の成長だからです。
つまり、幹部は「幹部の仕事ができるか」「できないか」ではなくて、まずは「いるか」「いないか」が大切です。
たとえ、何もできないめちゃくちゃな社員さんを幹部にしたとしても、教育を受け、幹部の業務をやって、失敗を繰り返すうちに、数年もすると、少しは幹部らしくなってきます。月日すなわち経験が幹部を育ててくれるのです。これは社長も全く同じ(笑)。
こもれびでは、幹部は事業所のトップですから、各事業所を見る力を養うために社内のマネジメント研修にも力を入れています。
かつては経営に関するマーケティング等も勉強していました。
しかし、あるとき、会社が目標としているその年の売上目標を聞いたら、ほとんどが答えられなかった。桁を間違える幹部続出(事実です)。目からうろこ、いや首から頭が落ちた気がしたものです。その瞬間、多くを求めてはいけないと悟り、すぐにやさしい内容に変更しました。
幹部教育は、私がマネジメント研修を実施していますが、それだけでは足りないので、外部の幹部養成セミナーにも行ってもらっています。
彼らがセミナーできちんと聞いているかどうかはわかりません。座ると10分以内には眠ってしまう幹部も実在します(笑)。それでも気にしません。
1つでも何かを覚えてきてくれればいい。
ちなみに、学生の頃の居眠りは叱られますが、社長の話を聞いていて寝てしまうのはOKです。それは、社長の話がつまらないから。社員の居眠りも社長の責任です。
なお、先ほども紹介したように、社員教育はザル教育です。知識を入れても、入れても、流れてしまう。たまらなくてもいい。けれど、少し湿らせておく必要がある。そのために、セミナーに行ってもらっています。いつの日かザルの目が閉じることを信じて……。
ただ、ここ数年は、ほんの少しずつ幹部のザルの目が閉じてきており、水がたまり始めているのを実感することもあります。
以前は、何か確認すると、いつも「あっ、忘れていました」と言っていた幹部が、確認する前に「終わりました」と報告するようになりました。
2週間かかっていたことも、少し早くできるようになった気もします。それがやがて1週間でできるようになり、4日、3日でできるようになればいいのです。
中小企業は、あきらめず幹部の成長をゆっくり見守る姿勢が大事です。これは部下である社員さんにもお願いしていること。
たとえば、部下が「腕を蚊に刺されて、とてもかゆくて困っています」と幹部に言ってきたとします。
すぐに薬局に行って数分で戻ってくる幹部A、ただし手にしているのは殺虫剤。幹部Bは、かゆみ止めを買ってきますが、それは1週間後のこと。幹部Cは、ずっと真剣にうなずきながら訴えを聞き、「なるほどね」でおしまい。微動だにしません。幹部Dは、「それはよかったですね。蚊に喜んでもらえてラッキーですね」と、とびきりの笑顔で、反対の腕も差し出しかねません。幹部Eにいたっては、延々と、蚊が血を吸うとなぜかゆいかの機序を説明し続け、終わる頃には、かゆみが消えている。
そんな幹部たちですが、よろしくお願いします……と。
ただし彼らには、大切にして欲しいことが1つだけある、と伝えています。それは「全体最適」でものごとを考えられるか。自部門だけでなく、会社全体のことを考えて行動できる人が、本物の幹部。他部門に応援を出したり、社内での課題を他人事ではなく、自分事として考えられる人材です。
能力よりも基本の考え方や姿勢が大切です。