本記事は、山口幹幸氏、高見沢実氏の編著書『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋・編集しています

コロナの時代の教育のあり方──「自主的・対話的・深い学び」の確保 本田恵子・早稲田大学教育学部教授

学校,ICT
(画像=PIXTA)

コロナ時代の教育の在り方として学校が直面したのは、「教室という概念の変革」と「教員が主体の授業を児童生徒が主体の学習にパラダイムシフトする」ということです。2019年度の小中学校不登校の児童生徒数(欠席が30日を超えている)は、18万1,272人で過去最高となりました。この内、90日以上欠席が続いている児童生徒が約10万人います。

原因は、無気力と不安が最大であり、この中には多動性が高かったり、集団が苦手だったり、書字や読字に困難があったりする学習障がいや発達障がいを持つ子ども達も多数含まれています。「学校での学び」や「学校の在り方」を真剣に考えなくてはならない状況の中でコロナ禍が生じました。

突然の休校措置がとられた2020年2月下旬は、学習においても学校生活においても1年間の総まとめの時期であり、卒業・進級・進学等様々な儀式も必要な時期でした。教員が最も忙しくなると同時に児童生徒と1つになって達成感を得られるはずの時期でもありました。

それが一気になくなり教員と児童生徒の喪失感は想像を絶するものだったでしょう。その混乱の中で、臨機応変に対応できた学校と混乱した学校では、何が違ったのでしょうか。本稿では、コロナが教育現場や子ども達に与えた影響を整理し、これからの教育の在り方を考えて行きます。

コロナ禍における学校のICT活用状況

休校措置がとられた直後から、教育におけるICT化の遅れが浮き彫りにされました。4月16日時点では、公立学校で講義動画配信を行ったのが10%、双方向のオンライン授業を行ったのはわずか5%でしたが、6月23日には、講義動画配信が26%、デジタルコンテンツの利用が40%、双方向型オンライン指導は15%になりました。

しかし、学校が再開されると、再び教科書を先生が説明し、生徒は板書を写し、補助プリントで復習をするという形式に戻りました。短縮授業や時間差の登校などで教員の負担は増えましたが、児童生徒一人一人と関われる時間は減っていました。不安で学校に行けない子ども達が不登校になっていても、手当が不十分なのが現状です。

10月現在でも、児童生徒一人に1台のタブレットは行き渡っておらず、都道府県、私学、市町村の教育委員会のスピードはまちまちです。文部科学省は、2022年を目標にGIGAスクールプロジェクトを推進していましたが間に合っていません。

進まない理由は大きく3つ、1つは、個人情報を守るためのセキュリティの確保の課題、もう1つは教育内容のソフトが不足しているという課題、最も進まない背景にあるのが、3つめの学校におけるICTの活用方法に助言ができる人材の課題です。機器の操作やインターネット環境が整ったとしても、それは「器」に過ぎず、「何を学ぶか」「どのように学ぶか」について実践的な研修を大至急充実させる必要があります。

3パターンでのコロナ対応

著者が主催する「早稲田大学インクルーシブ教育学会」は4月に緊急研修会(無料)をオンラインで開催し休校中の子ども達の心のケアと学習の補償について実態を調べ、対応策を考えました。100名近くの先生や心理関係者が全国から参加し、学校の実態として3つのパターンが現れました。不安や問題点も多く出されましたが「嘆いたり、文句を言っていたってしかたない。今できる最大のことをしよう」という意識の高い先生方でしたので、それぞれのパターンで何ができるかを集まった先生方と考えて実践したのが以下です。

(1)完全アナログの環境における、「今あるもの」の活用作戦

ネット環境が学校にも家庭にも普及していないため、教科書を配送したり、学校に生徒が取りに来たりして教材配布を行った学校です。教材は、教科書、ドリル、資料集程度で、学習は、児童生徒の自主性に任せざるを得ません。学校が再開されるまで、教員が家庭訪問してプリントを回収して、また次のプリントを配布したり、定期的に児童を分散で学校に呼んで、プリントを渡したりするしかないため、「いかに子ども達の日常を保ち、自主的に学べるように支援するか」が検討の課題となりました。

「アナログだってできることはある」「今あるものは何か?」物理的、子どもの力、教員の力と分けて意見を出し合った結果、テレビは家にあるはずだ。教科書、ドリルもあるから基礎知識は確保できるだろう。問題は、自分で学習時間を決めて生活を送れるかだろうということになり、時間割をつくって、テレビ番組と教科書やドリルをつなげて学びを続けるプランをたてました。図1は、このグループを代表する小学校の先生が提案してくれたテレビ番組と子ども達の自宅学習のスケジュールでした。

NHKの番組を小学校低・中・高に分け、スケジュールと子ども達が学習記録を付け、視聴後に分からないところを記録するワークシートもつけました。研修会後に直ぐ作成して校長に提案したら即OK。週明けに市の教務担当者の会議に提出し、全市で緊急対応として実践することになったそうです。

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(画像=『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』より)

(2)授業動画の配信と解説プリント・既存のドリル学習を組み合わせ「これまでの授業スタイル」で安心・安定を図った学校

このタイプが最も多く、かつ平等の概念で最も苦しんだグループです。ホームページはどの学校も持っていて、一方通行ではあっても配信はできます。スマホがあれば、保護者が学校のサイトにアクセスして情報を得ることはできるので、「一方通行の配信で、大切なことは何か」をテーマに話し合いを進めました。アイデアとして出されたのは次の3つです。

1つ目は、プリントの配信。これまでも、学校便りや学年だよりなどプリントや写真はHPにアップしています。学年別の部屋を作ることもそんなに難しくはありません。子ども達が、「見たい」と思うようなコンテンツを作ろうと、「早起きクイズ」「今週のスケジュール」「プリント解説」など、様々なHP活用の意見が出されました。2つ目は、動画の配信です。3月ごろから先生たちは一生懸命教室で授業を撮影し始めていましたので、わかりやすい授業動画を作るにはどうしたらいいかという話し合いも熱心に行われました。

ところが、どんなに優れたコンテンツを作ったとしても、問題は、一方通行の配信であることおよび、子ども達が自分でアクセスできるかということでした。高校生は、自分のスマホを持っている人が増えているとはいえ、一人1台端末があるわけではありません。ましてや、小中学生は持っていない方が多いのです。また、最大の困難は家にプリンターがないことでした。配信しても、プリントアウトできないので、保護者が家にいるときに保護者のスマホで見るしかできないのです。動画も端末が無ければ見ることはできませんし、兄弟が多い場合はほぼ不可能でした。

平等性を考慮した場合、アクセスできる子どもとそうでない子どもで差が生じてしまいます。無理だという声も多数でましたが、「家に環境がないなら、学校に来ればいい」ということになり、このグループでは、家庭でのネット環境とプリンターの有無に基づいて、アクセスできる家庭は、HPを活用してもらい、アクセスできない家庭は、時間差で学校の教室を開放して、密を避けて学校で閲覧、印刷できるようにすることにしました。

各地の教育委員会も様々な教材や講義動画などを作成してHPから配信して現場の先生方をバックアップしていました。長期研修員や情報教育の専門家らが協力し、これまでの知識とスキルを活用して様々なコンテンツを提供する試みが行われています。コロナの影響がセキュリティを確保した上での、端末の普及やICTの活用にプラスの影響を与えた例はたくさんあるようです。

Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる
山口幹幸(やまぐち・みきゆき)
大成建設株式会社 理事(元・東京都都市整備局 部長)日本大学理工学部建築学科卒。東京都入都後、1996年東京都住宅局住環境整備課長、同局大規模総合建替計画室長、建設局再開発課長、同局区画整理課長、目黒区都市整備部参事、UR 都市再生企画部担当部長、都市整備局建設推進担当部長、同局民間住宅施策推進担当部長を経て2011年より現職。不動産鑑定士・一級建築士(主要著書(共著を含む))『SDGs のまちづくり(持続可能なマンション再生)―住み続けられるマンションであるために―』(プログレス 2020年)、『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)『コンパクトシティを問う』(プログレス 2019年)、『変われるか!都市の木密地域―老いる木造密集地域に求められる将来ビジョン』(プログレス 2018年)、『人口減少時代の住宅政策―戦後70年の論点から展望する』(鹿島出版会、2015年)、『地域再生―人口減少時代の地域まちづくり』(日本評論社 2013年)、『マンション建替え―老朽化にどう備えるか』(日本評論社 2012年)、環境貢献都市―東京のリ・デザインモデル』(清文社 2010年)、『東京モデル―密集市街地のリ・デザイン』(清文社 2009年)など。
高見沢実(たかみざわ・みのる)
横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 教授東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。横浜国立大学工学部助手、東京大学工学部講師、助教授、横浜国立大学工学部助教授等を経て、2008年4 月より横浜国立大学大学院工学研究院教授。その後改組により、2011年4 月より現職。この間、1993年に文部省在外研究員(ロンドン大学)。専門は都市計画。(主要著書(共著を含む))『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)、『密集市街地の防災と住棗境整備:実践にみる15 の処方箋』(学芸出版社 2017年)、『60 プロジェクトによむ 日本の都市づくり』(朝倉害店 2011年)、『都市計画の理論』(学芸出版社 2006年)、『初学者のための都市工学入門』(鹿島出版会 2000年)、『イギリスに学ぶ成熟社会のまちづくり』(学芸出版社、1998年)など。

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