本記事は、山口幹幸氏、高見沢実氏の編著書『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋・編集しています

コロナ禍がもたらすまちづくりの変化とは 米山秀隆・大阪経済法科大学経済学部教授

テレワーク
(画像=PIXTA)

テレワークによって住む場所の制約はなくなるのか

1 評価の定まらないテレワーク

コロナ禍によって出社が困難になり、否応なくやらざるをえなくなったテレワークであったが、当初は意外とそれでもできるとの評価が少なくなかったように思える。好意的な評価が多かったのは、思っていたよりもできるとの、そもそもの期待値が低かったことの裏返しという面もあったかもしれない。それに伴い、IT系などの一部企業が、ほぼ完全にテレワーク化して、都心のオフィスを引き払ったりする動きを見せたことで、働く場所の制約がなくなって郊外、地方、さらには海外も含め、住む場所が自由に選べる近未来に対する期待が高まった。

しかし、テレワーク期間が長引くにつれ、コミュニケーション不足やそれに伴う生産性低下といった問題を無視せざるをえなくなるに至り、やはり出社は欠かせないとの意見も多くなっている。コロナとの共存が進みつつある現在は、テレワークを実施しているとしても週のうちの何日かで、接触機会をできるだけ減らす目的で残しているに過ぎないケースが多いと思われる。

そうであれば、コロナが完全に収束すれば、通常の働き方に戻していく可能性が高い。つまり、現時点では働く場所、住む場所の制約を取り払うような、本格的なテレワーク導入企業はごくわずかで、出社を前提とする働き方には、今のところそれほど大きな変化がないとの評価をすることもできよう。

実際、日本経済新聞社が行った調査(2020年9月)によれば、テレワークの頻度(週に1日、2日、3日、4日、5日以上から選択)はピーク時には週5日以上と回答した人が50.1%と最も多かったが、現在は週に1回が33.7%と最も多くなっている。 テレワークを経験した人は全体の86.6%で、そのうち今後については「現状程度で維持したい」が55.0%と最も多く、「増やしたい」は32.5%、「減らしたい」は12.6%だった。

生産性については「変わらない」が42.2%と最も多く、「上がった」とする人は31.2%でその理由としては、「移動時間が減り作業時間を確保しやすくなった」、「実務を中断される機会が減った」、「静かな環境で集中しやすい」の順で多かった。逆に生産性が「下がった」とする人は26.7%でその理由としては、「同僚や部下、上司とのコミュニケーションが取りにくい」、「私生活と仕事の切り替えが難しい」、「チームの仕事の進捗状況が把握しづらい」の順で多かった。

コミュニケーション不足について経営層はより深刻に捉えており、日本経済新聞社が行った別の調査(2020年9月)では、テレワーク導入による変化について、「コミュニケーション」は52.4%が「不足した」と回答し、「活発化した」は2.5%に過ぎなかった。このほか、「従業員の管理がやりにくくなった」は48.0%、「従業員の評価がやりにくくなった」は44.3%であった。一方、「経費」は「減った」が58.1%、「労働時間」は27.3%が「減った」とし、こうした点ではテレワークのメリットが出てきているという結果なった。テレワークについてはその是非、効果については評価が分かれている。

2 問われるオフィスの役割

完全テレワーク化できる業務は、IT系であるかどうかには関わりなく、対顧客でほぼ一人で業務を完結できるような場合や、チームで行う業務でも分担がはっきりしている場合など、やるべきことが明確かつ固定されている傾向があるように思われる。それ以外の多くの業務では、社員同士がコミュニケーションをとりながら、業務を進めその改善を図ったり、新たな財・サービスの提供を考えたりしながら、行っている場合が多い。

対面に基づく社員同士の創発は、思いがけず発生する場合も多く、オンラインではこれが困難であることも、テレワークに対して否定的な意見が出る要因ともなっている。そのほか、テレワークでは社員同士の一体感も築きにくく、会社独自の文化、カラーといったものも育みにくくなると難点があるとの指摘もある。

この点については、一見、小回りがきき、テレワーク導入にも積極的と考えられるベンチャー企業の意見も大差ない。東洋経済新報社による調査(2020年9月)によれば、今後も「オフィスが必要」との認識がほとんどだった。具体的には、「コミュニケーションを通して、新しいビジネスアイディアが生まれる場所。

コロナ禍におけるもろもろのリスクをとってでも、投資すべき場所」、「働く場所というよりは、人間関係やカルチャーをつくりメンテナンスしていく場所になる」、「オフィス自体は必要で新しい役割が求められるようになる」などの意見があがっていた。

このようにコロナ禍は、なぜ会社がオフィスを持ち、そこで一緒に働く必要があるのかについて、その意味を根本的に問い直しているともいえる。コロナ収束後に、オフィスに集まっての勤務に戻すにしても、集まって働くことでどのような効果が発揮されるべきなのか、またそのような効果が発揮されるオフィスの形態や、必要な出社日数はどの程度なのかなど、新しい出社形態のデザインが求められている。

大手企業でも、一部電機メーカーなどは、いち早く完全テレワークに近い形態を導入し、都心のオフィスを縮小する動きを見せているが、この根本的な問いに対して向き合った結果の対応とは思われない。むしろ、自社開発のテレワーク関連のツールを売り込むために、まずは率先して自社でテレワークをして見せようということなのであろう。もし本当にこうした浅薄な考え方に基づいた行動だとすれば、いずれ自社内でのコミュニケーションや創造性の発揮に、致命的な問題を発生させかねない可能性すらある。

したがって、このような点を考慮すれば、テレワークの普及に基づき、人々の働く場所や住む場所の制約がなくなり、それに伴い郊外や地方への人口移動が本格化するなどといった見通しは、筆者は抱いていない。テレワークを単純に継続することではなく、根本的には新たな出社形態のデザインが求められているのであり、オフィスに通う形自体はなくならない。そうした観点からは、住む場所の制約は完全にはなくなることはない。これが現実であろう。

Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる
山口幹幸(やまぐち・みきゆき)
大成建設株式会社 理事(元・東京都都市整備局 部長)日本大学理工学部建築学科卒。東京都入都後、1996年東京都住宅局住環境整備課長、同局大規模総合建替計画室長、建設局再開発課長、同局区画整理課長、目黒区都市整備部参事、UR 都市再生企画部担当部長、都市整備局建設推進担当部長、同局民間住宅施策推進担当部長を経て2011年より現職。不動産鑑定士・一級建築士(主要著書(共著を含む))『SDGs のまちづくり(持続可能なマンション再生)―住み続けられるマンションであるために―』(プログレス 2020年)、『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)『コンパクトシティを問う』(プログレス 2019年)、『変われるか!都市の木密地域―老いる木造密集地域に求められる将来ビジョン』(プログレス 2018年)、『人口減少時代の住宅政策―戦後70年の論点から展望する』(鹿島出版会、2015年)、『地域再生―人口減少時代の地域まちづくり』(日本評論社 2013年)、『マンション建替え―老朽化にどう備えるか』(日本評論社 2012年)、環境貢献都市―東京のリ・デザインモデル』(清文社 2010年)、『東京モデル―密集市街地のリ・デザイン』(清文社 2009年)など。
高見沢実(たかみざわ・みのる)
横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 教授東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。横浜国立大学工学部助手、東京大学工学部講師、助教授、横浜国立大学工学部助教授等を経て、2008年4 月より横浜国立大学大学院工学研究院教授。その後改組により、2011年4 月より現職。この間、1993年に文部省在外研究員(ロンドン大学)。専門は都市計画。(主要著書(共著を含む))『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)、『密集市街地の防災と住棗境整備:実践にみる15 の処方箋』(学芸出版社 2017年)、『60 プロジェクトによむ 日本の都市づくり』(朝倉害店 2011年)、『都市計画の理論』(学芸出版社 2006年)、『初学者のための都市工学入門』(鹿島出版会 2000年)、『イギリスに学ぶ成熟社会のまちづくり』(学芸出版社、1998年)など。

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