本記事は、山口幹幸氏、高見沢実氏の編著書『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋・編集しています
新型コロナ感染社会と都市政策──地方分散型の都市を実現するために 山口幹幸・不動産鑑定士・一級建築士/元東京都都市整備局部長)
はじめに―コロナ感染社会が新たな時代の転換点となるか
コロナ感染が発覚してから約1年になる。コロナと共存する社会のなか、人の生活や活動は制約されたまま、もと通りの日常は未だほど遠い。社会では新たな生活様式や諸活動の変革など様々な変化が現われており、大都市から感染不安の少ない地方に職場を移転したり、移住する人の姿も見られる。
人々の目が過密化する大都市から地方に向けられるなか、2020年7月、政府は「まち・ひと・しごと創生基本方針」を決定した。目標年次を2020年とした第1期地方創生の改訂版である。
当時、安部首相は「集中から分散へと日本列島の姿を今回の感染症は根本的に変えていく。これをきっかけとして地方創生を大きなステージへと押し上げたい。」と意気込みを語った。第1期の地方創生では、出生率の上昇と東京一極集中の是正を柱に掲げたが、この達成も困難となり、一極集中の是正については、むしろ悪化する結果となった。こうした状況のもとでスタートした第2期の地方創生には、コロナ禍を1つの転換点とし地方創生を一気に推し進めることに期待がもたれる。
しかし、国の基本方針では、各省の予算獲得の思いが透けて見え、総花的で実現性も懐疑的になる。一極集中から地方分散型に転換するというが、大都市東京や地方都市を、どのような考え方でどう変えるのか基本的な都市政策の方向性が見えない。
改訂後の地方創生の方針は、単に、第1期の地方創生の延長ではないはず。少なくとも前回の反省をふまえ、コロナ禍のもとで芽生えた人々の生き方や価値観の変化を捉えたものでなければならない。それは、経済一辺倒でなく、経済・社会・環境が融合し、持続可能な都市を指向するSDGsの理念と整合するものであると認識する。
本稿は、このような視点に立って今後の都市政策のあるべき方向性を考えてみたい。
●新型コロナウィルス感染と東京一極集中問題
新型コロナ終息後の都市社会をどう捉えるか
人類の歴史は、都市の人口集中と感染症克服の歩みともいわれる。かつての感染症がその都度人類を恐怖に陥れてきたが、それは都市との闘いの歴史でもあった。今後も新たな感染症に遭遇することは十分考えられ、大切なことは、コロナ禍で得た教訓をアフターコロナ社会に活かすことであろう。そこで、感染発覚後の間もない現在だが、幾つか気付いた点をとり上げてみたい。
(1)IT化・デジタル社会の幕開け
コロナ感染拡大を回避するため、社会のあらゆる場で3密(密集・密閉・密接)状態とならないことが要請され、不要不急の外出自粛や人との接触が自制された。また、働き方や学び方などに新たな工夫や改革を求められてきた。こうした中で、様々な分野でIT機器利用が急速に広まったことが大きな変化といえよう。
IT化やデジタル化の進む世界的潮流から、近年、わが国でもその促進が叫ばれてきたが、現状では目に見えて社会に浸透していない。コロナ禍で多くの職場等がその現実に直面し、企業等の勤務形態をはじめ、学校の授業、医療機関の診療、高齢者福祉施設での利用者と家族の面談などで機器利用が進み始めた。奇しくも、コロナ禍を通じIT機器利用の利便性や有効性が実証されたともいえる。
しかし、働き方を例にとれば、満員電車や長距離通勤を回避しワークライフバランスを実現できるなどの利点ばかりではない。リモート勤務になじまない業種もあるほか、人同士のコミュニケーションがうまくとれないことやストレスが溜まるなど、リモート環境ならではの課題や制約もある。また、マイナンバー制度や接触アプリの利用が低迷しているように、プライバシー侵害やシステム障害等のトラブル、データ流失の危険性も払拭されてはいない。こうしたデジタル社会の利点や欠点、利用上の限界がみえてきたのも収穫といえよう。
本格的なIT化・デジタル社会の到来は、現状の生活や諸活動の利便性を高め、災害時の安全性向上に結び付くことが期待でき、これからの社会を大きく変革する可能性を秘めていると考えられる。
かといって、過度に依存し効率性や利便性などを追い求め、経済一辺倒の社会の流れをさらに加速する危険性もある。あくまで人間生活を支援するツールであることを忘れてはならない。その上で、IT・デジタル技術を、何のために、どのような場面で、どう活かすのかが今後の課題といえる。
(2)コロナ禍の中でみられる一極集中の弊害
土地の高度利用によって過密化の進む大都市では、オープンスペースが不足しがちである。コロナ禍という非常事態を経験する中で、公園等の外部空間の重要性が改めて感じられた。例えば、感染拡大から医療崩壊危機に陥ったニューヨークでのこと。医療崩壊を防ぐため、急遽、臨時の野営病院をセントラルパークに設置した。翻って、わが国で、東京が同じような事態になったとき、都心近傍に急場を凌げるこうした大規模な公園がないことに気づく。
また、感染拡大時には身近な小さな公園等のオープンスペースも貴重なものと感じられた。3密を避けるといっても、密閉状態は人の行動変容では回避できない。この点で外部空間の利用は、感染リスクを軽減する効果的な方法といえる。例えば、今夏、コロナ禍で外出自粛の求められる中、子供たちが水遊びに興じる親水公園や、感染の恐怖から逃れて身近な公園で佇む人の姿、街なかの店頭に備えたちょっとしたスペースで客が憩う光景が印象的であった。大都市にはこうした公園等のオープンスペースの創出が重要である。準公共空間である公開空地や歩・車道を含め、非常時における外部空間の活用は今後の検討課題といえよう。
一方、地方都市では、人口比でカウントされる公共公益施設等の不足から、コロナ禍のもと、医療危機や災害危険性が高まったことである。
2020年8月、観光で多くの人が訪れる沖縄では他県から感染が持ち込まれ一気に医療体制がひっ迫した。人口減少により、昨今、保健所や病院医療施設の統合が進められてきた結果、感染者が急増した場合、医師や看護師、病床ベット数が確保できず、医療崩壊する危険性が生じているのである。
また、同年の「経験したことのない暴風」とされた台風10号では、九州で一時約20万人が避難所に身を寄せた。コロナ対策で定員を減らした避難所が満員となるケースが相次ぎ、避難所を変更したり、定員を超えて受け入れる事態が起きた。人口減少で一時避難所となる公共施設が減少し、親戚宅ほか、民間宿泊施設を利用するなど多様な方法で避難が求められた。しかし、そもそも地方では民間宿泊施設も少なく災害時に行き場を失う事態ともなる。
これは人口減少に起因するもので地方都市に共通する問題といえる。深刻な地方の人口減少に、東京一極集中が拍車をかけているのも確かであろう。
(3)国内の往来からみる地方大都市の衰退
国内のコロナ感染者数は、東京で全国のおよそ30%、東京圏で約半数を占めている。人口等の集積する大都市の感染拡大は、国内経済の停滞や、これによる生活困窮者の支援に膨大な財政出動を要する。このため、国は、感染状況を見て経済活動の動きを徐々に広げ、早期に生活の安定をとり戻すことに腐心している。2020年7月から実施した政府の観光支援策「GOTOトラベル」は、この象徴的な現れといえる。
今日までコロナ感染の波が、4月、7月、11月と約3か月の周期で起きている。GOTO施策の開始早々、感染が急速に拡大している東京発着は対象外とされた。また、前2波よりも大きい第3波に襲われた11月には、医療提供体制がひっ迫するなど感染状況が深刻となり、政府の諮問委員会からは、札幌市、東京23区、名古屋市、大阪市を事業対象から除外すべきとの提言があった。しかし、国が事業を停止したのは札幌市と大阪市だけ。東京は高齢者と基礎疾患者に自粛要請するという妙な形で決着した。
これは東京都民の足が止まると施策効果が半減するとされた7月の反省をふまえた苦渋の決断と思われる。動き始めた経済を再び減速させることへの懸念があったのはいうまでもない。様々な点で混乱を極めた施策であるが、このことを通じて様々なことが見えてきたようにも思える。その1つは、本稿での地方創生との関係である。もちろん、コロナ禍で生活に困窮する人などに本事業に参加するゆとりもなく、国民すべての行動を反映するものではないが、ひとつの傾向として捉えることはできよう。
そこで、GOTOトラベル事業の対象から除くことは何を意味するかという点。単的にいえば、その地域での感染リスクが高いため、人が往来することが好ましくないことであろう。しかし、逆に考えれば、対象外となった地域は、人の往来がそれだけ多いことである。他の地域から訪れるということは、都市の魅力や成熟度の高いことの現れとみることもできよう。東京一極集中の是正が叫ばれるなか、東京の人口流入を抑えるためにも、地方の大都市の活性化が求められている。つまり、事業対象地域こそ、地方創生の観点からは、力を注ぐべきことを示唆していると考えられる。
そこで、総務省が令和2年1月1日公表した令和元年の「住民基本台帳人口移動報告」から、わが国の21の大都市(東京特別区および政令指定都市)別の人口の現状を見てみる。この中で、GOTOトラベル事業の対象外となった地域は、いずれも人口が増加している。これ以外の約2/3を占める地方の大都市は転出超過であることがわかる。都道府県別では、東京圏以外は軒並み人口が減少し続けており、その転出先は東京に向かっている。地方の大都市から東京への大都市間の移動が起きている。この現状からも、地方の大都市の多くが衰退傾向にあることが推察できる。
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