本記事は、山口幹幸氏、高見沢実氏の編著書『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋・編集しています

地方移住を促す居・職(食)・住 髙野哲矢・アンドプレイス合同会社代表社員

地方移住
(画像=PIXTA)

1 大きな流れとして広がっていない地方移住

新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、人々の行動自粛が求められ、企業でのリモートによる在宅勤務が進み、必ずしもオフィスのある大都市に通勤する必要がなく、いわば勤務場所を問わない働き方も可能となっている。また、教育・病院・福祉などの分野でのデジタル化が叫ばれ、この環境整備を大きく前進しようとする機運が高まっている。

国はこれを呼び水として、大都市から地方への居住移転を加速化し、従来成し遂げることのできなかった地方創生を一気に進めたいと考えている。先日発表された政府の骨太の方針においても、この機会を逃すことなく、東京一極集中の是正と地方移転の促進を強く打ち出している。

これまでも全国各地で自治体や民間組織による移住促進や定住対策などが進められてきたが、東京圏への一極集中は留まることを知らず、バブル経済崩壊後の一時期を除いて転入超過が続く一方、地方圏での転出超過が続いていた。これまで地方移住が大きな流れとして進展しなかったのは、地方都市での働く場や学ぶ場、居住の場が見つかりにくいことや、地域コミュニティの問題などが挙げられることが多い。こうした中で2020年7月には2013年7月以降初めて転出超過となったが、この傾向が今後も続くかどうかは不明である。

筆者は2018年5月に幼少期から育った東京を離れ、福井県小浜(おばま)市に移住している。一般的ではない条件も含んでいるとは思うが、自身が移住を決断する際に考えたこと、実際に移住して働き、生活する中で感じる地方で暮らすことの魅力、自身の経験を通じて地方移住を促進するためにはどのような動機付けや条件、環境整備が必要か、若年世帯等が魅力を感じられる地方居住を実現していくためには何が必要かを考えていきたい。

2 福井県小浜市への移住を決意する

筆者は幼少期から東京で育ち、都内の大学・大学院では建築や都市デザインを学び、東京を拠点に全国各地で仕事の機会がある都市計画コンサルタント事務所に就職した。学生時代から旅行などで各地には行っていたが、働きだしてからは公私問わずそれまで以上に全国各地に出かけるようになり様々な出会いがあった。

また、職場が社外活動にも寛容だったことから、働き出して4、5年目あたりから同世代の仲間と集まり勉強会や研究会のような形で社外のつながりも増え、様々な場面で刺激を受けることができた。仕事でも社内外の多くの方からの指導、助力によって年々と成長できていたと感じるし、自身の興味関心に合う業務に多く携わることができ、とても恵まれた環境であった。

そのような中で、移住を決意したのは私的な理由だが、二人目の子どもが生まれることになり、子どもを育てる環境を改めて考えたことが大きい。そして、それまで9年近く働きながら感じていた都市計画に携わる実務家としての職能のことや自身が積んでいきたい経験、目指すキャリア(社内外、社会における立場など)のこと、拠点として働き暮らす場所での経験を考えた結果、前述のとおり妻の地元である福井県小浜市に移住することを決めた。

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(小浜の集落の様子 画像=『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』より)
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(冬季の雪かきの様子 画像=『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』より)

(1)移住の悩みどころ

筆者は大学院を卒業してから都市計画プランナーとして、主に自治体発注の景観関連の計画策定支援や公共空間活用等の都市デザインに係る業務などに携わってきた。都市計画やまちづくりの実務では実に多くの専門領域が絡み合うが、プランナーの技術領域として自身の総合性と専門性をどのように形成していくかは働く中で大きな関心ごとであった。

東京で働きながら、職場の地域事務所メンバーや地方で活躍される方々と交流する中で感じていたのは、概して都市部では様々なコラボレーションの中でいかに専門性を発揮するかが問われることが多く、地方部では限られた人材や経営資源の中で専門性を発揮しつつ、総合性が問われる場面が多いのではないかということだった。せっかくの都市部での経験をどれだけ地方で活かしていけるのかが見通しづらい点は悩みどころだった。移住した今、経験がそのまま活かせているとは言い難いものの、時間はかかるが、移住してきてからの経験とこれまでの経験を融合させる場面は必ず来ると感じている。

都市部では割と短期的に、目に見える成果を上げながら経験を積んでいくことが多いと感じているが、地方では目に見える成果がなかなか出ずに対外的な実績を積んでいくのが難しいのではないか、都市部のスピード感の中で実績を積み上げていく実務家に対して、地方で働くことのスピード感と実績で社会の中で戦っていけるのかということも地方移住を検討する際に懸念した点であった。

ビジネスや顧客層を一定の地域に限定したり、特化しても経営の見込みが立つ職業の場合はまだイメージがしやすいかと思うが、特定の地域に絞ると仕事自体が少ない職業や様々な場所での経験が求められる職業の場合、地方に移ることによる機会損失の可能性に対してどのように対応できるか戦略的に動かなければいけない。

働くことばかりでなく、暮らしのことも考えなければならない。働き方の変化による家族との過ごし方や時間の使い方、地方で暮らすことによる生活環境の変化に対する心構え、生まれ育った太平洋側から日本海側へ移住し、季節感が変わることや平日の余暇や休日の余暇活動の選択肢なども居住地選択の大きな要因となる。

(2)移住の決め手

地方に住むにあたっては、学びの場や商業施設や娯楽施設、医療体制など都市部と比べるとどうしても機会や場所が限られることも多いが、色々な物事が限られてくる以上に日常的な生活のリズムや身近な自然や場所、人から学び・遊ぶなかで、都市部にいるよりも丁寧に暮らす感覚を身につける、あるいは、取り戻すことができるのではないかという期待が大きくあった。

空が広く、景色の中に海や山が入ることが多い自然環境や、食材の生産地ならではの豊かな食資源、三世代居住による子育て環境など、これまでとは全く異なる環境に身を置き、暮らすことで得られる経験を考えた結果、今に至っている。

30年以上暮らしてきた東京を離れるのを決断した背景として、移住前の機会としては必ずしも多くはなかったが、地元の人との交流を通じてまちの魅力や可能性を感じたことが大きかった。

結婚して間もない頃、妻の実家で夕飯も食べ終わり休憩していると、近くに住む親せきのおじさんが突然家に来て、色々と話す機会があった。東京で都市計画の仕事をしていることを伝えると、地元集落のことや自分が小さい頃や今の小浜での暮らしの様子などたくさんの話を伺うことができ、話しながらにおじさんが地元のことをとても愛していること、地域の暮らしや環境を誇りに思っていることがとても伝わったのを覚えている。

また、一人目の子どもが生まれるときに、妻の里帰りに合わせて小浜に来たとき、ふと一人で小浜市内でも人気のカフェに入った。たまたま他にお客さんもいなく、オーナーさんとゆっくりと話すことができたのだが、その方も移住者でカフェを営業しながら植物のコーディネートの仕事も個人でしていることを知り、地方での働き方、生き方のヒントをもらったような気がした。

当時、小浜市のことはまだまだ知らないことが多かったが、まちで暮らしを愉しんでいる移住の先輩がいることを見つけて、「この町面白いかも」と思えたのも移住を考えたときに大きな要因となった。

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(ふと一人で入ったカフェ 画像=『Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる』より)

人口3万人弱のまちではあるが、地元に誇りと愛のある上の世代の方や、暮らしを愉しんでいるほぼ同世代の移住の先輩がいることを知っていたことが、色々と悩んだが移住に対する大きな決め手になったのだと今では思う。移住を決めるのに色々と条件はあったが、最終的な決め手はそこにいる「人の魅力」だった。

Before/Withコロナに生きる 社会をみつめる
山口幹幸(やまぐち・みきゆき)
大成建設株式会社 理事(元・東京都都市整備局 部長)日本大学理工学部建築学科卒。東京都入都後、1996年東京都住宅局住環境整備課長、同局大規模総合建替計画室長、建設局再開発課長、同局区画整理課長、目黒区都市整備部参事、UR 都市再生企画部担当部長、都市整備局建設推進担当部長、同局民間住宅施策推進担当部長を経て2011年より現職。不動産鑑定士・一級建築士(主要著書(共著を含む))『SDGs のまちづくり(持続可能なマンション再生)―住み続けられるマンションであるために―』(プログレス 2020年)、『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)『コンパクトシティを問う』(プログレス 2019年)、『変われるか!都市の木密地域―老いる木造密集地域に求められる将来ビジョン』(プログレス 2018年)、『人口減少時代の住宅政策―戦後70年の論点から展望する』(鹿島出版会、2015年)、『地域再生―人口減少時代の地域まちづくり』(日本評論社 2013年)、『マンション建替え―老朽化にどう備えるか』(日本評論社 2012年)、環境貢献都市―東京のリ・デザインモデル』(清文社 2010年)、『東京モデル―密集市街地のリ・デザイン』(清文社 2009年)など。
高見沢実(たかみざわ・みのる)
横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 教授東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。横浜国立大学工学部助手、東京大学工学部講師、助教授、横浜国立大学工学部助教授等を経て、2008年4 月より横浜国立大学大学院工学研究院教授。その後改組により、2011年4 月より現職。この間、1993年に文部省在外研究員(ロンドン大学)。専門は都市計画。(主要著書(共著を含む))『SDGs を実現するまちづくり(持続可能な地域創生)―暮らしやすい地域であるためには―』(プログレス 2020年)、『密集市街地の防災と住棗境整備:実践にみる15 の処方箋』(学芸出版社 2017年)、『60 プロジェクトによむ 日本の都市づくり』(朝倉害店 2011年)、『都市計画の理論』(学芸出版社 2006年)、『初学者のための都市工学入門』(鹿島出版会 2000年)、『イギリスに学ぶ成熟社会のまちづくり』(学芸出版社、1998年)など。

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