本記事は、Hamish McKenzie氏(著)、松本剛史氏(訳)の著書『INSANE MODE インセイン・モード イーロン・マスクが起こした100年に一度のゲームチェンジ』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

ただの取引

ディーラー
(画像=Deer_Hunter/PIXTA)

「テスラが押し売りランキングの最下位だって!よし!」

テスラの場合はいつもそんなふうなのだが、ある問題が片づいたと思うまもなく、またつぎの問題が持ち上がる。2014年に入ると、テスラは自社の製品を売る権利をめぐる難問にぶち当たった。

2007年、マスクはテスラを売る店舗を、スターバックス、アップルストア、それに「上等なレストラン」のいちばんいいところを寄せ集めたものにしたいと考えた。彼はブログ記事で、テスラはクルマに負けないほど店舗にもエネルギーを注ぎ込んで見栄えのいいものにしたいと書いている。いまあるテスラストアはじつにこぎれいだしモダンで、インタラクティブなタッチスクリーンやキューリグのコーヒーマシン、夕焼けのなかをすべるように走っていくクルマを映し出すLCDモニターなどが揃っている。

だがそれでも、こうした店は違法だと考える州もあるのだ。

自動車ディーラーの協会は、テスラの直販戦略は中間業者を排除して法を犯すものだと主張し、一貫して反対の姿勢をとってきた。テキサス、ミシガン、コネティカットなど一部の州は、古くからのフランチャイズ法に則のつとって、新車はディーラーが独占的に販売することを認めている。

ディーラーのシステムは多くの面でテスラの前途に立ちはだかっている。なぜ消費者への直接販売にこだわるのか。主な理由は、製品が売られる場をコントロールしたいからだとテスラは言う。とくに電気自動車の場合、ガソリン車ほどくわしい知識をもっている人が多くないために、売り方が重要になってくる。

テスラは自社ストアを販売の場というだけでなく、EVについて教える「教育の場」としても位置づけているのだ。またテスラというブランドをコントロールすることにも余念がない。たとえばアップルは、独自の販売網を打ち立てることに注意を払い、他の店がiPhoneを商品として売ることを長らく許可してこなかった。テスラも同じ道を歩んでいるということだ。

テスラストアではぜいたくな環境でいろいろ知識を得られるだけでなく、販売員はお客にクルマを買えというプレッシャーをかけないよう教育されている。これは値引き交渉や過剰なサービスが当たり前になっている従来の自動車ディーラーとは対照的だ。オンライン小売のディーラーによる2015年の調査(あきらかにバイアスのかかった情報源ではある)によると、現行の自動車購入のプロセスに満足しているという人は回答者4002人のうちたった17人だった。

2016年7月の覆面調査によると、ディーラーとしての販売の効率性という点では、テスラは数ある自動車ブランドのなかで最下位だった。マスクはこの結果にむしろ喜び、こんなツイートをしている。「テスラが押し売りランキングの最下位だって!よし!」

複数の調査によると、ディーラーたちは概して電気自動車を売る技術には長たけていないのだが、これはべつにそうなりたいとは思っていないからだろう。2013年末と2014年初めに、『コンシューマー・リポート』誌が4州85店のディーラーを秘密裏に調査したところ、「ディーラーの販売員の多くは、お客が期待するようなEVの知識をもっていない」という結果が出た。

2016年にシエラ・クラブの有志が308のディーラーを対象に行った覆面調査によれば、多くの販売員がEVの税額控除や割り戻しのことも、運転コストがどれくらいになるのかも知らなかった。私の妻は2017年、日産のディーラーへ行ったときにこれと同じ経験をしている。リーフを買ったときに割り戻し金がいくらになるか知ろうとしたのだが、応対した販売員は何も説明できなかった。

2015年には全米自動車ディーラー協会の前会長が、電気自動車をブロッコリーになぞらえて、消費者はほんとうは「ローカロリーのドーナツ」が──つまり燃費のいいガソリン車がほしいのだと発言した。しかしディーラーの仕事ぶりをよく観察すると、消費者たちがドーナツをほしがっているように見えるのは、決して彼らのせいだけではないことがわかる。一般の人たちがガソリンを使わないクルマというコンセプトにまだ慣れようとしている段階にある一方、ディーラーが電気自動車とは何か、どんな仕組みで動くのかを説明できるようになるにはさらに長い時間がかかる。

日産の広報担当者は『ニューヨーク・タイムズ』紙に、販売員は「リーフ一台を売るあいだにガソリン車を二台売ることができる」と語った。しかしまた一方で、EVは動く部品がずっと少なく、理論的にはメンテナンスの必要もないので、ディーラーのいちばんの収入源であるサービス部門にとっては脅威となる。だとすれば、テスラがすべて自分の手でやりたいと思っても意外ではない。

テスラとディーラーとの争いの元をたどれば、1920年の景気後退と1930年代の大恐慌に行き着く。当時のディーラーは自動車メーカーの言うがままで、とくにフォードとゼネラルモーターズは、需要が極端に少ないときでも余剰在庫をフランチャイズに押しつけていた。

ディーラーによる販売方式は、メーカーがインセンティブを与えられたサードパーティーを通じてほぼ全国のお客に楽に製品を売ることができ、クルマの売り上げ促進に貢献した。だがその結果として、メーカーは消費者に直接販売する権利を奪われることになる。1937年に各州は、大恐慌時代のように自動車メーカーがディーラーを搾取するのを防止する法律を制定しはじめた。そしていま、ディーラーはこうした法律を盾にテスラと争っているのだ。

アメリカのディーラーは強力な政治勢力といっていい。全米自動車ディーラー協会によれば、新車ディーラーの納税額はアメリカの税収入全体の15パーセントを占め、州によっては20パーセントにも達する。ほとんどどの街でもディーラーはアメリカの経済力の名だたるシンボルなのだ。ディーラー全体を合わせると、100万人を超えるアメリカ人が雇用されていて、広告やイベント、また地域のグループ活動(リトルリーグのチームなども含む)にも巨額を投じている。国家レベルの政治キャンペーンにも寄付を怠らない。

OpenSecrets.orgによれば、2012年の大統領選で全米自動車ディーラー協会がキャンペーンへの寄付に費やした額は320万ドル以上。同じ年にロビー活動に使った総額は349万ドルだった。地方レベルでは、ディーラーはほぼあらゆる下院議員選挙区で見つかるし、寄付の効果はより強く感じられるだろう。

自動車販売が始まって以来、ディーラーは何百何千万ものアメリカ国民が人生のなかでごく重要な、おそらく家の購入のつぎぐらいに大事な買い物をする際の手伝いをしてきた。アメリカ人の精神における自家用車の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。

多くの人たちにとって、クルマは単なる移動手段ではなく、ステイタスや自由、独立のシンボルでもある。この国の富は、自動車の増加と同じ曲線を描いて増大してきた。国として、個人としてのアイデンティティも同じだ。かりに家を持つことはできないとしても、クルマを持つことはできる。もしディーラーが自動車の独占的小売業者という地位を譲り渡そうものなら、アメリカ文化におけるその特権的な地位だけでなく、ビジネスモデルも蝕まれることになるだろう。

こうした事情があるからこそ、直販モデルを実現しようとするテスラは困難に直面しているのだ。ディーラー協会は、自分たちはディーラー間で価格競争をたえず行わせ、自動車の故障時のサービスオプションを提供することで消費者を守っていると主張した。連邦取引委員会はこの主張に異議を呈している。2015年、委員会の職員があるブログの記事にこう書いた。

「競争の根本原理とは、消費者が何を、どのように買うかを自分で決めることだ──規制が決めるわけではない」。それでもディーラーの地位には強力な後ろ盾がある。2014年にミシガン州のリック・スナイダー知事は、テスラが同州の消費者に直接販売を行うのを禁じる法案に署名をした。ゼネラルモーターズはこの法律を、「わが社が他の自動車メーカーと同じ市場ルールの下で競争できるようにするものだ」と評価した。

テスラの見解では、フランチャイズ法はなんの関わりもない。テスラが気にするのはフランチャイズを与える側と与えられる側の関係だけである。ゼネラルモーターズが自社の直営店でクルマを売り、そのせいでディーラーの売り上げが減ることを法律が禁じるというのなら、テスラとしてはフランチャイズ契約を始める気は一切ない。ただ自分たちでクルマを売るだけだ、ということだ。

テスラの見解への後押しがあったのは、2014年9月だった。マサチューセッツ州自動車ディーラー協会の申し立てによる、ボストン近郊のテスラストアの営業を禁じるかどうかの裁定で、マサチューセッツ州最高裁判所がテスラ側の主張を認めたのだ。マーゴット・ボッツフォード判事は裁定理由についてこう書いている。

この法律は「相互の関係、主にフランチャイズの関係にある」製造者と流通業者の不公正な商習慣からディーラーを守るためだけのもので、従来からのつながりのない製造者は含まれない。テスラはさっそくこの裁定を称賛し、他の州での議論にも結びつけた。「われわれはニュージャージーや他の州でも同様の理論的解釈をもって戦ってきた。これと同じ解釈がそうした場所でも適用されることを望み、期待している」

さらにニュージャージーでの戦いは、テスラがいまなお続く挑戦に立ち向かう意思があることを広く知らしめる契機になった。2014年3月にニュージャージー州政府は、テスラが同州でクルマを直接販売することを禁じるのに前代未聞の戦術を使った。十分な周知もなく、ニュージャージー州自動車委員会が──8人の委員のうち半数はクリス・クリスティ知事の息がかかった人物だった──かつて州がテスラに与えていた二つの販売ライセンスを停止する票決を下したのだ。テスラの支援者数十人がこの動議に抗議するために会議場に出向いたものの、票決の手続きが終わるまで発言は許されなかった。

この決定後、テスラはニュージャージー州内の既存のストアを「ギャラリー」に変更せざるを得ず、その場では試乗を行ったり価格を提示したりすることもできなくなった。かわりにお客はオンラインで注文し、州外からクルマを輸送する手続きをとらなくてはならない。これと同じことをテスラは、直販を禁じられた他の州でも行わざるを得なかった。

数日後にマスクは、「ニュージャージー州の人々へ」というブログ記事を書くことで、自らの大義を実践しはじめた。照準を合わせた相手はクリスティ知事だった。クリスティにはかつて、地元の市長に対する政治的な報復措置として、部下にニュージャージーからマンハッタンへ渡るジョージ・ワシントン・ブリッジの通行に制限をかけさせ、そのために市長を支持する有権者たちが何日も交通渋滞で身動きがとれなくなるというスキャンダルがあった。

自動車会社がディーラーを通じて販売しなくてはならないとする規制変更には、「消費者保護」という理由づけが与えられている。これを信じるなら、クリスティ知事がやった橋の閉鎖はなんなのか!マフィア流の「保護」のことを言っているのでないなら、そんなものはどう見ても事実ではない。

「マフィア」の一語は痛烈だった。クリスティが知事を務め、テレビドラマ〈ザ・ソプラノズ哀愁のマフィア〉の舞台でもあるニュージャージー州では、その言葉は特別な意味合いをもっていたからだ。だが、たしかに効果はあった。マスクの豪胆さに唖然としたような見出しが相次いだ。「まさか、ありえない」と『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙のブログ「マニービート」は書いた。「イーロン・マスク、マフィアを引き合いに、クリスティ知事のブリッジ閉鎖に言及」。マスクはたった一段落で、一地域の争いを全国的な戦いに変え、テスラに不利になるようできあがった体制のなかで雄々しく戦う存在として自社を位置づけたのだった。

INSANE MODE インセイン・モード イーロン・マスクが起こした100年に一度のゲームチェンジ
Hamish McKenzie(ヘイミッシュ・マッケンジー)
"PandoDaily"、"The Guardian"などに寄稿するテクノロジー及び社会問題専門のジャーナリスト。イーロン・マスク取材時にその手腕を評価され、テスラに入社する。退職後本書を上梓。出版スタートアップ企業Substack の共同創業者。
松本剛史(まつもと・つよし)
東京大学文学部社会学科卒業。翻訳家。主な訳書にフォード『ロボットの脅威 人の仕事がなくなる日』ダイヤー『米中 世紀の競争 アメリカは中国の挑戦に打ち勝てるか』(以上、日本経済新聞出版社)、ミエヴィル『オクトーバー 物語ロシア革命』(筑摩書房)、ストレッチャー『目的の力 幸せに死ぬための「生き甲斐」の科学』(ハーパーコリンズ・ジャパン)など。

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