本記事は、Hamish McKenzie氏(著)、松本剛史氏(訳)の著書『INSANE MODE インセイン・モード イーロン・マスクが起こした100年に一度のゲームチェンジ』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

電気自動車をめぐる戦い

電気自動車
(画像=Akio Miki/PIXTA)

「もしも地獄の真っただ中にいるのなら、そのまま突き進め」

テスラのCEOになる以前から、マスクは実質的な創業者と言えた。他の投資家たちを引きつける会社の顔となり、プロダクトデザインにも影響力をもちながら、初期のテスラが予算超過や品質の問題で四苦八苦しているのを苦々しい顔で眺めていた。2007年8月、創業者でCEOのマーティン・エバーハードに、君は降格だという知らせをテスラの取締役会長として突きつけたのはマスクだった。

12月にはエバーハードは完全に社を去り、最終的にマスクは経営責任者の任を自ら引き継ぐことになるが、他にその役割を引き受ける人間を探さなかったわけではない。2007年の年末までに、彼は少なくとも20人の候補と面接をして、テスラを次世代の大自動車メーカーに伸のし上げてくれるCEOを求めた。しかしスタートアップ企業がどういうものか理解し、なおかつ何万台もの自動車を製造するノウハウを知っている人材は、そう簡単には見つかるものではなかった。

暫定的なCEOをふたり挟んだあとで、マスクは2008年10月に不承不承CEOの任を引き受け、CEOと会長とプロダクトアーキテクトの1人3役をこなしはじめた(実際よほど懲りたのか、2018年にはただのCEOになった)。2008年には、こうした役職はどれもまったく魅力的ではなかっただろう。トップの責任を負ってすぐに、世界的な金融危機に立ち向かわねばならず、その一方では最初のロケット打ち上げに3度失敗したスペースXの命をつなごうとしていたのだ。

その年には、マスクとジャスティンは双子と3つ子1組ずつ、全部で5人の男の子を抱えていたが、結婚生活は破綻しかけていた。マスクは離婚調停の申し立てを行い、ひと月もしないうちに英国の女優タルーラ・ライリーと付き合いはじめた。ライリーにぞっこんのマスクはすぐさまプロポーズし、ふたりは婚約した(結婚は2010年*)。このころになるとマスクはロサンゼルスに住むようになり、すっかり変身を遂げていた。

マスクの見てくれはもう、いかにもファッションに無頓着なソフトウェアエンジニアのそれではなく、一流雑誌の表紙や深夜のトーク番組にも遜色ないものだった。そしてまもなく、その両方に登場しはじめた。2008年12月、『GQ』誌で「信念をもつ者」という見出しとともに称賛すべき人物として紹介され、記事にはマスクが首を雲の外に突き出して宇宙に目を向けているイラストが添えられていた。2009年4月には、〈レイト・ショー・ウィズ・デヴィッド・レターマン〉にゲスト出演し、モデルSのコンセプトカーについて話した。

同じ年に『ニューヨーカー』誌にも取り上げられ、自動車のクレイモデルの前で5人の息子と写真に収まってみせた。それから雑誌の『モア』でも紹介され、さらに『ワイアード』(2010年)、『フォーブス』(2012年)、『エスクァイア』(2012年)、『フォーチュン』(2013年)と続いた。2011年のドキュメンタリー映画〈電気自動車の逆襲〉では、テスラが財政的な危機を乗り越えてロードスターを発売し、モデルSを発表するまでが描かれ、マスクは中心的な役どころを果たしていた。しかし華やかな雑誌やテレビでの露出の陰には、文章や写真では捉えきれない苦さもあった。マスクがテスラをここまで導いてくるまでは、とにかく悪戦苦闘の連続だったのだ。

マスクが従来型のリーダーでないことは周知の事実だ。いまの部下からも以前の部下からも、大胆で魅力的であると同時に、扱いづらい人物だと評される。「イーロンはいつでも、“なぜもっと早く進められない?”と言ってくる」。ある社員はライターのティム・アーバンにそう語った。「もっと大きく、もっと良く、もっと速く。いつもそう求めるんだ」。

共同創業者で、テスラの最高技術責任者のJB・ストローベルですら、自社のCEOを「すばらしく挑戦的な人間と、信じられないほど気難しい人間との興味深いミックス」と呼んでいる。だが、マスクがCEOを務める上で最も重要な特長は、厳しい時期を乗り切っていく能力ではないだろうか。彼がよく引用してみせる、こんなお気に入りの文句がある──「もしも地獄の真っただ中にいるのなら、そのまま突き進め」。

*その後2016年に(2度目の)離婚をしている。

彼のこうした資質は、テスラがいまの地位に就く上で欠かせないものだった。実際それなしでは、ロードスターの時期を生き延びられなかっただろう。マスクは起業家であり投資家である友人のビル・リーの言葉をもじってこう言っている。「会社を立ち上げるのは、ガラスを食べながら深淵をのぞき込むようなものだ」。

しかし自動車産業に参入しようとするのは、またさらに難しい。製造工場の建設コスト、生産台数が少なくても協力してくれる上質なサプライヤーとの提携、流通のネットワークの確立、といった高い参入障壁で既存の勢力が守られている業界だからだ。その一方でまた、電気自動車メーカーを立ち上げるのは、まったく次元のちがう挑戦となる。あのトーマス・エジソンですら、いまよりよほど有利な条件下でありながら成功させられなかったのだ。

INSANE MODE インセイン・モード イーロン・マスクが起こした100年に一度のゲームチェンジ
Hamish McKenzie(ヘイミッシュ・マッケンジー)
"PandoDaily"、"The Guardian"などに寄稿するテクノロジー及び社会問題専門のジャーナリスト。イーロン・マスク取材時にその手腕を評価され、テスラに入社する。退職後本書を上梓。出版スタートアップ企業Substack の共同創業者。
松本剛史(まつもと・つよし)
東京大学文学部社会学科卒業。翻訳家。主な訳書にフォード『ロボットの脅威 人の仕事がなくなる日』ダイヤー『米中 世紀の競争 アメリカは中国の挑戦に打ち勝てるか』(以上、日本経済新聞出版社)、ミエヴィル『オクトーバー 物語ロシア革命』(筑摩書房)、ストレッチャー『目的の力 幸せに死ぬための「生き甲斐」の科学』(ハーパーコリンズ・ジャパン)など。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)