本記事は、夫馬賢治氏の著書『超入門カーボンニュートラル』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=PIXTA)

中国―排出量削減と経済力強化が結びつけば恐ろしいほどの力に

カーボンニュートラルの潮流から大きな追い風を受けられる経済体制を築いてきたもう一つの地域が中国だ。中国は、巨大な内需市場があり、世界の他の国とは比較にならないほどの大量生産を得意としている。そのため、大量生産でコスト削減が可能になった製品については、世界に冠たる国際市場競争力を持っている。その中心的な製品が、半導体、太陽光発電パネル、液晶パネルだ。そして中国は、その培ったコスト競争力を武器に、一気に海外市場に攻めていく。すでに電子部品の世界では、品質や性能の面でも世界有数の技術力を誇る。

その中国が重要産業と位置付けているのが、太陽光発電パネル、電気自動車(EV)、電池(バッテリー)だ。太陽光発電パネルでは、世界市場シェア1位がジンコソーラー(晶科能源)、2位がトリナ・ソーラー(天合光能)、3位がJAソーラー(晶澳太陽能)で上位を独占し、3社で3割弱の世界シェアを握る。中国にはそれ以外にも太陽光発電パネルメーカーが林立しており、中国全体での市場シェアは7割を超える。

電気自動車でも、中国は世界のEV販売市場シェアの47%を誇る。今後、中国以外でもEVの製造が普及していくことで、中国のシェアは2040年には33%にまで下がっていくとみられているが、むしろ中国のEVメーカーが国外に飛び出し、海外市場を席巻する状況もイメージされるようになった。中国のEVメーカーは、日本や欧米の自動車大手と提携し車両生産をおこなってきた中国の自動車大手だけでなく、比亜迪(BYD)や蔚来汽車(NIO)などの新興企業も上位に食い込んでいる。

風力発電の分野では、大型化が進み精密な調整力を必要とする洋上風力発電は、シーメンス、GE、ヴェスタスの欧米勢が依然として強い。しかし、細かい調整力が不要な陸上風力発電では、金風科技(ゴールドウィンド)、遠景能源(ENVISION)、明陽風電集団(Mingyang)などが、世界的に強い。今後、中国勢が大型化に成功させていくと、太陽光発電だけでなく風力発電でもメーカー覇権を握るようになる。

太陽光発電や風力発電、水力発電などが盛んな国で、今後有利な市場環境が生まれるのが、水素の分野だ。前述したように、今後の水素生産は、再生可能エネルギー電力での水電解で水素を得る「グリーン水素」がコスト観点で主力になるとみられている。そのとき再生可能エネルギー電源が大量にある国は、グリーン水素生産大国になることができる。

中国は実際にその地位を狙っており、大規模なグリーン水素プラントの建設を計画。燃料電池自動車(FCV)や水素還元製鉄の大型プロジェクトも発表してきている。中国はすでに世界の製鉄大国にもなっているため、水素還元製鉄を完成させると、世界経済に巨大な影響力を持つようになる。

一方で中国は、温室効果ガス排出量が世界最大の国でもあり、カーボンニュートラルを実現するために削減しなければならない排出量が最も多い国でもある。国内では、1990年から2020年にかけての経済発展で膨れ上がったエネルギー需要をまかなうために、石炭火力発電を何倍にも増やしてきた。さらに重工業での排出量増がこれに加わっている。

「中国でのカーボンニュートラルは絶対に実現しない。だから世界のカーボンニュートラルはありえない」。そう思われていた矢先、2020年に中国政府が日本に先立ち、国連総会の場でカーボンニュートラルを宣言した。期限は2060年だが、それでも、あの中国までもがカーボンニュートラルを言いだしたことに多くの人が驚いた。その後、中国企業からもレノボと京東物流(JD Logistics)は、いち早く2050年カーボンニュートラルを自主表明。さらには、中国石油化学大手の中国石油化工(シノペック)までもが2050年カーボンニュートラルを宣言している。

中国は、巨大な排出量削減という課題を内部に抱えつつも、カーボンニュートラル化で追い風を受ける産業構造を強化してきた。そのため、EUと同様に中国でも2011年から深圳、上海、北京、広東、天津、湖北、重慶、福建で二酸化炭素排出量取引制度が開始。発電や重工業への排出量課金が始まった。そして2021年2月からは中国全国版の排出量取引制度が導入された。これにより中国の総排出量の30%を占める企業に排出量課金が始まった。中国政府はEUで脱炭素イノベーションが大きく進んだことと同じ効果を中国内で期待している。

今後、ますます中国政府は、排出量削減と経済力強化を必ず結びつけてくるだろう。この双方の目的のピントが一致したときに、中国は恐ろしいほどの力を発揮するだろう。

そのカギを握るのが、中国がヨーロッパまでの陸路と海路での経済圏を創出しようとしている「一帯一路」政策だ。中国とヨーロッパの間にある国は基本的にすべて新興国・途上国のため、経済発展を通じて今後あらゆる需要が伸びてくる。中国がカーボンニュートラル型のイノベーションを先に完成させてしまえば、ドミノ倒しのように一帯一路の線上にある国にはメイド・イン・チャイナの技術が展開されていくだろう。すでに再生可能エネルギーやEV、社会インフラでは、一帯一路のメイド・イン・チャイナ化が進行している。

超入門カーボンニュートラル
夫馬 賢治
株式会社ニューラルCEO。サステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を2013年に創業し現職。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連有識者委員。Jリーグ特任理事。国内外のテレビ、ラジオ、新聞でESGや気候変動の解説担当。全国での講演も多数。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部卒。著書『ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった』(講談社+α新書)、『データでわかる2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)他

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