本記事は、夫馬賢治氏の著書『超入門カーボンニュートラル』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています。

【気候変動による金融危機リスク】

グローバル経済は複雑につながっている

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(画像=ampcool/Shutterstock.com)

前項では気候変動が各産業にもたらすダメージをみてきたが、経済システム全体に及ぼす影響はどの程度になるのだろうか。世界経済は、それぞれの産業が相互に関連しあっており、さらに貿易を通じて国境を越えて経済システムがつながっている。その上、モノだけでなく、カネの流れを扱う金融も含めると、世界はものすごく複雑に絡み合っている。

たとえば、日本人でも海外の企業の株式に投資している人がいるだろうし、日本政府が発行する国債も海外の投資家が保有していたりする。保険業界でも、日本の損害保険会社は、海外にある「再保険会社」と呼ばれる保険会社の保険会社に保険を引き受けてもらっていることが多い。シンプルに言えば、日本で災害が発生したときの損害保険の一部は、海外の保険会社によって支払われているのだ。

このようにわたしたちは、災害のリスクを国際的に分散することで、地球全体のリスクを人間社会全体で支え合っていたりもする。年金基金が国際的に分散投資しているのも同じ理由で、どこかの国で不測の事態があったり、経済が悪化したりしたときのダメージを、分散投資によってリスクヘッジし、年金加入者にしっかりと年金を支給できるようにしている。

このように複雑なグローバル経済の中で、気候変動が経済活動に破壊的な影響を及ぼすことがすでに予見されていたりする。特に2020年には世界の金融システムを管轄する2つの公的機関から、気候変動がもたらす金融危機リスクが相次いで発表されたことで、金融業界での気候変動に対する脅威認識は一段と大きく高まった。

1つ目の報告書の発表者は、国際決済銀行という国際機関だ。国際決済銀行は英語での略称で「BIS」とも呼ばれているのだが、おそらく多くの人は国際決済銀行という名前を一度も耳にしたことがないだろう。それもそのはずで、国際決済銀行はわたしたちの生活の中で直接的に接することがまずない、特殊な銀行だ。国際決済銀行の預金者は、日本銀行のような各国の中央銀行であって、企業にも生活者にもほとんど縁がない。

少し話が脱線するが、わたしたちはお金を預ける機関のことを「銀行」と呼ぶと学校で習う。そして「銀行の銀行」の役割を果たしているのが「中央銀行」だということも中学校ぐらいで習う。しかし実はその先にまだストーリーがあり、「中央銀行の銀行」の役割を果たしている機関があり、それが国際決済銀行だ。本部はスイスのバーゼルにあり、現在、日本銀行も含めた62ヵ国・地域の中央銀行が、国際決済銀行に預金口座を持っている。

国際決済銀行の誕生は古く、1930年。当時は1929年に発生した世界恐慌の影響で、世界の経済システムがきわめて不安定になり、主要国の中央銀行間の協力関係強化が求められていた時代だった。そこで国際決済銀行が設立された。国際決済銀行には中央銀行が口座を開設し、中央銀行の間でお金の送金をする場合、国際決済銀行を通じて、送金元の口座から送金先の口座にお金が振り込まれる。国際決済銀行が責任をもって送金処理をおこなってくれることで、中央銀行は安心して相手の中央銀行に送金ができる。

国際決済銀行の役割は、以前は国際送金が主だったが、最近では、金融市場や民間の金融機関の規制が主たる活動になってきている。たとえば、日本のメガバンク3行を含む世界の主要銀行を規制する「BIS規制(バーゼル規制)」は、国際決済銀行が事務局を務めるバーゼル銀行監督委員会という国際機関がルールを作っている。さらに国際決済銀行は、為替の安定化、銀行間の資金決済の健全性と効率性の確保、グローバル金融システム全体の金融市場リスクの分析と監督などもおこなっている。いわば、グローバル金融システムにおける「中央銀行」と「金融庁」の役割を果たし、世界の金融システムの安定化にとっての要だ。

中央銀行さえ為す術がなくなる

この国際決済銀行が、2020年1月に『グリーン・スワン(緑の白鳥)』というレポートを突如として発表した。そしてレポートの中で、気候変動が巨大な金融危機を引き起こすリスクがあると世界に警鐘を鳴らした。金融制度の要である国際決済銀行が気候変動による金融危機に言及したことに、金融界は衝撃を受けた。

気候変動が金融・経済にもたらす影響には、大きく2種類がある。まず、気候変動による災害や自然環境の変化による経済ダメージ(これを「物理的リスク」という)。そしてもう一つが、気候変動を緩和しようと政府が産業転換を強いる政策を導入し、同時に企業や金融機関も自発的に産業転換を図ろうとすることによる経済システムへの影響(これを「移行リスク」という)。『グリーン・スワン』には、この物理的リスクと移行リスクの双方が、金融システムを不安定にしていくと書かれていた。

金融システムの大きな負担となり、危機的な状況に陥った最近の事例には、2008年のリーマンショックがある。このときは発生が予期できなかった未知のリスクが顕在化し、「ブラック・スワン(黒い白鳥)」という言葉がもてはやされた。みなさんは白鳥の色は白いのが当たり前と思っているかもしれないが、実はオーストラリアには黒い白鳥が存在しており、「コクチョウ」という日本名も付けられている。コクチョウは、オランダの船長ウィレム・デ・ブラミンが1697年にオーストラリアを探検したときに発見され、当時のヨーロッパ社会に大きな衝撃を与えた。そのことから、「あまりにもレア」「発生したときの影響が広範囲で甚大」「発生する前には具体的な影響把握が困難」な事象を指して「ブラック・スワン」と呼ぶようになった。

国際決済銀行のレポートのタイトルにもなった『グリーン・スワン』は、この「ブラック・スワン」をもじったものだ。「グリーン」は環境やエコの代名詞として使われる用語で、ここでは気候変動を表している。そして『グリーン・スワン』では、まさに気候変動が次の「ブラック・スワン」になりうるという内容が報告されている。

『グリーン・スワン』報告書の結論部には、少し重々しい内容が書かれているので、まずそちらを紹介しよう。

気候変動は、社会経済システムのガバナンスにとって未曾有の挑戦となる。気候変動に関連する物理的リスクと移行リスクがもたらす経済への潜在的な意味合いは、数十年間議論されてきたが、金融への意味合いについてはほぼ無視されてきた。

だが、過去数年にわたって、中央銀行や規制・監督当局は、気候変動が主要なシステミックな金融リスクの原因となることをますます認識してきた。十分に調整された野心的な気候政策がない中で、金融セクターの安定性に影響を与える物理的および移行リスクの重要性に対する認識が高まっている。現状のままでいれば、中央銀行が「気候変動から金融システムを守る最後の砦とりで」の役割を担うことになろうが、気候変動の不可逆的な影響に対して金融政策や財政政策でできる対策はほとんどないことを考えると、その役割は受け入れがたいものになるだろう。言い換えれば、気候変動によって引き起こされる新たな世界的金融危機の前では、中央銀行と金融監督当局は無力だ。

この内容は、グローバル金融システムの安定化を担う国際決済銀行として、かなり思い切ったものとなっている。気候変動で金融危機が起きてしまえば、金融当局には為す術がなくなってしまうというのは、きわめて重い発言だ。かつて、気候変動問題について、環境保護団体や国連の環境機関から警鐘を鳴らされたことは何度もあった。

しかし、いまや金融を司(つかさど)る国際機関からも猛烈な危機感が示されている。これにより、世界各国の中央銀行は、一気に目が覚めていった。

気候変動が金融システムに与える恐るべき影響

では、国際決済銀行は何をそこまで恐れているのだろうか。『グリーン・スワン』では、気候変動の影響を気温上昇による影響と異常気象による影響の2つに分け、経済システムに及ぼす影響を大まかに見通している(表2)。

たとえば災害や気候変動で大きな打撃を受けた企業は株価が下落する。すると、年金基金や保険会社の運用資産が大きく減少し、特に年金給付金や老齢保険給付に頼っている高齢者にとっては大きな打撃となる。レバレッジを効かせている個人投資家も自己破産に追いやられるかもしれない。株価が長期間低迷して、それにより経済が冷え込むと税収も落ち込み、政府は社会保障に予算が回せなくなる。

超入門カーボンニュートラル
(画像=超入門カーボンニュートラル)

災害や気候変動で打撃を受けた企業は、倒産のおそれも出てくる。倒産が増えれば融資をしている銀行までもが倒産するかもしれない。倒産しなくても銀行が貸し渋りをするようになれば、企業への融資が滞り、企業の連鎖倒産が発生するおそれもある。また銀行の資産が減れば、国債への投資額も減るかもしれない。すると経済が厳しい局面で、政府は国債を発行しづらくなっていく。

その上、災害では被災した金融機関の事業そのものが中断するかもしれない。加えて、不測の事態に備えるための保険という仕組みが、災害の大きさに耐えきれず、保険システムが崩壊してしまうかもしれない。

気候変動がもたらす金融システムへのインパクトの恐ろしさは、これらの影響が、ほぼ世界全体で同時多発的に発生することにある。従来の国際金融政策では、ある地域のリスクを他の地域でヘッジすることで全体の調整力を作用させようとしてきたが、気候変動ではその対策がうまくいかなくなってしまう。

各国の金融当局も対策を打ちきれなくなるかもしれない。特に困難なのが物価と通貨の安定だ。基本的な金融政策では、インフレで物価が高騰しているときには金融引き締めをおこなって物価を抑制し、反対にデフレで物価が下落しているときには金融緩和をおこなって物価を引き上げる。しかし、気候変動により資源や食品が調達できなくなったことで物価が高騰し、その状態で経済活動が停滞すると、金融政策で最も対応が困難な「スタグフレーション」の状態となる。この状態では、金融を引き締めるべきか、緩和するべきか、という単純な金融政策では対処できなくなる。さらにこの状態が世界全体で長期化すると、金融当局としてはお手上げになってしまう。

超入門カーボンニュートラル
夫馬 賢治
株式会社ニューラルCEO。サステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を2013年に創業し現職。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連有識者委員。Jリーグ特任理事。国内外のテレビ、ラジオ、新聞でESGや気候変動の解説担当。全国での講演も多数。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部卒。著書『ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった』(講談社+α新書)、『データでわかる2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)他

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  1. 日本でカーボンニュートラルが急速に広がったきっかけ
  2. 気候変動が金融システムに与える恐るべき影響とは
  3. 2050年までにカーボンニュートラルを実現させるための3つの選択肢とは
  4. 大規模な投資家であるほど、ESG投資に傾斜している理由
  5. カーボンニュートラルを実現するための「グリーン成長戦略」とは?
  6. 「排出量を削減しなければならない国」1位とは?
  7. 社会や自然環境を荒廃させてきたのは「従来型の資本主義」?
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