本記事は、守屋実氏の著書『起業は意志が10割』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています
起業で重要な「道徳」「国語」「算数」
起業で大切な教科は、道徳、国語、算数であると僕は考えている。そして、その大切さの大きさ、順番も、道徳>国語>算数、だと思っている。
と、これだけ伝えても、「一体、何のことだろう?」とキョトンとされそうだ。もちろん、小学校の頃に習った内容とは、少々違う。僕の定義は、以下の通りだ。
道徳は、心根の話。人としてのそもそも論 国語は、意思疎通。仲間としてのそもそも論 算数は、数字感覚。思考と行動と数字の一気通貫
詳しく説明しよう。
道徳は、あなたの意志や信念、ミッションなどを指す。事業に込めた想いであり、この事業で社会の課題をどう解決したいと思っているのか。他人事ではなく、自分事にして、あなた自身が強く成し遂げたいと思っていることが大事だ。その肚落ち、ブレない心が必須である。それがなければ、起業は始まらない。
起業において、テクニックから入りスマートに儲けようと考えていたり、その場の損得だけで自分が戦うマーケットを選ぼうとしたりする人がいる。その時点で「負け」がほとんど確定している。「今どの領域がキテますか?」といった質問をもらうことがあるが、そういう方々に僕が返すのは、「あなたはそもそも何がしたいのですか?」ということだ。
起業は予想できないことやうまくいかないことの連続だ。それなのに「これだ!」という信念も持てていない領域に突っ込んでいっても、絶対にうまくはいかない。「あれもよさそう」「これも儲かりそう」とフラフラした気持ちでいるようでは、苦境を突破できず、人もついてこない。つまり、自分が何を主戦場にするのか、「これを貫き通す」という経営者としての道徳がなければ起業で成功することは難しいのだ。
また、大企業の新規事業におけるよくある景色として、上司や上司の上司の顔色をうかがい忖度し、顧客以外の人の意見まで取り入れた経営会議突破のための作文を書く人がいるが、それもまた、「負け」が確定している。
当たり前だが、顧客は会社の外にいる。著しく「社内化」されたエトセトラは、顧客との時間を削る不要な時間だと捉えることが重要だ。新規事業に挑戦するあなたは、挑戦者として何が何でも成し遂げたいという強い意志、使命感、熱量を持ってそれらを果敢に乗り越えて顧客に向き合うことが、事業責任者としての道徳だ。
次に、国語だ。国語は、自分の意志を伝えるコミュニケーション能力や事業の詳細を説明する言語力のことである。自分の頭の中を他者にアウトプットする力だともいえる。なぜこの力が必要なのか。それは、自分だけでできることは多くないからだ。自らの志を仲間たちや取引先に伝えて、賛同を得ることで、事業を拡大していくことができる。消費者にも同様だ。メッセージをきちんと伝えられなければ、自社の商品・サービスを選んでもらうことはできない。
当然だが、思っているだけでは他者には伝わらない。自分が何を目指し、どんな課題を解決したいのか、それをきちんと語れたり発信できたりする国語力が欠かせない。しかも、浸透するまで何度も何度も伝える根気を持ってである。
組織の問題は、スタートアップであっても大企業であっても、いつの時代もどの会社も、付き物のようになくなることのないノックアウトポイントだ。国語を疎かにして、組織が健やかであるはずがない。
そして、最後に算数。これは、起業家が持っているべき数字感覚のことだ。代表的に大事な数字は、「おカネ」という数字だ。当たり前だが、事業である限り、儲かるように仕組み化しなければ続かない。
企業に雇われている側の時には気づきにくいが、私たちは会社に存在しているだけでカネを食っている。もっともわかりやすいのは給料やオフィスの家賃だろう。他にも、電気をつければ電気代がかかり、トイレに入れば水道代などがかかる。自分で事業を始めてみると、おカネの問題は避けて通れないことだと思い知る。おカネという数字に対する感度が鈍いと、「儲かる」と思っていた事業が最終的には赤字になったり、「これはトントンかな」と思っていたものが大赤字になったりする。
時間という数字も、とっても大事だ。スピードという言葉に置き換えてもいいかもしれない。成果も成長も儲けもない非生産的な時間の過ごし方に強烈なストレスを感じることは、当たり前で健全な感覚だ。その感覚を大事にしてほしい。
ビフォー・コロナであれば隙間時間や細切れの時間、ウィズ・コロナであれば「ながら時間」をどうやって活かすかを考える。また、自分ですべきことなのか、人にお願いしたほうがよいことなのかを見極めるべきだ。自分の時間価値を最大化する感覚が身についていないと、あらゆるものが遅くなってしまう。スピードは価値である。時間という数字に対する感度が鈍いことは、事業をおこなううえで致命的になることを覚えておいてほしい。
何を思って行動し(道徳)、どう表明し(国語)、それがどのような数字(算数)になって現れてくるかという一連の流れは、起業をするうえで欠かせない。しかし、残念ながら、僕が見る限り、思考と行動と数字が一致している起業家は多くない。そして僕自身も簡単にはいかず苦心している点でもある。だからこそ、僕は、そのような起業家やこれから事業をスタートさせたいと考えている方に、起業における道徳、国語、算数の重要性を伝えていきたい。
ポイント 新規事業は、道徳、国語、算数が一気通貫してこそ成功する。
大企業の「道徳」「国語」「算数」
ビジネスにおける道徳、国語、算数は、その人が置かれた環境で大きく異なるものが形成されている。ここでは、大企業での3教科の特徴を見ていこう。
大企業における道徳は、「会社のプロ」となることだ。社内で出世することが目標として据えられており、実際にそのために頑張れる人が大企業では敬われる。出世することが正義であり、そのための考え方が大企業の道徳となっている。
このような道徳が会社組織のすみずみまで行き渡っているために、「社内で権力を持っている人こそがルール」という状況が生み出されることがある。これには、良い点もあれば悪い点もある。良い点はまとまりがあることだ。一糸乱れず、という統率がとれている組織は強靱だ。一方、社会とはズレた道徳がまかり通ってしまうこともある。最悪な症状としては隠蔽や不正の類いである。どんなに大きく、仕組み化された大企業であっても、組織の最小単位は人であり、その点において個々人の道徳が大事であることは、疑いの余地がない。
続いて、大企業における国語の特徴は、「同質の中でおこなわれるコミュニケーション」ということだ。これにも、良い点と悪い点がある。良い点は、阿あ吽うんの呼吸でいろいろな物事がスムーズに進んでいくことだ。マニュアル化のできない製品をたくさん作るなど、我が国のお家芸だったりもする。
しかしながら、このような国語が当たり前のものだと思い込んでいると、落とし穴にハマる。たとえば、自動車業界は、これまでは業界の中で同質性の高いコミュニケーションをしていればよかった。自社もライバル会社も関連会社もみんな自動車関連。良くも悪くもその業界の外に出ることがなかったからだ。しかし今後は、そうもいっていられない。これからは、ウーバーやアマゾン、グーグルなどが業界の新たなプレイヤーになるかもしれない。自動車業界以外の企業と取引をする場合には、これまで続けてきた阿吽の呼吸では通用しない。
最後に、大企業における算数。特徴は、「権限と数字の一致」だ。どういうことか、説明しよう。
大企業の組織を維持するには、ヒエラルキーやルールが必要だ。統制がなければ、組織構造はぐちゃぐちゃになってしまう。統制があるから、大企業は大企業として、その絶大なるパワーを維持し続けているのである。
その大前提があったうえで、大企業の算数に目を向けてみる。大企業のマーケティング部長といえば、社内では注目されていたり尊敬されていたりする存在だと思う。しかし、その人が管理する費用は「マーケティング費」だけだ。売り上げがあって、原価や人件費などの経費があるという会社全体のお金の動きまでは、対象の範囲外だ。世の中には、キャッシュフロー計算書(CF)、バランスシート(BS)など、いくつもの財務諸表があるにもかかわらず、損益計算書(PL)のマーケティング費しか見えていないのだ。もしこれが経営をする立場であれば致命的に視野が狭いといわざるをえない。
書きぶりが多少ネガティブに振れてしまったが、優秀な人材が狭い範囲の数字に責任を持って血眼になって臨んでいる状況は、強靱そのものであり、だからこそ大企業が大企業たり得ているともいえるのだ。
良い部分も悪い部分も含めて、こうした特性を持つのが大企業の道徳、国語、算数だ。大企業の中での新規事業開発は、こうした独特の道徳、国語、算数に後押しされたり、また阻まれたりすることになる。
ポイント 大企業の特徴は、道徳は「会社のプロ」、国語は「同質内のコミュニケーション」、算数は「権限と数字の一致」。
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