本記事は、守屋実氏の著書『起業は意志が10割』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています

大企業での挑戦者 JR東日本スタートアップ

スタートアップ
(画像=Halfpoint/PIXTA)

大企業の出島戦略で自社の課題解決につながる多数の新規事業を立ち上げる

続いては、大企業での新規事業の事例をお伝えする。

舞台は、JR東日本。誰もが知る大企業だ。しかし、その大きさゆえに、自由が利きにくいという側面もある。そこで本体から新規事業を切り離す、「出島戦略」による新規事業の推進に乗り出した。JR東日本スタートアップ株式会社として現在4年目、それ以前の活動も含めると5年目を迎えている。そして、コロナによる打撃をもっとも強く受けた業界の一社でありながら、今も新規事業創出の熱量が下がることはない。

ありとあらゆる一歩が重く、自由の利かない大企業の中においては、どうしても「うちの会社では無理」「よその会社はいいよなぁ」という発言につながりやすい。しかし、愚痴からは何も始まらない。ぜひ、JR東日本の躍進を参考に、あなたもあなたの環境の中で、新たな道を切り拓いていただきたい。

[会社概要] 社名:JR東日本スタートアップ株式会社
設立:2018年2月20日
株主:東日本旅客鉄道株式会社(100%)
ウェブサイト:https://jrestartup.co.jp/

●JR東日本の出島戦略

最初にJR東日本の話を聞いた時、僕は非常に驚いた。経営陣の方々が、国鉄時代に会社を守りたいと奔走したけれど、それが果たせなかったという忸怩たる思いを今も持っていたからだ。彼らの言葉を借りると、「会社は一回潰れている」という。そのような原体験が残っているために、JRが置かれている現状についても「このままではいけない」と強く思っているというのだ。

我が国の大企業は、国力の成長鈍化に引きずられながらじわりじわりと衰退していった。そんな時期がもう30年も続いている。JR東日本も人口の減少に引きずられて、乗客がどんどん減っていくことが確実だ。そんな中で、鉄道業だけにかじりついていてはダメだという強い危機感を高めていった。

こうした危機感の中で生まれたのが、JR東日本のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)「JR東日本スタートアップ株式会社」だ。スタートアップ企業のアイデアや技術と、JR東日本グループの経営資源をつなぎ、豊かな暮らしや元気な街、新しい未来を創っていく会社である。

当然のことながら、会社という「ハコ」ができたからといって、勝手に事業が形になるわけではない。本書で繰り返しお伝えした通り、ファーストステップは「意志が10割」だ。JR東日本スタートアップでいえば、代表の柴田裕さんの強い意志が、会社躍進のマスターリソースだ。

大企業の新規事業系の取り組みには、共通の特徴がある。良い面悪い面、それぞれあるが、そのうちの悪い面をあえて抜き出すと、以下の通りとなる。

•それっぽいカタカナを振りかざしているが、結局やらない(やれない)
•事業をやる暇がないほどに社内対応が大変
•年度が変わると人事が刷新され、何もかもがリセットされる
•結局は、本業が大事

などである。

では、JR東日本スタートアップはどうだったのか?

答えは、悪い面にまみれることなく成果を上げ続けている。スタートアップとのビジネス共創の場であるJR東日本スタートアッププログラムのイベントの成果は、「4年で923件の応募があり、うち92件が実証実験に入り、結果41件を事業化した」のだ。メンバーは総勢、たったの8名だ。JR東日本という大企業の中で、短期間にこれだけの成果を生み出したことは、特筆すべきものである。

少しだけ、僕と柴田さんの出会いを振り返る。柴田さんと会ったのは、遡ること3年前、とあるイベントでだった。そのイベントに登壇していた僕に、柴田さんが声を掛けてくれた。ひとしきり二人で話をした後に、その場で「うちに来ませんか?」と参画の誘いをしてくれたのだ。事業のスピードも速いが、採用のスピードも速い。JR東日本のような大企業が、スタートアップのようなスピードを手に入れたら、強くないわけがないだろう。

●JRに還元される新規事業をスタートアップと連携して進める

JR東日本スタートアップが展開する新規事業には、大きな特徴がある。

たとえば、

•JR東日本自体がまさに社会そのものであり、そしてさまざまな課題を抱えている
•その課題を自らオープンにし、解決できるスタートアップを具体的に募集している
•可能性を見出したスタートアップと、JR東日本の現場を使って実証実験をおこなうことができる
•実証実験の結果をもって、事業化に踏み切る決断をしている

というあたりである。

具体的な事例を紹介しよう。

JR東日本が解決したい課題のひとつに、キオスクの人手不足があった。キオスクは、JR東日本の駅構内にある小型売店で、誰でも一度くらいは使ったことがあるのではないかと思えるほど至る所にあったが、近年、店員の確保が追いつかず、多くの店舗が休業や閉店に追い込まれていた。

そこで、外部のスタートアップと共創し、「最先端のIT技術、デバイス開発力、オペレーションノウハウを活かした、ユーザーフレンドリーな省人化&省力化を実現するシステムソリューションの創出をおこない、人手不足問題の解決を目指す」ことにした。

そうして生まれた事業が、「商品を手に取るだけのウォークスルーの次世代お買い物体験無人AI決済店舗TOUCH TO GO」であり、 そのために設立した会社が、株式会社TOUCH TO GOだ。

TOUCH TO GO の前身は、JR東日本スタートアップが主催した2017年度の「JR東日本スタートアッププログラム」で最優秀賞を受賞した無人AI決済システムだった。そこから共創が始まり、無人AI決済店舗の実証実験を大宮駅で実施、さらに2018年度には、商品認識率と決済認識率を向上させ、第二弾の実証実験を赤羽駅で展開、その後、無人決済店舗TOUCH TO GOとして、高輪ゲートウェイ駅に1号店をオープンさせたのだ。

この、ステップを踏みながらリアリティをもって進めるということができるのは、JRだからこそという側面もあるが、それを「本当に実現する」のは、また別の次元の話だとも思っている。柴田さんという意志を持った人がいて初めて切り拓かれるわけであり、加えて、柴田さんを支えるJR東日本スタートアップ取締役の竹内淳さんや、いつも先陣を切って道を切り拓いていく TOUCH TO GO社長の阿久津智紀さんなど、多彩なメンバーが結集しているからである。こうしたチームが、自らの環境を活かしながら泥臭く実際に手を動かし汗をかきながらやり切る。それが、事業を生み出しまくる力の源泉となっているのだ。

僕は、大企業が新しい事業を生み出すことが、日本の再浮上において大事だと思っている。もちろん大企業だから動きようがない、という現実があることは十分承知している。でも、だからこそ、JR東日本スタートアップの躍進の例に勇気を得てほしい。「為せば成る」である。

僕自身も、引き続きJR東日本スタートアップの一員として、スタートアップとコラボレーションし、JR東日本の多くの課題を解決していきたいと思っている。

起業は意志が10割
守屋実(もりや・みのる)
1992年ミスミ(現ミスミグループ本社)入社、新規事業開発に従事。2002年に新規事業の専門会社エムアウトをミスミ創業者の田口弘氏と創業、複数事業の立ち上げおよび売却を実施。2010年守屋実事務所を設立。新規事業創出の専門家として活動。ラクスル、ケアプロの立ち上げに参画、副社長を務めた後、博報堂、サウンドファン、ブティックス、SEEDATA、AuB、みらい創造機構、ミーミル、トラス、JCC、テックフィード、キャディ、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会、JAXA、セルム、FVC、日本農業、JR東日本スタートアップ、ガラパゴス等の取締役などに加え、内閣府有識者委員、山东省人工智能高档顾问を歴任。2018年にブティックス、ラクスルを、2ヵ月連続で上場に導く。著書に『新しい一歩を踏み出そう!』(ダイヤモンド社)がある。

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