「現物出資」という言葉を聞いたことがあるだろうか。会社を設立した経験のある方なら、個人事業主時代に経営していた資産等を出資というかたちで拠出することを検討したと思う。しかし、よほどこだわりがあるケースを除いて、多くの場合は最終的に金銭による出資に切り替える人が多い。今回は、経営者なら誰もが一度は検討したであろう現物出資について、その内容をみていきたい。
目次
現物出資とは
株式会社などを設立するときには、資本金額の決定および資本金の払込が必要であるが、現物出資とは、その払込(出資金)を金銭以外のものですることをいう。車や不動産など、資産として認められる財産を出資することを「現物出資」と言い、会社の資本金として充てることができる。
現物出資の手続き
まずは、現物出資に必要な手続きを、金銭出資の場合と比較してみる。
出資物の調査
現物出資の場合には、出資物の時価が相当であるかどうかを調査することが必要である。金銭出資の場合は、この手続きはない。なぜならば、金銭出資は、その価額と時価は当然に等しいからだ。
調査を行うのは代表取締役か、もしくは裁判所選任の検査役であるが、以下の3つの要件のいずれかにあてはまる場合は代表取締役が自ら調査することが可能である。当てはまらない場合は裁判所選任の検査役に調査を依頼する。
その要件とは、「現物出資財産の価額が500万円以下である」「現物出資した有価証券に市場価格があり、法務省令で定める方法により算定されるものを超えていない」「公認会計士、税理士、弁護士等の評価証明書がある(不動産による現物出資の場合は不動産鑑定士の鑑定評価も必要)」の3つである。
検査役による調査に関しては、場合によっては数ヵ月かかることもあるため、会社設立を迅速に行うことができなくなってしまう。そのため、上記3要件のいずれかを満たした形で代表取締役により行われるのがほとんどである。
原始定款の作成
その後、原始定款を作成するが、原始定款には以下の事項を記載する必要がある。「出資者の氏名又は名称」「出資財産およびその価額」「出資者に対して割り当てる設立時発行株式の数量」だ。これは、発起設立がほとんどである中小企業の会社設立においては、金銭出資の場合とほとんど変わりのない手続きといえる。
現物出資の調査報告書作成
次に、出資物の時価が相当であるかどうかの調査結果をもとに、調査報告書を作成する必要がある。取締役が報告者となり、法務局へ提出するが、金銭出資の場合は、時価の調査を行わないので、当然作成や提出を行う必要がない。
さらに、財産引継書も出資者ごとに作成する必要がある。財産引継書とは、現物出資された資産が出資者から会社側に確かに渡ったことを示す書類である。必要な場合には、各資産の名義変更手続を行う。不動産の場合は登記を行い、自動車の場合や有価証券の場合にも、名義変更手続きを行う必要がある。
現物出資があまり行われない3つの理由
現物出資は、実際の設立ではあまり行われない。それは、現物出資にはいくつかの大きなデメリットがあるからである。ここでは、現物出資の3つのデメリットをみていきたい。
1.煩雑な手続き
前述した通り、手続きが煩雑であるということだ。現物出資に比べて、各種書類の作成が増えたり、専門家への報酬の支出が必要になったりする。また、所有するために登記や登録が必要な資産については、所有権の移転手続きを行わなければならず、設立までより多くの時間を要する。検査役が調査する場合には、さらに時間がかかるので、迅速な経営のスタートを阻害してしまう。
2.金銭に比べて現金が少なくなる
現物出資を行った場合、設立当初は資本金よりも現金が少なくなってしまうこともデメリットだ。現物出資で設立する場合には、設立後の資金繰り計画を確実に立てておく必要がある。
3.余分なコストが発生する
現物出資に伴って余計なコストが発生する可能性がある。個人が会社に財産を現物出資する場合、時価で譲渡することになるため、含み益があると譲渡所得が発生することになる。
また、課税事業者が現物出資をする場合は、課税売上になり、不動産や自動車など取引に際して税金が発生するものを現物出資した場合については、その諸税もかかる。このように大きなデメリットがあるため、現物出資は実際にはあまり用いられない。
現物出資の税務
現物出資は、通常の税務では出てこない取引であり、出資という側面と、資産の譲渡という側面があるため、税務面も複雑になる。ここでは、現物出資の税務について概観していきたい。
現物出資を個人が行う場合
現物出資の税務処理は、現物出資を行う側(出資者)が個人か法人かによって異なってくる。現物出資を行う側が個人の場合は、常に時価での譲渡となり、含み益があれば譲渡所得が生じる。現物出資をされた側(会社)においては、時価にて資産計上を行うことになる。
現物出資を法人が行う場合
現物出資を行うのが法人の場合は、「税制適格現物出資」か「税制非適格現物出資」かによって、取り扱いが分かれてくる。
具体的には、現物出資を行った法人は、原則として時価で譲渡したものとされ、時価と簿価との差額について、損益を認識することになる。ただし、適格現物出資に該当する場合は、簿価で譲渡したものとされ、譲渡損益が繰り延べられる。一方、現物出資を受け入れた会社は、現物出資直前の帳簿価額で受け入れることになる。
消費税は?
また、現物出資は、消費税法上の課税取引とされている。課税取引は、「国内において事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡、資産の貸付け及び役務の提供」と定義されているため、現物出資のうち、上記の要件に該当するものは、課税取引となる。もちろん、非定格現物出資の場合は、時価で取引されるので、その価額で課税売り上げ、課税仕入れとすることに異論はないだろう。
適格現物出資の場合はどうなるのだろうか。法人税法上は、帳簿価額による移転となり、譲渡損益は計上されない。一方で、消費税上は、適格・非適格に関わらず、資産の譲渡等に類する行為として、通常通りの「課税取引」の判定を行うため、注意が必要である。
現物出資の代表例、デット・エクイティ・スワップ
現物出資は、現実的にはどのような状況で活用されることが多いのだろうか。もちろん、実際に現物を出資することも多いが、その場合には、適格現物出資を除けば金銭を出資し、その金銭でもって買い取る方法でも趣旨を達成できる。現物出資として多く活用されているのが、デット・エクイティ・スワップである。
デット・エクイティ・スワップとは?
デット・エクイティ・スワップとは、金融機関などによって行われる、債務超過企業など、経営不振に陥っている企業に対する支援策のひとつだ。デット・エクイティ・スワップは、デット(=債務)とエクイティ(=株式)のスワップ(=交換)という名の通り、意味合いとしては、債務と株式を交換することである。
具体的には、債権者への返済義務がある有利子負債(利子の支払いが生じる負債)を、債権者了承のもと、会社の資本金として取り込む。返済不要の資金とすることにより、経営改善を行う。債務者としては、このまま経営不振が進み、すべての金銭債権が回収できなくなるよりは、債務を免除して対象企業の財務状況を好転させることで、一部でも金銭債権の回収を狙う。
その際、ただ債務を免除するのではなく、デット・エクイティ・スワップによって株式を保有することで、株主として直接的に経営に意見することができ、業績が回復すれば配当金も得られる。後日、保有株式を売却することによって売却益も得られるため、単なる債務免除に代えて、活用されることが多い。
デット・エクイティ・スワップのメリット、デメリット
もちろん、デット・エクイティ・スワップもよいところばかりではなく、デメリットもある。
メリットは、債務者側にとっては、有利子負債が減ることで返済や利回りなどのキャッシュアウトがなくなり、キャッシュフローが改善すること、また同時に自己資本比率が改善すること、さらに第三者である債権者の意見と経営に取り入れることによる経営の改善も見込まれる。
一方、債権者にとっては、先述した配当益と株式の売却益のほかにも、経営不振企業の経営への参画や、貸倒引当金の計上の抑制といったメリットがある。
もちろん、デメリットも存在する。債務者側のデメリットとしては、債務免除益が計上されるため、十分な繰越欠損金がない場合においては、課税が発生する。
資本金等の金額が増大することにより、各種税金の計算の基礎が上昇することや配当金の負担が発生すること、第三者が株主に入ることにより、経営の自由度が低下することがあげられる。
債権者側にもデメリットが存在する。配当金収入等が得られる変わりに、利子の収入はなくなる。また、債権と比べれば株式は劣後的な扱いになるため、経営再建ができなければかえって資金回収の可能性が低下する。
さらに、金融機関の決算での株式評価に手数がかかることや、非上場会社であれば、株式を売却するにしても処分相手も少なく、処分が難しいことがあげられる。
なお、デット・エクイティ・スワップも事業承継のために活用されることがある。現経営者からの借入金が多額であり、会社が債務超過である場合においては、借入金を資本に転換することにより、相続財産の総額を減らすことができる。
デット・エクイティ・スワップの税務上の留意点
100%グループ関係が存在すれば、適格現物出資となるが、そうではない場合は、非適格現物出資となる。適格現物出資であるデット・エクイティ・スワップの場合は、債権を簿価で引き継ぐので債務消滅益が発生しないため、税務上での面倒な対処は起こらない。
しかし、非適格現物出資になる場合は、債務消滅益が発生し、対応する税務処理・納税対策を行う必要が生じる。
現物出資のコストやデメリットを考慮しながら活用
現物出資は、所有している資産を資本金として活用し、出資額を増やせるというメリットはあるが、適切な評価や書類の作成、税負担など、手間も時間もコストもかかる。税務面も複雑になり、留意点もあるため、現物出資を行うことは慎重に検討する必要があるだろう。
文・内山瑛(公認会計士)