ジョブローテーション制度とは、人事制度の一種であり、社員の成長を促すための定期的な異動のことだ。組織間の連携強化にも結びつくため、大企業ほど導入率が高い。今回は、ジョブローテーション制度の仕組みやメリット、デメリット、他の人事制度との違い、ジョブローテーション導入のポイントについて解説する。
目次
ジョブローテーションとは?
ジョブローテーションは、企業における人事制度の一種であり、対象社員の育成を目的として計画的かつ定期的に行われる。
社員が同一の業務に就労し続けていると経験が偏り、管理職等に就任するために必要な総合的な能力を伸ばすことができない。また、定期的に他部署に異動することで、実務処理能力だけでなく他部署との折衝や連携に関する素養も確認できる。
そのため、これまでと異なる職場で職務経験を積ませるジョブローテーションは、経験やスキルはもちろん人脈の幅を広げるといった目的で行っている企業が多い。
ジョブローテーション制度の導入状況
労働政策研究・研修機構の『企業の転勤の実態に関する調査』によると、企業の正社員在籍数別のジョブローテーション導入状況は以下のようになっている。
グラフを見ると、正社員の在籍者数が多い企業ほどジョブローテーション制度を導入しており、1,000人を超える企業の導入率は、実に70.3%にも上る。ジョブローテーションの主目的は、計画的な異動による社員育成であり、企業規模が大きいほど社員の育成計画が整っていると受け止めることもできる。
ジョブローテーションの目的
ジョブローテーション制度は、必ずしも全ての企業が導入しているわけではない。では、そもそも異動や転勤はどのような目的で行われているのだろうか。先の『企業の転勤の実態に関する調査』によると、企業の転勤の目的は以下の通りである。
1位は「社員の人材育成」であり、2位には「社員の処遇・適材適所」、3位には「組織運営上のローテション」である。ジョブローテーションは、計画性を持って行われる人事異動であるため、これら上位の転勤理由が主目的であると考えられる。
また、転勤の頻度に関する調査結果は以下の通りだ。
ジョブローテーションの導入割合が高い「正社員数500人以上」の企業データを見ると、3年や5年での人事異動が多いことが分かる。つまり、転勤の頻度も3年が最も多く、次に5年と設定する企業が多いと考えられる。
他の人事制度との3つの違い
異動を伴う人事制度にはさまざまなものがあるが、ジョブローテーションとその他の人事制度との違いにはどのような点があるのだろうか。
(1)人事異動
企業内外に限らず社員の移動を伴うものは、基本的に人事異動である。ジョブローテーションは事前の育成計画に沿って行われるが、人事異動には以下のようなさまざまな目的がある。
・事業拡大による増員や部署の強化
・退職や異動などによる欠員の補填
・顧客との癒着や不正防止
・関連会社との人脈形成
戦略としての異動のほか、関連会社への出向も人事異動として行っている企業もある。
(2)社内公募制度
社内の他部門やこれから新規に立ち上げる部門などが、人材の補強・補填を目的として自部門に欲しい人材の求人情報を社内公募関連システムに登録し、社員が応募を行う制度である。社内公募制度はビジネスの遂行責任を伴うため、関連分野の経験や勤続年数、TOEICの点数などさまざまな応募資格が定められている。
類似した制度に「社内FA制度」があるが、こちらは異動したい希望部署に対して社員自ら売り込む制度である。
(3)オープンエントリー制度
社内公募と違い、社員自身がこれまでに培った経験やスキルなどを社内のオープンエントリー関連システムに登録し、他部門や新規部門からの引き合いを待つ制度だ。社員が、他部門からのヘッドハンティングによって経験の幅を広げるチャンスとなり、社内公募と同様に、人事計画とは関係なく、社内でのキャリア設計を描くことを目的としている。
ジョブローテーションの3つのメリットと3つのデメリット
ジョブローテーションには定期的な異動が伴うが、社員の成長以外にも企業にとってさまざまなメリットがある。また、異動という性質上、少なからずデメリットもある。
ジョブローテーションの3つのメリット
・1)部署間の連携が強化できる
ジョブローテーションによって、社員がさまざまな部署間での人脈形成ができれば、組織レベルでの連携強化もできる。新規事業の立ち上げといった社内横断的なプロジェクトを行う場合には、部署間の連携が取れる社員は貴重であり、企業だけでなく社員にとってもメリットが大きい。
・2)社員の職務適性を見極められる
ジョブローテーションでは、社員の成長が見込める部署への定期的な人事異動を行う。そのため、各期末に実施する人事考課の場で、社員の自己評価や異動先の上司の評価内容から成長度合いをチェックし、将来のポジションを見据えた職務適性の見極めができる。
・3)ジェネラリストの育成に向いている
職務適性の見極めもジョブローテーションの目的の一つであるため、これまで経験したことがないような業務の部署へ異動する場合もあり、さまざまな業務や職種を経験することによって、幅広いスキルを身につけられる。他の業務への理解が深まり、総合的な判断を下せるジェネラリストの育成に適している。
ジョブローテーションの3つのデメリット
・1)異動部署の戦力が低下する
異動によって人材が流出した部署に必ずしも人員補充があるとは限らない。補充がなければ、残った社員への業務負荷は必然的に高くなる。また、異動先の部署においても、既存社員による教育に工数が割かれるため、一時的に戦力が低下するだろう。
・2)社員のモチベーション低下の恐れがある
社員の成長を目的としたジョブローテーションであっても、現在の職場に満足している社員の場合は、異動によってモチベーションが低下する可能性がある。また、異動先の業務が自身のキャリアプランとあまりにも離れているときや、人間関係の問題で環境適応が難しい場合は、退職につながる恐れもある。
・3)スペシャリストが育ちにくい
ジョブローテーションは、総合的な職務能力を持つジェネラリストの育成には向いているが、特定のスキルに特化したスペシャリストの育成には不向きである。そのため、育成に際して長期間におよぶ経験の蓄積が必要な部署や企業の人材育成には適していない。
ジョブローテーションの導入に必要な3つのポイント
ジョブローテーションの導入を進めるためには、制度を構築することはもちろんのこと、導入後のフォローも必要である。ここでは、ジョブローテーションの導入の際に必要なポイントを3つ紹介する。
1.制度のルールを明確にする
ジョブローテーション制度のルールを構築しなければならないが、ゼロから構築することは困難である。まずは、自社の既存社員のキャリアパスを参考にして、社員の育成計画モデルを作成しよう。
ジョブローテーションの頻度については、業態や自社の育成目標によって異なる。導入企業の調査結果では、実施頻度は3年や5年が多いが、この期間が適正か否かを自社基準で判断しなければならない。
2.導入の理由を社員に共有する
ジョブローテーション制度は定期的な異動が伴うため、社員は以下のような不安も感じる。
・慣れた仕事から離れなければならない
・異動先で新たな人間関係を築かなければならない
そのため、制度の主旨や内容について説明するだけでなく、ジョブローテーションをイメージしやすいように、具体的なロールモデルを示すことも重要だ。
3.制度実施による効果や負担を計測する
ジョブローテーションの目的は人材育成であり、実施によって所望の育成結果が得られたか確認が必要となる。社員それぞれで人事育成計画は異なるため、人事考課制度との組み合わせによって数値化できることが望ましい。
また、異動によって人員が不足している部署の時間外労働などの負荷を確認し、人事異動などによる補填が必要かを判断しなければならない。
ジョブローテーションの導入事例
ここで、ジョブローテーションをうまく活用している企業を2社紹介する。
1)株式会社ときわ
株式会社ときわは、ブライダル等の生活関連サービス業である。育児により休日出勤が難しい社員のフォローや、打ち合わせの延長によって残業が増加し、定着率が低下するという問題があった。そこで、ジョブローテーション制度を導入し、社員が幅広い業務スキルを習得することで、相互フォロー体制が構築できるようになった。
フレックスタイム制などとの組み合わせにより、育児休暇取得率100%を達成し、残業時間も月20時間程度削減に成功した。
2)トラスコ中山株式会社
トラスコ中山株式会社は、機械工具や物流機器などの卸売業を展開している。ジョブローテーション制度自体は以前から導入していたものの、異動する人員や部署に偏りがあったため、適用部署を拡大して自律型人材の育成を強化した。
結果的に社員のキャリアアップの意識が向上し、エリア限定採用の社員が職掌転換により、異動のあるキャリアコースを選択するようになった。
ジョブローテーションの目的を理解・共有して自社に合った形で導入を
ジョブローテーション制度は、社員の成長を促すだけでなく、組織間の連携強化にも結びつくため長期目線では企業や社員にとってはメリットが大きい。実施する場合は、社員に対して制度の内容を共有し、育成計画について開示することで、ジョブローテーションの効果を高めることが重要だ。
中小企業では、ジョブローテーション制度自体の導入率は低いが、社員を計画的に成長させる人事施策は構築するべきだろう。まずは、自社のロールモデルを明確にして、育成計画を検討してみてはいかがだろうか。
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)