コメの価格が月収の3倍以上に コロナ禍の北朝鮮で何が起こっているのか?
(画像=till/stock.adobe.com)

人類と新型コロナウイルスの奮闘が続く中、北朝鮮では物価が高騰しており、コーヒーが一袋1万円以上という破格の値段で売られるなど、異常な事態が発生している。一方では、国内でコロナの感染が拡大していることを示唆する言動も見られるなど、危機的状況がさらに悪化している可能性が考えられる。

自らの「やつれた姿」を国民にさらす、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の思惑は、一体どこにあるのか。

米の価格が月収の3倍以上に高騰

北朝鮮の情報を発信するNK Newsによると、食料品から食用油や歯磨き粉といった日用必需品に至るまで、価格の高騰が起きている。

輸入品の価格は以前と比べて最大10倍上昇し、首都の平壌ではシャンプー1本200ドル(約2万1,988円)、バナナ1キロ45ドル(約4,947円)、米1キロ16ドル(約1,758円)で取引されているという。米の価格を一つとっても、9割以上の国民の平均月収の3倍以上に相当するほど上昇しており、北朝鮮の一般庶民にはとうてい手の届かない値段だ。

国内の切迫した食糧危機を受け、当局は米やトウモロコシを高値で販売した者を銃殺刑の対象にするなど、取締りの強化を図っている。しかし、状況が改善されない場合、「国民は8~10月にわたり深刻な食糧難に見舞われ、年内の不足総量は85万トン以上におよぶ恐れがある」と国連食糧農業機関は警告している。

食糧危機・物価高騰の原因は?

対北朝鮮制裁の一環として、日本を含む一部の国との輸出入が制限されているとはいえ、今回の食糧危機と物価高騰は尋常ではない。

金総書記は6月中旬に開催された中央委員会総会で、「昨年の台風被害により穀物生産計画が達成できなかった」ことを挙げ、改善に向けて農業に全力を傾ける姿勢を強調したとメディアは報じている。しかし、一部の専門家は「国境封鎖によるサプライチェーンの断絶」や「為替レートの乱高下」など、他にも原因があると指摘する。

物質不足は2020年8月頃に平壌から始まり、全国に広がった。これは新型コロナへの懸念から、政府が国境封鎖を大幅に強化した時期と一致する。ほとんどの貿易が停止し、国外からのサプライチェーンが断絶された。商品が入って来なくなった小売業者は、価格を吊り上げるしかない。その後も国境は解放されることなく、物価は上昇し続けている。

「サプライチェーンの断絶が為替レートの乱高下の直接の引き金になった」と指摘するのは、NK Pro(NK Newsのビジネス版)のコントリビューティングアナリスト、ピーター・ワード氏だ。北朝鮮では2009年のデノミネーション(通貨切り下げ)を機に国民が自国通貨である北朝鮮ウォン(KPW)を信頼しなくなり、人民元(RMB)や米ドル(USD)が幅広く利用されている。

謎の北朝鮮ウォン高 外貨制限強化か?

ところが6月上旬、突如として北朝鮮ウォンが上昇し始めたのだ。8日には1 USD=5,990 KPWだったが、16日には4,900 KPWへと18.2%も上昇し、同じくRMBに対しても15~19%上昇した。

謎のウォン高を受け、「政府が外貨制限の強化策として意図的に輸入を差し止め、為替交換レートを混乱させている」との見方も出ている。人民元や米ドルの価値を引き下げ、自国の通貨の価値を引き上げる意図だ。実際、中国との貿易が再開されると見込んで外貨を買い込んだ政府機関や貿易業者は、手もちの外貨を慌てて売却し始めたという。

この説を裏付けるかのように、ウォン高突入の数日前、「北朝鮮当局が貿易機関に対して、労働党の許可なしの貿易活動の禁止を命じた」と、内情に詳しい関係者が証言している。貿易機関がこの規則に背いて商品を輸出入した場合は密輸行為と見なされ、厳しい罰則が課せられると推測される。

「国内感染者ゼロ」に異変?

国内の食料事情が緊迫する中、金総書記は6月の総会で、「国内の産業生産高が前年同時期と比較して四分の一増加した」など、経済全般が改善しているとアピールした。しかし、経済再建の目標達成にはまだまだほど遠い。

2016年から進めてきた「国家経済発展5ヵ年計画」で期待したような結果を得ることができなかった今、新たな経済5年計画を策定し、さらなる経済再建に挑む意向だ。

ここで気になるのは、世界経済に深刻な影響を与えているコロナの感染状況だ。コロナの感染拡大以来、「国内の感染者はゼロ」と主張してきた北朝鮮だが、最近は感染者の存在を認める言動が報じられている。

朝鮮中央通信社(KCNA)は、金総書記が6月末に開かれた党の指導者を集めた特別会議で、幹部の怠慢が「国家と国民の安全を確保する際に、重大な危機を生む大事件を引き起こし、深刻な結果を招いた」と非難したと報じている。さらにその責任をとり、政治局常務委員を含む数人の幹部が解任されたという。

「重大な危機を生む大事件」の詳細については不明だが、「深刻な結果=国内の感染状況の悪化」と読みとることもできる。ソウルの梨花女子大学国際研究准教授であるレイフ・エリック・イーズリー博士は、「不誠実な幹部」に責任を負わせることで、「政府は国民にさらなる忍耐を求めることを正当化でき、かつ国外からのワクチン受け入れに対する政治的な準備にもなる」と分析している。

国営テレビが「金総書記の体重減」を報道

もう一つ、注視すべきは、国内の国営主要テレビ局が報じた、金総書記の「急激に痩せた」様子と、体調を案ずる国民の姿だ。

通常、同氏の健康を含めた指導者としてのイメージは、国営メディアが厳重に管理しており、このような放送は前例がない。何の意図もなく、指導者の体重減少を大々的に放送するとは考え難い。「国民に寄り添い、尽くす指導者」のイメージをアピールするために、自分自身を利用している可能性を指摘する声もある。

もしかすると、食料危機・物価高騰・コロナの感染拡大という三大危機の責任を一挙に解決する「シナリオ」が、金総書記の頭の中ではすでにでき上がっているのかも知れない。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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